フットボールの明日のために、W杯を2年ごとに開催すべきだ──。無茶にも聞こえるそんなアイデアが、現実のものとなるかもしれない。

 発端は今年5月、オンラインで開催されたFIFA総会で、サウジアラビア・フットボール協会のヤセル・アルミサヘル会長が提案したことにある。

「フットボールの未来は重大な転換期を迎えている。進行中のパンデミックにより、フットボールが抱えるさまざまな問題は、悪化の一途をたどっている」

 そのひと月ほど前に起きた欧州スーパーリーグの騒動の際に、提案者たちが語っていた言葉にも似ているが、これは当初、さほど大きな注目を集めていなかった。近年、この競技のエリートレベルで、カタールやUAE(アブダビ)が派手に振る舞うなか、同じくペルシャ湾岸の原油産出国であるサウジアラビアも存在感を高めたいのだろう。そんな風にも思われた。

 それにW杯は4年ごとに開催されるものと、おそらく誰もが考えているはずだ。加えて、すでに詰め込みすぎの日程にさらに大きな大会を組み入れるのは不可能だ。このスポーツに通じる者であれば、おそらく誰もがそう考えたのではないだろうか。

ベンゲルが口にした「未来のフットボール」

 ところがFIFAは9月9日、アーセン・ベンゲルをリーダーに据え、この案を実現させるべく、オンラインで会見を行った。かつて名古屋グランパスやアーセナルなどを率い、数々の栄光に浴した思慮深そうに見える元指導者は、“明日のフットボール”と題したプレゼンテーションで次のように話した。

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「我々の使命は未来のフットボールを計画し、形作り、地球規模で改良していくことだ」とFIFAのグローバル・フットボール・デベロップメントのチーフを務めるフランス人は語った。

 ベンゲルによると、現在、この競技が抱える問題は大きく分けて3つ──選手の健康、無意味な試合の数々、不明瞭な日程だという。そしてそれらを改善するために、選手の移動を減らし、選手の休息を増やし、有意義な試合を増加させ、世界全体のレベル差を縮める必要があると主張する。

 具体的には、現在のようにW杯予選を5回に渡って年間スケジュールに組み込むのではなく、10月から11月にかけて1度の集中開催にする『オプション1』か、それに3月開催を加えて2度の集中開催にする『オプション2』を提示。彼が無意味な試合と捉えるUEFAネーションズリーグは廃止するという。そして2024年から、W杯と各大陸選手権を交互に開催すべきだと言う。つまり毎夏、代表の主要大会を開催しようというわけだ。

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「重要なのは、意味のある試合の増加だ」

「我々は試合数を増やそうとはしていない。そこには特に配慮している。私にとって最も重要なのは、意味のある試合の増加だ。今のファンはそれを求めている。私たちは、その期待に応えなくてはならない」

 この71歳のチーフは続けて、「我々はeスポーツのあるスピーディーな社会に暮らしており、新しい世代(の人々)は彼らの欲求がすぐに叶えられることに慣れている」と若者たちを代弁。

「(W杯と各大陸選手権が交互に開催されるようになれば)そうしたファンの利益に繋がる。なぜなら、彼らにはトップクオリティーの大会をより頻繁に観る権利があると私は考える。また選手たちには移動の負担が減るうえ、真剣な試合やW杯に参加する機会が増えるのだ」

 すると当然ながら、欧州や南米の連盟やクラブ、リーグ、ファンから懸念の声が噴出した。ベンゲルの意図はこの会見の数日前から欧州のメディアを騒がせており、会見の2日前に開催された欧州クラブ連盟の会合では、マンチェスター・シティのフェラン・ソリアーノCEOが「そんな(日程的)スペースはどこにもない。選手たちはこれ以上多くの試合をプレーできない。絶対に」と言った。

UEFA会長は「フットボールを殺す」

 UEFAのアレクサンデル・チェフェリン会長にいたっては「(2年ごとのW杯開催は)フットボールを殺す」と英紙『ザ・タイムズ』に語り、ボイコットの可能性も示唆している。

「我々は不参加を決断することもできる。南米(連盟)も同じ意向だと聞いている。それでもよければ、好きにすればいい。フットボールの基本原理に大いに反くようなものが、実現できるとは思えない。

 毎年、夏にひと月に及ぶ大会を開催するのは、選手への殺人行為だ。また(各大陸選手権が)女子W杯や五輪と重なってしまう。それにW杯は、4年ごとの開催だからこそ価値があるのだ。五輪のように、特別な大会を待ち望むことに」

 また発案者のベンゲルは、「このアイデアは本当に、競技と大会の質を向上させるためのものであり、金銭的な意図はまったくない」とも語っているが、これをすんなりと受け止める人はどれくらいいるだろうか。

ロシアW杯収入は5890億円、莫大な収入源だが

 ポーツマス大学の会計学と経済学のクリスティーナ・フィリップ主任講師によると、FIFAの収入はW杯開催年とそれ以外の年で約6倍の差があるという。そして前回の2018年大会の収入は、過去最多となる53億5700万ドル(約5890億円)だったと公表されている。この莫大な収入源となる大会を過去の2倍のペースで開催したいというのが、本音だとしても不思議ではない。

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 もし本当に選手や競技のことを考えているのであれば、代表戦の集中開催だけを採用すればいいのではないかと思う。代表選手の移動が減ることは、日本を含め、多くの国の選手のメリットになるはずだ。

 でも個人的には、W杯(と各大陸選手権)はこれまで通り、4年に一度だからこそワクワクするし、本当の価値があると考える。ウェールズ代表の主将ギャレス・ベイルや、ドイツ・フットボール協会、そのほか多くの関係者やファンの意見と同じように。

 UEFAのチェフェリン会長は、ただちにFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長との会合を要請したという。「関係者全員の意見を聞き、尊重する。新しいFIFAは民主的な組織なのだから」とインファンティーノ会長は豪華なホテルの一室で話した。それはある意味で、FIFA傘下のひとつの連盟ながら、大きな力と富を持ち続けるUEFAへのメッセージと受け取れなくもない。

 このW杯改革案は、FIFA対UEFAの構図でも捉えられる。あるいは欧州スーパーリーグ騒動に続く、パンデミックの混乱に乗じた支配者たちの暴挙か。

 いずれにせよ、仕立ての良いスーツ姿の人々ではなく、選手やファンなど、本当にいなければならない人が望む形に落ち着くことを願いたい。

文=井川洋一

photograph by Takuya Sugiyama/JMPA