隣の芝生は、さぞかし青かったに違いない。

 マンチェスター・ユナイテッドはジェイドン・サンチョとラファエル・バランに加え、クリスティアーノ・ロナウドまで獲得した。

 マンチェスター・シティはジャック・グリーリッシュに、チェルシーはロメル・ルカクに1億ポンド(約150億円)近い投資を惜しまず、アーセナルに至っては総額1億5680万ポンド(約235億円)を強化に費やしている。

ワイナルドゥムの穴は埋められず

 そんななか、リバプールは静かな夏を過ごした。

 5月にイブラヒマ・コナテと合意に至っていたとはいえ、今夏の市場には1ポンドも投下していない。パリ・サンジェルマンに去ったジョルジニオ・ワイナルドゥムの穴を埋めるため、一線級のMFを補強すべきだったが、手つかずに終わっている。

「ファビーニョ、ジェイムズ・ミルナー、ジョーダン・ヘンダーソン、チアゴ・アルカンタラ、ナビ・ケイタ、カーティス・ジョーンズ、アレックス・オクスレイド・チェンバレン……。優秀な選手が揃っている。なぜ中盤を強化しなくちゃいけないんだい?」

 ユルゲン・クロップ監督は現有戦力の充実を強調した。

昨季を棒に振ったファンダイクらが復帰したものの、補強のないチームが優勝したケースは少ない©Getty Images

 確かにそのとおりだ。中盤の陣容は、質量ともにユナイテッドをはるかに上回る。しかし、直近2シーズンのワイナルドゥムは出色の出来で、ファビーニョ以下の7選手でも穴を埋められるかどうか、大きな疑問符がつく。

 ライバルの大盤振る舞いを横目に見ながら、クロップは胸の内でこうつぶやいたに違いない。

「せめてひとり、中盤のタレントが欲しかったな」

 クロップも、経営側に補強をリクエストしたはずだ。

 ビルヒル・ファンダイク、ジョー・ゴメス、ジョエル・マティプなど、負傷のために昨シーズンを棒に振った主戦センターバックがカムバックするとはいえ、戦力増強を怠ったクラブがプレミアリーグを制した例はほとんどない。

 ただ、リバプールは基本的に収入と支出のバランスを考慮し、許容範囲を超えるような巨額を市場に投下しないクラブだ。

 また、『スタンダード・チャータード銀行』とのスポンサー契約が2023年6月30日で切れることも、補強を敬遠した要因のひとつだ。4年総額2億2100万ドル(約243億円)もの大金を支援した企業との関係は維持したいが、コロナ禍では銀行の懐にも限界があり、新しいスポンサーを探し出すのも難しい。

主力6選手と長期の契約延長

 そう、やはりコロナの影響は甚大だ。さしものリバプールも入場料収入が大幅にダウンし、そのマイナスを補うには選手を売却するしかない。

 ところが、リバプールはうまく整理できなかった。

 ワイナルドゥムはフリートランスファー、リヨンに去ったジェルダン・シャキリは600万ユーロ(約7億8000万円)、フルアムに移籍したハリー・ウィルソンは1600万ユーロ(約21億円)。大きなプラスにはならなかった。

 しかも、昨年の夏はディオゴ・ジョタに4470万ユーロ(約58億円)、今年はコナテに4000万ユーロ(約52億円)を使っている。本拠アンフィールドの拡張工事は総額6000万ポンド(約90億円)のビッグプロジェクトだ。

 こうした情勢を踏まえると、今夏のリバプールは正しく動いたといって差し支えない。「過去3シーズンの収支が赤字でなければいい」というファイナンシャル・フェアプレーのルールをギリギリでかわすチェルシー、補強費に関しては限りなくアウトに近いがなぜか重罰を科されないシティのような例もあるとはいえ、リバプールのプランは至極真っ当だった。

 11年前、破産寸前のリバプールを救った『フェンウェイ・スポーツ・グループ』(FSG)は、今回も危ない橋を渡らずに無難な道を選択した。ファンダイク、アリソン、ファビーニョ、トレント・アレクサンダー・アーノルド、アンドリュー・ロバートソン、ヘンダーソンと、主力6選手と長期の契約延長に至った事実からも、新戦力より組織の熟成を優先したことは明らかだ。

ノリッチとのリーグカップで2ゴールを決めた南野は、CLのポルト戦にも途中出場©Getty Images

南野はパフォーマンスも表情も活き活き

 ただ、一朝一夕ですべて好転するはずがなく、しばらくの間は売却によって得られる資金が強化の基本となる(前述)。好むと好まざるとに関わらず、モハメド・サラーやサディオ・マネの契約更新が疑問視されているのは、リバプールの経済的事情によるものだ。ともにリバプールを愛し、心底クロップに惚れているとしても、どんな人生にも別れは必ずやって来る。

 ミルナーは35歳になった。近い将来、さしもの鉄人もユニホームを脱ぐ。新旧交代は差し迫った現実的な問題であり、今後はロバートソンとアレクサンダー・アーノルドが軸だ。前線はジョタがエース候補で、ここに南野拓実が絡んでくると日本人としては非常に楽しい。

 サラーとマネにロベルト・フィルミーノを加えた3トップは世界一の破壊力を有している。南野はその一角を崩せずに悶々としている。

 しかし南野は、ノリッチとのリーグカップでは2ゴールを決め、クロップをおおいに喜ばせた。焦らず、ピッチ上で堂々と振る舞っていれば、チャンスは必ずやって来る。アウェイで5-1の圧勝を収めたFCポルト戦(CL第2節)でもマネに代わって66分から出場。パフォーマンスも表情も活き活きしていた。

「何も心配する必要はない」(クロップ)

「彼は常に貴重な戦力」(ペーター・クラビーツ/アシスタントコーチ)

 首脳陣の評価は上々だ。構想内に入っていると考えていい。アーセナルに加入した冨安健洋のハイパフォーマンスも、南野のモチベーションを刺激しているに違いない。

常に長期的なプランのもとに経営、強化を進める

 補強を控え、主力との契約更新で熟成を図るリバプールに、少し気になる動きがあった。この10年、補強に尽力したスポーツディレクターのマイケル・エドワーズが、今シーズン限りで退団すると伝えられている。

 サラー、フィルミーノ、マネ、ファンダイク、ロバートソン、アリソン、ファビーニョなど、現主力の大半がエドワーズのスカウトによるものだ。そうそう、南野もそのひとりである。

長期政権を築くクロップは、契約満了となる2024年にいかなる決断を下すか©Getty Images

 イングランドに住む旧知のジャーナリスト数人に確認したところ、エドワーズの決心は固いそうだ。リバプールに加入して10年、異なる風景を見たくなるのは当然の心理であり、ひょっとするとヘッドハンティングか!? だからこそ多くのサポーターが、「一大事」と大騒ぎしているのだろう。

 しかし、エドワーズは後継者を育てていた。ジュリアン・ウォードである。

 12年、シティからリバプールにやって来たウォードは、主にスペインやポルトガルのスカウトを担当し、その後イングランド国内で優れたタレントを発掘。現在はアシスタント・スポーツディレクターとして、陰になり日向になりエドワーズを支えている。『FSG』のマイケル・ゴードン社長も「ジュリアンに任せておけば大丈夫」と絶賛するほど、内部の評価は非常に高い。

 要するにリバプールは、何事においても準備を怠らず、常に長期的なプランのもとに経営、強化を進めていた。コロナに見舞われなければ、数人のビッグネームを獲得できたはずで、前述したアンフィールド改修後の入場料収入を考えれば、ワールドクラスの選手がアンフィールドの魔力に引き寄せられる。

 数少ない不安はクロップの去就だろうか。現行の契約は2024年6月末日まで。15年秋の就任から9年となる。プレミアリーグの監督は激務だ。ちょっと休みたくもなるだろう。

 いやいや、リバプールなら準備万端。クロップはゼネラルマネジャー、そして新監督を推薦!? アンフィールドの芝生が、やけに青く見えてきた。

文=粕谷秀樹

photograph by Getty Images