女王は、ただひとり。

 エリザベス女王杯。“3歳以上の牝馬女王決定戦”として、名勝負が繰り広げられてきたレースだ。

 振り返ってみると、外国産馬ヒシアマゾンが勝利し新時代の到来を告げた1994年、エアグルーヴ、メジロドーベル、エリモエクセルという3世代のオークス馬が覇を競った1998年、スノーフェアリーが三冠馬アパパネを圧倒し“世界”の力を見せ付けた2010年など、枚挙に暇がない。

 しかし、誰もが観たいと願いながら、この舞台ではついに叶わなかったライバル対決もある。2007年、ダイワスカーレットが勝利した一戦。そこには、彼女の生涯のライバルであるウオッカの姿はなかった。レース当日の朝、右関節跛行のため出走を回避したのだ。かくしてチューリップ賞、桜花賞、秋華賞に続く宿命の対決第4ラウンドはお預けとなった。

 あれから14年、ウオッカも世を去り、幻のライバル対決などいまや昔のこと……と思いきや、いまだこの2頭の関係には熱い視線が注がれている。この“記憶の保存”に『ウマ娘 プリティーダービー』(以下、『ウマ娘』)というコンテンツが果たした役割は大きいだろう。モバイル、PCで展開中のゲームは1000万ダウンロード、テレビアニメ版Season2ではBlu-ray(『ウマ箱2』)が累計約70万本もの売上を記録(4巻合計、アニメBlu-rayは1巻につき1万本でも大ヒットと言われる)、さらにコミックス『ウマ娘 シンデレラグレイ』でも累計150万部突破と、エンタメの各分野で旋風を巻き起こしている。

ウマ娘(実際にプレーして撮影)

 その魅力は各所で語られているところではあるが、中でも“現実の名馬たちの史実を、細部に至るまで徹底的に落とし込んだ設定やストーリー”が、競馬ファンにも、競馬を知らなかった人々にも『ウマ娘』が受け入れられている理由となっているのだろう。

髪の毛や衣装などは史実を忠実に再現

『ウマ娘』ならではのこだわりの設定は、勝負服姿などをみればよくわかる。

 ウオッカは全体的に黒っぽい毛色の印象があるが、分類的には鹿毛だった。その特徴のひとつが脚の先が黒色というもので、茶髪とトップス&ボトムズ、ブーツの黒色はそこから来ているのだろう。前髪の白い部分は、実際の流星と形も同じである。また、インナーや袖のカラーリングは馬主である谷水雄三氏の勝負服のものが反映されている。性格などの特徴にも史実のエピソードが盛り込まれている。ウオッカは純情で鼻血を出すシーンが登場するが、これは現実でも2度発症し、引退理由ともなった鼻出血を反映したものだ。

(左)実際にプレーして撮影、(右)Keiji Ishikawa

 ダイワスカーレットのデザインは、馬主である大城敬三氏の勝負服のカラーリングを反映したものだ。ソックスに入った青い2本のラインも、実際に巻かれていたバンテージと同じ。また、左の耳に赤いリボンが巻かれているが、それも尻尾に巻かれていたのと同じものだ。ちなみに、競走馬の尻尾に赤いリボンがついているのは“蹴りグセ注意”の目印である。

(左)KYODO、(右)実際にプレーして撮影

 そして主戦の安藤勝己騎手もよく語っていた「前向きすぎる性格」も忠実に再現されている。

ウマ娘では「同室、同学年のライバル」

 また、ゲーム版では史実では実現しなかった“ファンが観たかった展開”の数々を、史実を検証、尊重しつつ実装しており、それらへの評価がリリース約半年での1000万ダウンロードという空前の数字に繋がっているのだと思われる。そして“幻のエリザベス女王杯”もプレイヤー(トレーナー)の選択次第で実現させられるのである。

 ゲーム版『ウマ娘』のメインとなる“育成”モードでは、キャラクターごとに独立したストーリーが描かれていく。ウオッカ、ダイワスカーレットにもそれぞれのストーリーが用意されており、史実で出走したレースをなぞるような形で進む。

ウオッカ、ダイワスカーレットのどちらのシナリオも、2人のライバル関係を軸に描かれる(実際にプレーして撮影)

 その中でフォーカスされているのは、もちろんふたりの“ライバル関係”だ。デビュー前から火花を散らす、同室、同学年のライバル。何でも張り合う子どものようなところを見せつつも、ストーリーが進むにつれてふたりのレースに対する真摯な姿勢が垣間見えてきて、プレイヤーをハッとさせてくれるようになる。特にシニア級(古馬)になると顕著である。こういった成長を感じられる構成は、競馬を題材とした作品ならではだろう。

 おもしろいのは、海外挑戦などつねにブレない目標を掲げ邁進するウオッカを、ダイワスカーレットの先を行く存在として描いているところだ。

ルームメイトだったウオッカの突然の海外挑戦宣言に驚くダイワスカーレット(実際にプレーして撮影)

 実は史実では、ダイワスカーレットを管理する松田国英調教師(当時)はウオッカの角居勝彦調教師(当時)の師であり、また直接対決の内容でもダイワスカーレットの方が安定しており、むしろウオッカ陣営こそ挑戦者と言える立場だった。しかしファンからの支持は劇的なレースをするウオッカの方が上だった(直接対決では全てウオッカが単勝人気で上回る)し、何と言っても“牝馬によるダービー制覇”のインパクトは絶大。そういった“ファン目線”での関係性がゲームには反映されているのかもしれない。

“幻のエリザベス女王杯”はどう描かれたか?

 そしてエリザベス女王杯である。ゲームでは、ダイワスカーレットのシナリオでクラシック級(3歳にあたる)の目標レースとして登場。こちらでは史実をなぞってウオッカが出走を取り消すこととなる(理由は不調のため)。しかし、観客は出走していないウオッカの話題で盛り上がり、ダイワスカーレットの闘志に火をつける……という展開に。

 一方、ウオッカのシナリオでは目標として組み込まれてはいないが、クラシック級時に出走すると“隠しシナリオ”の形でダイワスカーレットとの対決が描かれることになる。このif展開では、レース前に「勝った方が女王。負けた方は1日だけ女王の言うことを聞く」という余興(賭け)が行われる。ウオッカが1着になるとダイワスカーレットに屈辱のセリフを言わせるという展開に。ウオッカが1着以外ならダイワスカーレットが勝つ。そして、恥ずかしいセリフを言わせる代わりに「これから先もずっとライバルでいてほしい」と告げるのだ。

 それまで子どものケンカのようなことばかりしていたふたりなだけに、不意打ちのようにグッとくる言葉である。じつはこのセリフにも史実が関係していると思われる。実際は3歳時に4度も対決した2頭は古馬になってから違う路線を進むことになり、ダイワスカーレットの脚部不安も重なって、直接対決は2cm差の死闘となった天皇賞・秋のみ。適性が違うから仕方のない話ではあるが、ファンにとっても寂しい出来事だった。作り手たちの当時への思いが、ダイワスカーレットの言葉として語られたのではないだろうか。そしてウオッカは……。

『ウマ娘』では、ウオッカとダイワスカーレットのライバル関係はこの後も濃厚に描かれていく。しかし、“幻”に終わったエリザベス女王杯ひとつとってもこれだけの設定が盛り込まれていて、ファンを唸らせているのだ。現在も10日にひとり程度のペースで新キャラクターが追加されているが、次はどんな物語を蘇らせてくれるのかに注目していきたい。

文=屋城敦

photograph by ©Cygames, Inc.