NumberWebでは将棋の“競技的”な側面を中心に、王座獲得経験のある中村太地七段に将棋の奥深さについて定期的に語ってもらっている。今回は竜王戦に臨む豊島将之竜王と藤井聡太三冠の強さ、そして「おやつ」について触れてもらった(全2回/おやつ編も)

 藤井三冠と豊島竜王がぶつかり合う初のタイトル戦、また藤井三冠にとっては対戦成績のうえでかなり苦戦していた豊島竜王との対戦ということで、どのような番勝負になるのか――戦前から非常に注目してました。

 そしてこの連載で王位戦、叡王戦が始まる前に「将棋の相性」を語った際にも感じたことでしたが、2つの番勝負の結果によって、本当の相性が見えてくるのではないかなと感じていました。

 結果はご存じの通り、王位戦、叡王戦ともに藤井三冠に軍配が上がりました。王位戦は第1局で豊島竜王が完勝したものの、そこから藤井三冠が力を発揮して4連勝、叡王戦は豊島竜王、藤井三冠ともに勝利した対局でそれぞれの特徴を発揮した中で、フルセットの際どい勝負で藤井三冠に軍配が上がった、という印象でした。

 今回は竜王戦で三たび激突する、おふたりの非凡さがどこに出ていたかを、できる限り分かりやすく、ご説明できればと思います。

藤井三冠に「快勝」できる豊島竜王の非凡さ

 まずは豊島竜王から。1つ目の非凡さとして――私がABEMA中継で解説を務めた叡王戦第4局を挙げていきます。

 この対局においては豊島竜王から「序盤の準備の深さ」をとても強く感じました。相掛かりの戦型で進んだ本局ですが、豊島竜王から見ると、想定通りの局面で進んでいきました。そこから41手目で「▲7九金」と引いた手がありました。この手については藤井三冠も考えていなかったのでは、というほどの非常にいい手で、豊島竜王はここではっきりペースをつかんだ印象です。

叡王戦第4局 ©日本将棋連盟

「序・中盤」の研究の深さでリードを奪って、その後は着実にそのリードを保つ。より具体的に言えば……藤井三冠の玉に迫って押し切るのではなく、藤井三冠が苦しみながらも何とか手をつなぎ、攻めてきたところを全て1回受け止めて、最後には反撃に転じて勝つという展開です。

 危なげなく、素晴らしい快勝譜だったわけですが、これは豊島竜王の勝ちパターンであり、藤井三冠相手には“この勝ち方が理想”というものです。

 逆に言えば、それ以外の流れで藤井三冠に勝利するのは非常に難しい、という証明でもあるのですが。もし現状の藤井三冠相手に序盤・中盤で出遅れてしまうと……と、以前順位戦で戦った経験があるだけに、そう感じています。

「藤井三冠に逆転勝ち」できるのも凄みである

 その一方で叡王戦第2局は、豊島竜王の勝負術の巧みさを感じました。

 端的に表現するとこの一局は、藤井三冠相手に競り合っての逆転勝ちでした。今の藤井三冠相手に、こういう展開でも勝利できるのか……と同じ棋士として少し驚いた部分でもありました。この一局は最終盤の「詰む・詰まない」が本当に際どく、リアルタイムで見ていてハラハラドキドキし続ける、「超」がつくほどの大熱戦でした。そんな終盤戦に力を発揮する藤井三冠相手に勝ち切った。それが豊島竜王の凄みでもあります。

 なお本局は、2つのタイトル戦が始まる前、終盤の形勢が二転三転して最終的に豊島竜王が制するという対局がいくつかありましたが――その関係性を彷彿とさせる勝ち方でした。

 そう考えると、藤井三冠に対してこういう勝ち方ができるのは、豊島竜王だけなのかもしれません。豊島竜王は、序盤・中盤・終盤すべての局面での強さを持ち合わせているので、公式戦の対局でこれだけ戦えているのだなと感じます。一方で藤井三冠としては叡王戦第2局は痛い敗戦だったでしょうが、その後の終盤での勝ち方という点で、さらに精度を高めたのかもしれません。

藤井三冠の「9七桂」に感じた構想力のすばらしさ

 その藤井三冠にも触れていきましょう。

 注目を集めたのは叡王戦の決着局となった第5局、103手目の「9七桂」でした。ABEMA中継をご覧の方はご存じの通り、AIが表示していなかった手でしたし、そこから8手で豊島竜王が投了し、藤井叡王の誕生となったこともあって大きなインパクトを残しました。

叡王戦第5局終局後の藤井三冠 ©日本将棋連盟

 ただプロ的な視点で……「9七桂」は表現が難しいのですが、《本当にいい手かどうか》何とも言えない、とも感じました。この手に対しては「5六歩」という手があり、それによって形勢がどうなっているのか、判断するには難しい部分ではあったんですね。

 私自身の見解として、「9七桂」については驚いたというよりも、藤井三冠が持つ“凄み”を感じました。それは何かと言うと「構想力」です。

 その辺りをもう少し詳しく説明できればと思います。

 以下、9七桂を指した後の盤面の進み方です。

「▽3六歩→▲8五桂→▽3七歩成→▲6二金→▽同玉→▲4四角→▽7二玉→▲6一銀」

(※▽は豊島竜王、▲は藤井三冠)

 このように進んだのですが……藤井三冠が一番理想とする、思い描いていた順序で豊島竜王を仕留め切った。その構想を最終盤で実現してしまうところに凄みを感じたのです。

 先ほど「9七桂に対して5六歩」と打つ手を挙げましたが、実際に対局者(豊島竜王)の立場に立たされたら、その手の効果がわかりづらく、なおかつ1分将棋(※1分以内に1手指さなければいけない状態)の中で選択するには非常に難易度が高いものです。

 その中で藤井三冠は全体の状況を見て「大きく、なおかつ無理のない構想」を描いた印象です。終盤も強い豊島竜王が「3六歩」としたのは自然な手で……そこからは吸い寄せられたように、藤井三冠の構想通り進んだという印象を持ちました。

そもそも、将棋の「構想力」ってどういうこと?

「構想力」というのは、攻めの組み立てなど序盤・中盤に重要視される印象があるが――そうお感じの将棋ファンはとても多いでしょうし、正しい認識です。ただ今回の「9七桂」は明らかに藤井三冠の「終盤での構想力」が発揮されたものと感じています。

「駒がこのような形で配置されていたら、自分の思い描く将棋が実現できる」

 それを脳内でイメージしていく作業が、将棋における「構想」と私自身は考えています。例えば詰将棋(※王手の連続で相手玉を詰めるパズル。終盤力を磨く教科書ともされる)を考える時に出てくるものでもあります。

王位戦第3局の藤井三冠 ©日本将棋連盟

構想しているとき、脳内はどんな感じなのか

 その際、脳内でどんなイメージを描いているのか。難しい詰将棋に臨んでいる時の状態を言語化すると、駒の配置を見て――しらみつぶしに手を考えているだけではありません。

「なんとなくこういう形で詰みそうだな」
「この駒をこう捌いたらよさそうだな」
「あの玉をこちら側に持っていきそうだな」

 そういう風に考えたりすることもあるんですね。

 それを踏まえて、藤井三冠の対局に話を戻すと……。

「“9七桂から8五桂”が実現すれば、玉の逃げ道を両方塞げる」
「その中で次に詰ますことができそうだ」

 このような構想を描いて「9七桂」を指したと推察されます。終盤は時間、頭の体力ともに消費している中で、数多くの選択肢の中から最善手を探し続けるという計算力が重要視されます。逆に言えば、その構想力で勝てる人は、少数派だと思います。

藤井三冠のスゴさを野球やサッカーなどにたとえるなら

 もしスポーツにたとえるならば……野球なら最終回まで好投を続けた先発投手が配球、コントロールを完璧に操って相手の強打者を打ち取る。サッカーなら自分たちの狙いの形でミスなく崩して、試合を決定づけるゴールを奪う。そんな感じでしょうか。

 頭のスタミナをすでに使っている中でも、自分のイメージしたものをしっかりと実現しきる。非常に難易度の高い勝ち方を実現したことに、藤井三冠の実力を垣間見ました。

 おふたりの凄さを少しでも実感していただいた中で……10月8日から竜王戦が開幕します。藤井三冠が2つのタイトルを制し、流れ的にも“藤井三冠寄り”の声が大きいとは思います。ただし豊島竜王は防衛戦に臨む立場ながら、ご本人としてはおそらく「藤井三冠に挑戦する、向かっていく」という気持ちが芽生えているはず。そういった時に肩の力が抜けて、よい風に将棋を指せる側面もあります。

 一方、藤井三冠にとっては「史上最年少四冠」という、とてつもない記録がかかっている番勝負となりますが――いつも通り自然体で指されるのではないでしょうか。

竜王戦は共鳴した部分がさらに深くなっているだけに

 王位戦と叡王戦の番勝負で非常に濃密な時間を過ごされた2人は、盤を挟んで共鳴した部分がさらに深くなっていると思います。

王位戦第5局 ©日本将棋連盟

 何より、お互いが実力を認め合っている関係性です。そういう間柄だといい勝負になりやすく、ワンサイドゲームにはなりにくいということがあるとも思っています。だからこそ、さらなる名局を竜王戦で見られるのでは――と、いち棋士として楽しみで仕方ありません。

 そんな2人の対局で話題になったのが「おやつ」……これもまた将棋と縁深いものです。こちらは少し柔らかめな話になりますが(笑)、こちらについてもまたお話しできればと思います。

 <将棋とおやつの関係性に続く>

文=中村太地

photograph by 日本将棋連盟