ポスト天心を探せ――。

 9月23日、横浜・ぴあアリーナMMで行なわれた鈴木真彦戦にてフルマークの判定勝ちを収めた“神童”那須川天心。キックボクサーとしてのキャリアは残り2試合となった。残る2試合は毎年恒例の12月31日のRIZINと来春開催予定のRISEのビッグマッチが予定されている。

 その後はプロボクサーに転身する。残された格闘技界は“天心ロス”が発生しそうだが、那須川がホームリングとしていたRISEはその穴を埋めるべく次世代のスター育成に腐心している。

 といっても、格闘技のスターは作れるものではない。仮に作ったところで、すぐメッキははがれ、真の実力が世間にさらされることになるからだ。強くてファンの共感を呼ぶ人材の育成はなかなか難しい。

 この日、もっともポスト天心を感じさせてくれたのはタップロン・ハーデスワークアウト(タイ)と闘った原口健飛だろう。

白鳥、直樹らタレントにも勝利を収めている

 原口は空手出身。伝統派もフルコン(直接打撃制)も、どちらもやっていたことが強みか。その後キックボクシングからプロボクシングへ転身。そしてまたキック界に舞い戻ってきた。年齢は那須川と同じ23歳ながら、すでに波瀾万丈な人生を歩んでいる。昨年1月、秀樹をKOで破り、第6代RISEライト級王者になると、リング上から子供がいることをカミングアウトした。

「チャンピオンになったら言わなあかんことがあって。僕、19歳の時に結婚して今2人の娘がいます。チャンピオンになったら言おうと決めていて。中途半端な戦績で子供がおるとは言いにくくて」

 17歳で長女が産まれたときには親から絶縁されたが、4年前関西地区でローカル王者になったことがきっかけで、ようやく認めてもらったという。その後、トレーナーを務める父・良二さんはセコンドに就くようになった。キックボクサーに復帰してからの敗北は一度のみ。現在は1引き分けを挟み怒濤の18連勝中だ。

 RISEのライト級戦線はRIZINのキックトーナメントを制した“王子さま”白鳥大珠、この横浜大会で白鳥を返り討ちにした直樹などタレント揃いだが、原口はいずれの選手からも勝利を収め、ライト級最強の称号をほしいままにしている。

ライト級戦線で活躍する白鳥大珠(左)と直樹(右)

 しかしながら、素顔は超ビビリ。試合が近くなると、「負けたらどうしよう」と不安にかられ、試合直前になるとトイレで人知れず泣く。そういうプロセスを経ることで心の整理をして原口はリングに上がる。強いのは闘っているときだけ。この極端すぎるギャップが原口の魅力か。

“生涯初のダウン”を喫したが…

 当初この横浜大会で原口はキックではヨーロッパNo.1のプロモーションGLORYの世界フェザー級王者ペットパノムルン(タイ)との王者同士の一騎討ちを予定していた。しかし緊急事態宣言の最中、ペットパノムルンの来日が難しくなったため、在日タイ人の大物タップロンと対戦することになった。

 タップロンは広島でジムを経営しながらリングにも上がるベテラン。現在41歳と選手としては高齢ながら、今年7月にはあの大和哲也をヒジで切り裂いてTKO勝ちしている生きる伝説だ。

 果たして第2ラウンド、大観衆をどよめかせたのはタップロンの方だった。相手の両手をホールドするような形の首相撲から飛びヒザ蹴りで先制のダウンを奪ったのだ。RISEルールはヒジ打ちは禁止。タイ人が得意とする首相撲はワンキャッチ・ワンアタック(一回の掴みに付き、一回の攻撃のみ)まで認めている。タップロンはそのルールを最大限に活かしたうえでダウンを奪う。

 意外にも原口にとって今回のタップロン戦が初めてのタイ人との試合だった。昭和、そして平成の途中まで日本人キックボクサーが引きずっていたムエタイ信仰を原口は持ち合わせていない。タイ人がムエタイだけに固執することなく、ヒジなしのいわゆるキックボクシングルールに進出した現在、首相撲のアリ地獄にハマることもない。ただ、そのアリ地獄にハマる代わりにタップロンはキックボクシングルールでムエタイの怖さを原口に味わわせたのか。

「首相撲で掴まれた瞬間、(アゴにヒザ蹴りを打たれる)隙間が見えていた。これがムエタイかと痛感しました。首を押さえ込む力は日本人ではなかった」(原口)

 しかも、原口にとっては生涯初のダウンだった。RISEの本戦は3分3ラウンド。ダウンによる−2ポイントを短いラウンド数で奪い返すのは至難の業だ。場内がヒートアップしたことはいうまでもない。

「ダメージはなかったけど、ショックでした。『うわっ、ダウンした』みたいな」

「RISEを引っ張って行くのは俺しかおらん」

 それでも、倒されたあとの原口は極めて冷静だった。焦って大振りを連発したり、無駄な動きをして必要以上にスタミナをロスすることもなかった。

「RISEを引っ張って行くのは俺しかおらん」という自負があったからだ。

「自分に自信があったので、そのあとも落ち着いて試合をすることができた」

 ダウンを喫したことで、逆に原口の心に火がつく。2R終了間際、原口が後ろ回し蹴りを放つと、タップロンは明らかに効いた素振りを見せた。

今大会随一のドラマチックすぎる逆転KO勝利

 続く第3R、原口はアンビリーバブルなKOシーンを演出する。左フックによってダウンを奪い返したのだ。おまけに、その一撃を当てた瞬間、打った反動で原口も後方にスリップダウンしたため、ややもするとダブルノックダウンに映った攻防だった。

 形勢を逆転した原口はフックの連打で明らかに疲れを見せ始めたタップロンを追い込む。そして右フックを放つと、レフェリーが試合を止めた。巷では「止めるのが早すぎる」という声もあるが、原口は「タップロンは一瞬白目をむいていた」というだけに適切なレフェリングだったのだろう。原口は今大会では随一といえるドラマチックすぎる逆転KO勝ちを飾った。

逆転KO勝利を収めた瞬間

 試合後、原口は「予想通り、タップさんは強かった」と激闘を振り返った。

「まわりから『右のパンチがめっちゃ強い』と教えられていたので、それがめっちゃ怖すぎて。でも(パンチだけではなく)ヒザも使えるタップさんはすごい。メチャクチャ、いい経験ができたんだと思います」

 初めてのダウンにダブルノックダウン未遂、そして最後は逆転KO勝ち。原口はキックボクシングの醍醐味を存分に見せつけたことになる。少なくとも、この大会では最大のインパクトを残した。

「自分は(運を)持っているのかなと思いましたね」

「天心ロス」を払拭できる存在

 翌日の一夜明け会見。原口はキックボクシングを好きになるきっかけとなった旧K−1でブアカーオに憧れていたことを打ち明けた。「僕はブアカーオに憧れ、強くなりたいと思ったんですよ」。

 ブアカーオといえば、魔裟斗のライバルとして知られ、日本で初めてトップスターになったムエタイ戦士だ。タップロン同様、現在も現役を続けている。

「僕はタイ人の見た目も好き。体が鋼のように強いじゃないですか。こっちがミドルキックを打っても、跳ね返すようなイメージがある。タップロンさんもタイ人らしく、ずっとカウンターを狙っていましたね」

 原口は次戦も「強いタイ人とやりたい」と希望する。「とにかく体の強い選手とやりたい。強ければ強いほど燃える。なんか線の細い知らない外国人とやるより、『うわっ、コイツ強いな』と思える外国人の方がいい」

 立体的な蹴りも得意とするポスト天心の一番手はホンモノ志向を貫く。来るべき天心ロスを払拭できるか。

文=布施鋼治

photograph by Susumu Nagao