NumberWebでは将棋の“競技的”な側面を中心に、王座獲得経験のある中村太地七段に将棋の奥深さについて定期的に語ってもらっている。今回は竜王戦に臨む豊島将之竜王と藤井聡太三冠の強さ、そして「おやつ」について触れてもらった(全2回/豊島vs藤井編も)

 藤井三冠と豊島竜王の対局、将棋ファンの皆さんには2人の一手一手を楽しんで見ていただいたとともに……「おやつ」「デザート」にも世間的な注目が集まりましたね。その契機となったのが、藤井三冠の注文した「ぴよりん」や「コロコロしばちゃん」、豊島竜王の頼んだ《想像以上に盛り合わせている》フルーツ盛り合わせなどなど……。

藤井三冠が頼んで話題になった「ぴよりんアイス」©JIJI PRESS※代表撮影

 それについての率直な意見ですか? 実は私も見ていて「カワイイなあ」と思っているんですよ。「ぴよりん」が大々的にネット中継の画面に映った時は、藤井三冠が盤面で見せる妙手並みの衝撃を受けましたが(笑)。

 そんな「おやつと将棋」について――肩の力を抜いて将棋を楽しんでもらうために、私の経験談などをお話しできればと。

昔から新聞などで「おやつ」のメニューは載っていた

 私自身、王座戦などタイトル戦に臨んだ経験がありますが……非常にピリピリした、バチバチとした空気感の中で戦いを繰り広げています。それを知るだけに、こういったカワイイおやつが出てくるというギャップがすごいし、面白いとも感じています。

 そんなおやつですが、以前から新聞や『週刊将棋』などで1日のタイムスケジュール・ドキュメントなどが載る中で、おやつのメニューがずっと掲載されているんですよね。

 若い頃はふと「おやつって載せる必要、あるのかな?」と思ったのは事実ですが(笑)、今の注目度の高さを踏まえると「将棋の対局を事細かに記す」ということが思わぬところで実を結ぶのがあるのだな、と捉えるようになりました。

 自分自身が戦った王座戦などを思い出すと、おやつ自体にこれほどバリエーションが出てきたのは、藤井三冠がタイトル戦に登場し始めたここ数年なのかな……とも思います。

 その一方で、タイトル戦は日本全国の様々な土地を巡ってきた歴史があります。

 インターネットなどが普及していない時代から、地方の将棋ファンの人にも最高峰の対局を見てもらって、普及を頑張りたい、地元を盛り上げたいというのが将棋界の思いとしてありました。だからこそ、各地域の方々にご協力いただきながら各地の名物おやつも対局中に存在したのではないかな、と感じます。

藤井三冠らの「おやつ」は全員を幸せにしている

 そんな積み重ねをしていった将棋界ですが、ここ10数年でインターネットが普及し、ネット中継で長時間対局が見られるようになりました。それによって宣伝パワー自体が高まり、藤井三冠の大人気も相乗効果で……というサイクルがあるのだと思います。

 先ほど挙げた「ぴよりん」、そして叡王戦スポンサーの不二家さんも、藤井三冠が頼んだ「コロコロしばちゃん」などのお菓子に注目が集まったことで、喜んでくださっていると思います。そういう意味では棋士・ファン・スポンサーそれぞれが幸福な関係を築き上げられているのではないでしょうか。

コロコロしばちゃん ©日本将棋連盟

そもそも、タイトル戦ではいつ頼んでいるの?

「おやつ」については素朴な疑問が多くあるようなので――私自身がタイトル戦などで経験した豆知識をご紹介できればと思います。

 まずは「おやつっていつ、何を頼んでいるの?」というのは多くの人が気になっているそうですね。実は注文の仕方って、タイトル戦によって頼むタイミングが違うんですよね。

 そもそもタイトル戦ごとに持ち時間や2日制(竜王戦は8時間2日制、王座戦は5時間1日制)など、スポーツで言うレギュレーションが変化します。

 おやつも同じで「午前のおやつ/午後のおやつ」と2回ある棋戦と、午後のおやつだけという棋戦もあります。注文のタイミングについても……食事を含めて全て対局が始まる前、たとえば検分の後などに頼みきってしまう棋戦もありますし、対局が始まって昼食あたりの時間になったらメニューを持ってきてもらって、そこで決めるパターンのタイトル戦もある。私が戦った王座戦は後者でしたね。

 実はこんな感じで統一されていないので、中継をご覧になられる際には、タイミングなどを見比べても面白いかもしれません。

「太地さんはどんなお菓子を頼んだんですか?」というのもよく聞かれます。自分の話で少々恥ずかしいですが……個人的に甘いもの、特にチョコレートケーキ系が好きなので、そういった系統を頼むことがありました。あと、茶室のような対局場での一局で、抹茶を出していただいたのは非常に印象に残っていますね。

「定跡」はチョコ、バナナ……ブドウ糖を持ち込む人も

 冒頭で触れた通り、タイトル戦は非常に緊迫した空気感の中で進みます。そんな中で少しメンタルを変えると言いましょうか、対局中の「癒し」になっているんです。

2020年の棋聖戦第3局で渡辺明名人が頼んだチーズケーキとアイスコーヒー ©日本将棋連盟

 だから、タイトル戦に臨む棋士も相当楽しみにしている方が多いと思いますね。また、地元の名産を楽しめるという意味では、当地を旅している気分を味わえるという意味もありますので。

 脳を使っていると糖分が必要、という話もありますが、タイトル戦以外の対局でも甘いものを持ち込んでいる棋士が大半な気がします。どんなスイーツが「定跡」かというと……一番多いのはチョコレート系ですかね。あとは栄養補給という意味では――永瀬拓矢王座の印象が強いですが――バナナも多いですし、どら焼きを2、3個持ち込んでいたりする人も。

 あとちょっと驚いたのは、ブドウ糖を直接注入する人もいました。そう、四角い固形のアレです(笑)。ブドウ糖が豊富に含まれているラムネを持ってきて、ポリポリと食べている人もいます。

 食べる場所についても――今はコロナ禍なので非常に気を使っていますが、将棋盤の前や横に座って局面を眺めながら食べる人もいれば、別室に移動して食べる人もいたりしますし。そういう意味では、おやつ1つとっても本当に棋士の個性が現れるなあ、と感じます。

ひふみんと板チョコ、羽生さんの“溶けたアイス”

 過去の大棋士とおやつのエピソードは事欠きません。真っ先に有名になったのは、加藤一二三先生ですね。

 将棋界では鉄板の話なんですが、板チョコを一気に7、8枚バリバリと召し上がられたり、ゼリーも3秒ぐらいで1個パクっと食べてしまう。昼食などもしっかりと摂られているのに、これだけ食欲旺盛なのは体力がある証拠だなと感じていましたし、そのパワーがあるからこそ77歳まで現役棋士として対局に臨めたのだろうな、とも思います。

 これも将棋界では有名ですが……「タイトル戦で羽生(善治)先生が溶けたアイスを飲んだ」という伝説がありますね。

 羽生先生がアイスクリームを注文したのですが、盤面に集中していた結果、届いたバニラアイスが溶けてしまった。それを羽生先生はお茶などのようにグッと飲んだのです。

対局者の深浦九段は“アイス飲み”を見て……

 なお当時の対局者は深浦(康市)先生。溶けていくアイスが気になりつつ、羽生先生がアイスを飲んだ様子を見て「この将棋、ちょっと勝てない」と感じたとおっしゃっています。

2007年、羽生−深浦の王位戦。加藤九段の姿も ©Kyodo News

 この話だけでマンガのようですが――たしか2013年の竜王戦、ニコニコ生放送の中継で藤田綾女流二段がその逸話について質問したとき、羽生先生は「そんなことありましたっけ?」とお答えになっていました。本人はあまり記憶していないんだ……と、それはそれで衝撃という(笑)。

 ただ、一連の流れすべてが羽生先生の将棋に対する集中力の凄まじさを物語るエピソードですよね。

 私自身が経験した対局相手のおやつで驚いた代表格を挙げると、佐藤天彦九段です。一時期すごいオシャレというか、高級そうなフィナンシェとかを持参されて召し上がっていたんです。その姿を見て、心の中で「やっぱり貴族(※佐藤九段の愛称)だなあ……」と感心してしまいました(笑)。

将棋に親近感を持ってもらう意味で「おやつ」は重要

 最後に根本的な話になりますが、将棋とは元々の発祥から「気軽に楽しんでもらう娯楽」です。そういう意味で「おやつ」も現在、非常に大切な役割を果たしてくれていると考えています。

 タイトル戦など、棋士の技術の応酬を高尚なものと見てくださるのは大変嬉しいことです。その一方で「日本の伝統や、一般的な生活に根ざしたものも対局中に存在する」というのが将棋の良さでもあります。親近感を持っていただくという意味で――おやつ、着用する和服などにも注目してもらう。それが現代将棋の大衆的な楽しみ方であることは間違いないところです。

叡王戦第5局 ©日本将棋連盟

 そうやって1人でも多くの方の目に触れるきっかけを作ったうえで「あの一手はこういうことか!」とも感じてもらう。競技として発展するうえで、おやつもまた世の中と将棋界をつなぐ大事な要素の1つなのだと思います。

 だからこそぜひ、竜王戦では豊島竜王と藤井三冠の「おやつ」の一手、そして妙手の数々を存分に味わっていただければ嬉しい――と、いち棋士として思うばかりです。(構成/茂野聡士)

豊島竜王vs藤井三冠の凄みに続く>

文=中村太地

photograph by Hiroshi Kamaya