FCシェリフ・ティラスポリ(モルドバ)がレアル・マドリー(スペイン)を破った。

 この文章に1つの嘘があります。当ててみてください。

 モルドバリーグの絶対王者がチャンピオンズリーグのアウェーマッチで白い巨人たちを倒したのは間違いありません。それは本当です。圧巻のジャイアント・キリングでした。

勝利の立役者のひとりは好セーブを連発したアタナシアディス(右)。31本のシュートを浴びながら1失点に抑えた ©Getty Images

 試合後のここ数日、FCシェリフを紹介する記事が世界中のメディアに溢れています。ただし、ほとんどの記事は試合内容を少しだけ振り返った後に、このクラブの不思議な背景を描きます。

 そう、先ほどの質問への答えです。実はこのクラブ、モルドバのクラブではありません。そこが“嘘”でした。

知られざる未承認国家・沿ドニエストル共和国とは

 そもそも、モルドバ共和国とは東欧でもっとも貧しい国のひとつ。そのモルドバの東側、ウクライナとの国境沿いに、沿ドニエストル共和国という比較的裕福な分離国家が存在します。しかし、他国からは承認されていない国です。FCシェリフはその分離国家の首都ティラスポリのクラブなのです。モルドバリーグに所属し、この20年間リーグを制圧し続け、UEFAが主催するCLの予選に参戦してきました。

 沿ドニエストル共和国は、ウクライナ南部のクリミア地方と同様に、非公式にロシア軍の支配下にあります。1992年に勃発したモルドバとの武力衝突以降、駐留してきたロシア軍はいまや1500人規模です。

 モルドバがEUに加盟しようとする動きを見せ、隣国ルーマニアがEUに加盟すると、警戒したプーチン大統領が軍を強化して牽制しきたのです。ロシア語も公用語とする沿ドニエストル、その大統領はクレムリンに操られている人形でしかありません。

 サッカーの話に戻りましょう。CLの歴史の中で、独裁国家のクラブや、武器販売をするオーナーのチーム、不透明な資金を投入した企業のチームは存在しました。しかし、FCシェリフの歴史を遡ると、それらのクラブとは次元が違うことが理解できます。

 ソビエト連邦の崩壊後、黒海側のドニエストル川はヨーロッパの玄関口となっていました。ウクライナの港町オデッサからティラスポリを経由して、アジアの輸出物が欧州へ流れます。ニューヨーク・タイムズによると「昔から武器や禁止薬物、とりわけタバコの密輸によって、沿ドニエストル共和国の元KGB幹部たちが利益を得ていた」。その元KGB幹部の2人が1997年に設立したのが、FCシェリフです。

 FCシェリフの監督だったフランス人のブリュノ・イルル氏は、クラブのドンであるビクトル・グシャン会長に呼び出された時のエピソードを語っています。

「建物の地下室に連れていかれると、そこは武装警官でいっぱいでした。グシャンはボディガードに囲まれて座り、葉巻をくゆらせていた。まるで(マフィア)映画のようなワンシーンでしたね」

狙い通りのカウンター戦術でジャイアント・キリングを成し遂げたウクライナ人のユリィ・ベルニドゥブ現監督 ©Getty Images

 そのグシャンこそ、設立者のひとりである元KGB幹部です。

「フランス・リーグのクラブより給料が高い」

 沿ドニエストル共和国について、研究者向けのフランス雑誌に寄稿したオリビア・シャルパンティエ氏は「(首都ティラスポリは)組織犯罪の天国。人身売買(売春)、麻薬取引、盗難高級車の販売、何より武器販売が盛んだ」と書いています。

 ソ連時代、この地方にはレッド・アーミーの武器工場が沢山ありました。ベルリンの壁が崩壊してからも、KGBはこの地方で武器の製造を継続し、隣の港町オデッサからアフリカの海賊たちへ売っていて、莫大な利益を上げたそうです。

 そして2000年代にはティラスポリのロシア軍基地からイラク、イラン、チェチェン地方などへ武器が流れました。つまり、沿ドニエストル共和国はロシア軍の出稼ぎ国家になったというのです。国際的には未承認国家であり、国際刑事警察機構インターポールも近寄れない「事実上のブラック・ホール」だとシャルパンティエ氏は強調しています。

ティラスポリの議会前に設置されたウラジミール・レーニン像 ©Getty Images

 こういったダークな国のクラブがCLに参加する事実について、私はUEFAの広報部に2度も連絡しコメントを求めましたが、残念ながら回答は得られませんでした。

 ただ、誤解しないでください。FCシェリフの予算がマネー・ロンダリングで成り立っている証拠は一切ありません。そもそも、情報の少ない全体主義国家ですが、FCシェリフの資金は比較的透明で、全てのお金は地元の財閥シェリフ社から注入されます。シェリフ社はスーパーや銀行、ガソリンスタンド、携帯電話会社、不動産、ほとんど全てのビジネスに絡んでいます。しかし、公表されているクラブの予算はたったの500万ユーロと非常に小さく、レアル・マドリーの100分の1です。

 それでも、2016-17シーズンをFCシェリフで過ごしたフランス人選手のシリル・バヤラは「フランス・リーグのほとんどのクラブより給料が高い」と言っています。ならば……、ボーナスも含めて、選手の給料が現金で渡されているのでしょうか。シェリフという企業の売り上げは沿ドニエストル全体の3分の1ですから、トルコのクラブ程度の予算はあるはずです。

グループステージ突破はもはや夢物語ではない

 シェリフ社はおよそ200億円でFCシェリフの本拠地を作りました。1万3500人収容と適度なサイズですが、中身は最先端。インドアピッチやホテル、体育館もあり、モナコを連想させます。CLグループステージのシャフタール戦は5200人の地元サポーターが競技場を埋めていました。ただ、普段のリーグ戦は平均150人、ビッグマッチでもせいぜい500人と中央アジアのレベルです。モルドバ出身の選手は基本的にリーグ戦にしか出番はなく、CLでは南米勢、アフリカ勢、他の欧州勢が中心となります。

本拠地シェリフ・スタジアムの ©Getty Images

 そのうちのひとりで、レアル戦で素晴らしいハーフボレーを決めたルクセンブルク代表の旅人、セバスチャン・ティルはフランスのメディアの取材にこう答えました。

「CL予選で、レッドスター・ベオグラード(セルビア)やディナモ・ザグレブ(クロアチア)に勝って、チームは波に乗っています。競技場や練習場、スタッフなどの環境は、東欧の名門クラブに引けを取らない。チーム内の雰囲気もいいんです!」

 10月と11月、FCシェリフはアウェーとホームでセリエAの名門インテルと対決します。すでに2勝を挙げているFCシェリフは、この試合の結果次第でCLグループステージ突破の可能性が広がります。もう夢ではありません。

ティルの決勝点に沸くシェリフの選手たち。一方、トニ・クロースらマドリーの選手たちは呆然 ©Getty Images

 そんななか、ホームゲームで地元のファンが盛り上がり、ソ連と同じ紋章(鎌と槌と星)を誇る国旗をスタンドで披露したら、国際社会はどう反応するのでしょうか。スタジアムの近くにはレーニン像もまだ堂々と立っています。ただ、この“ゴーストカントリー”からやってきたFCシェリフの選手たちは難しくは考えないでしょう。勝利に集中するのみです。

文=フローラン・ダバディ

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