10月7日、プレミアリーグの「持てる者」に新顔が加わった。

 3億ポンド(約460億円)強でニューカッスルを買収した『コンソーシアム』は、資産価値が3000億ポンド(約46兆円)を超えるとも言われるサウジアラビア王国のPIF(公的投資基金)を後ろ盾に持つ。イングランド北東部の古豪が手に入れた資金力は3トップにリオネル・メッシ、キリアン・ムバッペ、ネイマールが並ぶパリ・サンジェルマン以上。マンチェスター・シティの約14倍という規模だ。

「新時代の到来だ」とオーナー交代を歓迎

 リーグによるオーナー適性審査が延々と長引いたことで、一度はコンソーシアムが手を引いてからほぼ1年半。2007年に英国人実業家マイク・アシュリーの所有クラブとなって以来、地元クラブにプレミア残留の期待しか抱けなくなっていたニューカッスルの街には、第7節終了時点で19位のクラブのホームタウンとは思えない高揚感が生まれている。

 諦めかけた吉報を耳にした喜びは、北東部出身の元有名選手も同じ。ニューカッスルで英雄視される元ストライカーのアラン・シアラーが「Yesssssssss」とツイートすれば、マンチェスター・ユナイテッドの名MFとして名を馳せたブライアン・ロブソンも「新時代の到来だ」とオーナー交代を歓迎した。

クラブの買収が決定したニューカッスルの街には高揚感が生まれている©Getty Images

シティも「金でタイトルを買った」とケチをつけられた

「世界一リッチなクラブ」という肩書きには、やっかみ半分の否定的な見方も伴う。

 2003年にチェルシーがロシア人富豪の手にわたった当初、巷では「強豪としての歴史がないクラブはオーナーの資金力だけでは変わらない」と言われていた。2008年にアブダビ王族の資金力を得たシティも、チェルシーと同じく新オーナー下でのプレミア初優勝時に「金でタイトルを買った」とケチをつけられた。

 今回のニューカッスル買収に関しては、人権侵害で批判を受ける国家が上辺を取り繕う「スポーツウォッシング」との意見が絶えない。

 買収が決まると、BBCテレビのニュース番組ではアナウンサーが「これでいいのか?」とばかりにサポータークラブの代表者に迫った。『タイムズ』紙には、ニューカッスルの縦縞ユニフォームを鉄格子に見立てた風刺漫画……。確かに、サウジアラビアは国際人権NGOに人権侵害問題を指摘されるようになって久しい。

帳簿上のポテンシャルも見込んでいるはず

 クラブ所有許可が下りなかった1年半前と比べて何が変わったのかと言えば、プレミア放映権を購入しているカタール系放送局との訴訟問題がサウジ側の妥協で解決しただけで、国家によるクラブ経営権掌握のリスクに関しては、PIFの独立性にしても買収後のモニタリング方法にしても、詳細は公表されていない。

 それでもリーグがオーナーの交代を承認したのだから、買収の是非をファンに問うのはお門違いというものだ。ニュース番組でインタビューを受けた男性が「ニューカッスルが好きなだけだから歓迎する」と繰り返していた気持ちは理解できる。

 彼は「サッカー界の力関係で最底辺にいるのが自分たちですから」とも言っていたが、サポーターの発言力が物を言うなら、私腹を肥やす手段としてしかクラブを捉えていないと理解されたアシュリー前政権が、14年間にも及ぶことはなかった。

新たな共同オーナーとなったアマンダ・ステイブリー氏(左)は、いかにクラブを立て直していくのか©Getty Images

 新オーナーも「カネ」の匂いに引かれたことに変わりはない。PIFは、サウジアラビア経済における石油への依存度を下げるため、エンターテイメント・ビジネスの一環として欧州サッカークラブに目を付けたとされる。今回の買収に関与し、8割のPIFに対して1割のクラブ所有権を持つ投資グループ『ルーベン・ブラザーズ』も、「イングランド北東部の雄」が持つ帳簿上のポテンシャルも見込んでいるはずだ。

チームが生気を取り戻せば、地元も活気づく

 ニューカッスルは、「サッカーの母国」には珍しい“ワン・クラブ・タウン”だ。国内北西部ではマンチェスターでもリバプールでも市内にライバルが存在する。ロンドン勢は、郊外を含めれば7クラブが今季プレミアに顔を揃えている。その点、ニューカッスルには地元ライバルがいない。

 北東部というくくりでは20kmほどの距離にサンダーランドがいるが、現在はリーグ1(3部)所属。地元ファンが抱くニューカッスルへの情熱と忠誠心は国内随一。約5万2000人収容のセント・ジェイムズ・パークには、前回チャンピオンシップ(2部)時代の2016-17シーズンにも、平均5万1100人が通い続けた。

 そのサポーターたちをして抗議の観戦ボイコットに走らせた前オーナーは、プレミアで儲けるための投資には国内富豪レベルを超越した資金力が必要だと悟ってからは、出費を抑えることしか頭になかった。だが、新オーナーの資金力は“ワールドクラス”の中でもトップ中のトップ。戦力アップでチームが生気を取り戻せば、地元も活気づく。再開発の機運が高まり、投資ビジネスが盛況となる。

 PIF主導下で同じく今回の買収に関わった『PCPキャピタル・パートナーズ』の経営者で、ニューカッスル新役員として日々の運営を統轄することになるアマンダ・ステイブリーは自身が国内北部出身であることをアピールしているが、有能なビジネスパーソンでもある彼女は、クラブ買収以前からニューカッスル市内の不動産オーナーでもある。

今季は白星のないまま降格圏内に

 新経営陣が着手すべきことは、時間と予算を要するトレーニングセンターとアカデミー施設の改善など、数多い。ただし、インフラへの投資はフィナンシャル・フェア・プレー規則の支出項目対象外。そのうえ、赤字経営ではなく、選手給与もプレミア下位レベルに抑えられていたニューカッスルの場合、新オーナーがその気になれば移籍市場にも相当な金額を投じられる状態にある。

今季は開幕から未勝利が続くニューカッスル。ブルース監督の解任は時間の問題と見られている©Getty Images

 とはいえ、市場は年明けまで開かない。となればクラブ買収で生まれた勢いをチームに直接反映する最初の手段は監督交代だ。「ベイル、モドリッチ、アザールを買い入れて残留争いを勝ち抜くぞ!」と携帯メールを送ってきたのは、セント・ジェイムズ・パークにシーズンチケットを持つ友人だが、スティーブ・ブルース率いるチームは現体制3年目の今季序盤戦を白星のないまま降格圏内で過ごしている。

 リーグで13位と12位に終わった過去2シーズンを含む通算成績も、前節終了時点では23勝23分37敗。ブルースは、すぐさま見切りをつけられたとしても反論が難しい。

 噂の新監督候補には、スコットランドのレンジャーズで監督初挑戦中のスティーブン・ジェラード、昨季チェルシーでプレミア監督初挑戦が1シーズン半で終わったフランク・ランパードの両若手から、そのチェルシーでプレミア優勝監督となっているアントニオ・コンテ、現職ベルギー代表監督として2018年W杯で3位、イングランドでもウィガン時代にシティとのFAカップ決勝で勝利監督となったロベルト・マルティネスまで、数人の名前が挙がっている。

理想の展開はベニテスが下地を築き、モウリーニョヘ

 新経営陣の理想は、今年1月からアシスタントとしてコーチングスタッフとなった地元出身者で、今夏のEURO2020ではイングランド代表でコーチを務めたグレアム・ジョーンズの暫定指揮を経て、エバートンからラファエル・ベニテスを引き抜くというシナリオか? 鋭いカウンターを身上とする監督だが、ニューカッスルのファンは、2015-16シーズン終盤から采配を振るった3年3カ月の間に、ベニテス体制下のサッカーを守備的だとして否定的に捉えはしなかった。

今季よりローマを指揮するモウリーニョだが、近い将来ニューカッスルでプレミア再挑戦の可能性も?©Getty Images

 受け継いだチームの降格後も指揮を執り、即座のプレミア復帰を実現したベニテスは、前オーナーが移籍市場での支援を拒み続けなければ、契約更新でファンに望まれながらの続投となっていたはずだ。

 堅守志向の指導者は、今季開幕7戦でリーグ最多タイの16失点を記録しているチームの立て直しに打ってつけで、ニューカッスル復興への下地を築く最適者だろう。

 下地が整った後、ジョゼ・モウリーニョへのバトンタッチでも実現すれば、個人的には理想の展開と思える。ベニテスと同様に堅守速攻を得意とする戦術家だが、ベニテスには薄い勝負師としての一面も備えるモウリーニョは、2度目のチェルシー時代が解任で幕を閉じた6年前から、「終わった」とみなす世間を見返したいはずだ。

 プレミア再挑戦の舞台が、クラブの元名将で、自身の恩師にも当たる故サー・ボビー・ロブソンに縁のあるニューカッスルとなれば面白い。本人も言っていたことだが、当時のニューカッスルが優勝ではなく残留を争うレベルのクラブだったことから、検討すらあり得ないままだったが、オーナー交代を機にクラブが変わり始めれば、今季から3年契約で就任しているローマと同等以上に魅力ある就任先と思えるのではないか?

プレミアに残留できれば来夏にはハーランド獲りも

 もちろん、監督が誰であれ、冬の移籍市場でプレミアの新興勢力によるクーデターばりの大物獲得が起こるとは思えない。しかし、今夏の補強も昨季にアーセナルからレンタル移籍していたMFジョー・ウィロックを買い取った程度だったチームは、残留争いの泥沼を回避するために即戦力追加を必要としてもいる。

 2億ポンド(約300億円)と推定される予算を活用すれば、カラム・ウィルソンに依存する最前線に、ユナイテッドで脇役に回りつつあるエディンソン・カバーニを呼び寄せられる。また買収交渉が進んでいた昨春にターゲットとされたドニー・ファンデベークを不遇のユナイテッド・ベンチから自軍の中盤中央に救い出すことも可能だろう。

 最終ラインの中央には、経験豊富なカリドゥ・クリバリーをナポリから迎える手もある。新たなチャンス供給源には、バルセロナでハマり切れずにいるフィリペ・コウチーニョ。現主力ミゲル・アルミロンの4倍以上という年俸は前オーナー下ではあり得ない規模だが、新オーナー下では十分にあり得る2000万ポンド(約30億円)弱だ。

 そして無事にプレミア勢として来夏を迎えれば、金銭面ではアーリング・ハーランド(ドルトムント)やムバッペですら国内外のビッグクラブと競り合える。

圧倒的な資金力を武器に、来夏にはハーランドやムバッペ獲りに参戦する可能性も©Getty Images

 中東から目覚まし音を聞いたイングランド北東部の眠れる巨人は、ホームにトッテナムを迎える10月17日のプレミア第8節で、オーナー交代後の第1歩を踏み出す。

 選手の顔ぶれは変わらず、暫定指揮下のチームだったとしても、希望に胸を膨らませたファンが、小高い丘の上に立つセント・ジェイムズ・パークへと意気揚々と向かう光景が目に浮かぶようだ。

 相手スタンドからは、人権侵害に関するブラックジョーク全開のチャントが歌われても不思議ではない。サウジ資本による買収初戦を伝えるニュースでは、オイルマネーと引き換えに良心を売った国内サッカー界の誤った船出として伝えられるかもしれない。しかし、「我がチーム」に夢を見るサポーターとしての“人権”を取り戻したニューカッスルの人々にとって、2021年10月7日は記念すべき運命好転の日に他ならない。

文=山中忍

photograph by Getty Images