中日にドラフト1位指名された大型外野手・ブライト健太(上武大)。彼には「あの日がなければ、今はない」と感謝する出来事がある。

『ブライトがいない』

 3年前の秋のある日、朝になると当時1年生だったブライト健太の姿が寮の部屋から忽然と消えた。

 ガーナ人の父を持つブライトは、都立葛飾野高校(在籍時の最高成績は東東京大会2回戦)から群を抜いた身体能力とポテンシャルを買われて上武大に入学。しかし、2013年春に大学日本一に輝き、15年春から17年春までは5季連続全国大会4強入りした大学球界屈指の強豪校である上武大の環境は、ブライトがこれまでに経験してきたものとは180度異なっていた。潜在能力を買われて早くから一軍に抜てきされたが、当時のブライトにはそれも重荷となった。

2017年東東京大会。ネクストバッターズサークルでバットを上下に振って準備する葛飾野高・ブライト健太 ©︎Sankei Shimbun

「自分の中で“もうダメかもしれない”という思いが頭の中にずっとありました。高校の時と比べて緊張感が凄かったですし、今までと環境が違いすぎて自分のプレーがまったくできなくなっていました。打撃練習でも手が震えるほど、自分で勝手に追い込まれていました」

 同期たちの前ではそんな姿を見せずに明るく振る舞っていたが、その環境に耐えきれなくなったブライトは、財布と携帯電話以外のすべてを部屋に残して脱走。足立区の実家に帰った。

「実際に会って話をしよう」

 1年生はすぐに緊急ミーティングを開いた。

 明るい性格で、すでに学年イチの人気者。荒削りながらも「当たれば飛ぶ」打球やバネを生かした俊足は、同期メンバーから見ても「いずれこのチームの中心になる」「目標の日本一のためには絶対に必要な存在」と皆が認めていた。

 LINEで翻意を促そうという声もあったが、すぐに「それでは弱い。実際に会って話をしよう」と、総意は固まった。

 リーグ戦で山梨へ遠征中だった佐々木優大コーチに電話をし、谷口英規監督に承諾を得ると、最も仲の良かった井上力斗と学年リーダーだった山脇彰太、副リーダーだった岩本淳太、マネージャーの角永浩武の4人で、ブライトの実家へ説得に向かった。

 作戦としては「戻ってこい」とプレッシャーや義務感を与えるのではなく、友人として「戻って来てほしい」という思いをストレートに伝えること。事前に電話してブライトが帰ってきていることを確認した4人は部屋に上げてもらうと、井上を除く3人が母・陽子さんと、井上はブライトと2人きりになって、話をじっくり聞いた。

「ブライトは申し訳なさそうな顔をしていました。何が苦しかったのかを本人に聞きました。いろいろと蓄積したことがあったようで泣いていました。 “もっと楽に、やりたいことを人の顔色を気にせずやればいいよ”と伝えました」(井上)

 3人は陽子さんに熱く語りかけた。

「初めてで慣れない寮生活かもしれないけど、楽しんでいる時はすごく楽しんでいるんです」
「3年後絶対に大きな戦力になるので辞めさせたくないんです」
「どんなサポートでもしますから」

 陽子さんもそんな彼らの表情と姿に胸を打たれ、「ウチの子をこんなに心配してくれるなんて」と涙を流した。

 4人はその後、ブライトをカラオケへ連れ出し、ケツメイシの『仲間』を熱唱。「また歌おうな」と言って、東京を後にした。

ブライトを説得した(左から)岩本淳太、角永浩武、山脇彰太、井上力斗 ©︎Yu Takagi

 そしてブライトは3日後、寮に戻ってきた。

「ここまで迷惑をかけてしまったのに、こんなに仲間が心配してくれている。このままではダメだと思いました。あれで覚悟が決まりました。腹を括りました」

 その後もなかなか期待に応えられず、3年時までのリーグ戦通算成績は8打数無安打5三振。4年時からは一般の就職活動に切り替えてもおかしくない成績だったが、覚悟を決めたブライトは諦めなかった。

「何が何でもホームランと思っていて、ボール球や変化球の見極めができていなくて、バットに当たらない打者でした」とそれまでの打撃を反省し、確実性の向上に取り組んだ。さまざまな人の意見を取り入れ、打席の中での“間”やタイミングの取り方を意識しながら試行錯誤する中で、ようやく自分の型を掴んでいった。

 そして春のリーグ開幕戦で4番に抜てきされると、2本の二塁打を含む4打数4安打2打点の活躍。これで勢いに乗ったブライトは、その後も打率.380、3本塁打12打点の成績を残してリーグMVPを獲得した。

 さらに、谷口監督から「ここで活躍しないとプロはないよ」とハッパをかけられた全日本大学野球選手権では、4球団が競合した左腕・隅田知一郎(西日本工業大/西武1位)から左翼席に飛び込む本塁打を放つなど、13打数8安打、打率.615、2本塁打5打点の大活躍で4強入りに貢献。外野守備でも全身のバネを生かした走力と優れた勘で後方の打球も難なく捕球するなど、持ち味を存分に見せつけた。

 これにはスカウト陣も「身体能力の高さや長打力に加えて、守備が想像以上に良かったです。この春は違う一面を見られました」と唸った。また「元気に声を出すのもいいですね」とあらゆる面で高評価を受けた。

全日本大学野球選手権で左腕・隅田知一郎(ちひろ)からホームランを放ったブライト健太 ©︎Yu Takagi

谷口監督「男気や魂があります」

 4年間、その成長を見守り続けてきた谷口監督も太鼓判を押す。

「上武大からは安達了一(オリックス)ら何人もプロの世界に進みましたが、彼らと比べても打撃は群を抜いてます。ボールに対しての反応、対応力が高いですし、観察力や洞察力がつきました。あとはハートもいいんです。今どきの若い子にはない男気や魂があります」

 ともに切磋琢磨してきた井上も「男らしくて優しい」というブライトの成長を喜んだ。「やると決めたらやるし、学生コーチらが指摘する前にチームメイトに言うべきことを言ってくれる」とリーダーシップにも一目を置く。

 また、井上がプライベートで彼女と別れた際に相談をすると「固執するな。お前の人生をもっと楽しめ」と言われたそうで、「ブライトが脱走した時に僕が掛けた言葉と似てるんですけどね」と笑った。先日には、お腹を空かせて鳴いていた野良猫に買ったばかりのフライドポテトをあげる場面にも遭遇し、「人だけでなく動物にも優しいんだ」と感心したという。

「とにかく野球が好きなヤツ。簡単ではないと思いますけど、結果どうこうより楽しんで野球をやってほしいですね。それをまた一番近くで応援したいです」(井上)

「辞めなくて良かった」

 指名後の記念撮影では自分のことのように喜びを爆発させる仲間たちに大いに祝福され満面の笑みを浮かべたブライト。その輪が解けると、しみじみとこう語り出した。

「最高の仲間に出会うことが最大の価値だと谷口監督も常々言っていましたが、本当に大学野球をやってきて良かったと心から思います。辞めなくて良かったです」

仲間たちに祝福されるブライト健太 ©︎Yu Takagi

 あの時、仲間が思いを伝えていなければ、今のブライトも、これから多くのファンを沸かせるであろう未来のブライトもいなかった。彼ら4人にいつかの日か、中日ファン、日本の野球ファン、世界の野球ファンが「あの時はありがとう!」と言えるような活躍をブライトには期待したい。

文=高木遊

photograph by Yu Takagi