昨年、右腕上腕を骨折する怪我で戦列を離れ、今年の4月に復帰したばかりのマルク・マルケスが、トレーニング中の怪我で、再び戦列を離れた。マルケスは10月30日に行ったモトクロストレーニング中に転倒。頭部を強打して脳震盪を起こし、その影響で11月7日の第17戦アルガルベGPを欠場した。その後の検査で第4脳神経の麻痺が明らかになり、第18戦バレンシアGP(最終戦)とそれに続くスペイン・ヘレスの公式テストをキャンセルすることが所属するレプソル・ホンダから発表された。

 マルケスは、アメリカズGP、エミリア=ロマーニャGPと2連勝(今季3勝目)を達成し、1週間のインターバルで開催されるアルガルベGP、そして最終戦バレンシアGPの2連戦では、さらに優勝回数を伸ばすのではないかと注目されていた。

 チームによると、自宅で静養していたマルケスは視力に異変を感じ、体調が悪化したことからバルセロナ市内の病院で検査を受けることに。その結果、Moto2クラス時代の2011年のマレーシアGPの転倒の際に頭を打って痛めた第4脳神経の麻痺が確認され、経過を見守ることになった。第4脳神経が麻痺すると垂直方向の眼球運動が損なわれ、視界に2つの像が重複して見える複視の症状が出る。通常は時間が経てば麻痺は消滅するが、11年の転倒の際は、3カ月が経っても回復が十分ではなく、右目の上斜筋の手術を行い翌年の開幕戦に間に合わせた。今回も「静養しながら経過を見守る」と医師は語っており、時間がかかることは間違いない。

 コロナ禍の中で開幕が大幅に遅れた昨年は、MotoGPクラスの開幕戦となった7月のスペインGPで右腕上腕を骨折し、その後、3回の手術を行いシーズンを棒に振った。そして9カ月のブランクを経て今年4月の第3戦ポルトガルGPに復帰。右腕が完全な状態でないなか14戦して3勝を挙げ、完全復活も近いことをアピールするレースが続いていた中での欠場となった。

怪我に苦しんだ伝説のチャンピオンたち

 思えばこれまでも、怪我の影響で苦しんだライダーは多い。僕がグランプリを転戦するようになった1990年以降でも、93年にチャンピオンになったケビン・シュワンツが、この年のシーズン後半戦に左手の舟状骨を骨折。舟状骨とは、手の甲を海とすれば、その海に浮かぶ舟のようなもので、骨折すると骨がつきにくいことで知られる。この骨を折ると、痛みがひどく力が入らなくなりマシンをコントロールするのが困難になる。そういう骨折をしながらシュワンツは、怪我を押して強行出場。その年のタイトルを獲得するも手の状態を悪化させ、ついに左手は完全な状態に戻ることはなく、その2年後、30歳で引退した。

 90年から92年のチャンピオンで、そのシュワンツとタイトルを争い、ミサノで開催された93年のイタリアGPで転倒したウエイン・レイニーも、このときの転倒で頚椎を損傷して下半身不随となり、引退した。怪我をしたときは32歳だった。

 94年から98年まで5年連続でチャンピオンになったミック・ドゥーハンも怪我が原因で引退した。ドゥーハンは92年のシーズン前半に破竹の快進撃を続けたがオランダGPで転倒して大けがを負う。特に右足の怪我はひどく、その年のシーズン後半に復帰するも93年まで苦戦は続くが、94年に圧倒的な強さでチャンピオンを獲得。その後、無敵を誇るが99年にヘレスで行われたスペインGPの予選で転倒し、再び、右足などを負傷。復帰に向けて手術を受けるも右足の状態は良くならず、引退を決めた。99年に怪我をしたとき、ドゥーハンは33歳だった。

94年から500ccクラスを5連覇。「絶対王者」の元祖たる存在だったミック・ドゥーハン

 最高峰クラスで7度のタイトルを獲得。今季を最後に引退するバレンティーノ・ロッシも、30歳になった10年のイタリアGPで右脚脛骨を骨折してからタイトル獲得はない。そういう意味では、この怪我から完全復活を果たせなかったと言ってもいいのではないだろうか。

怪我によって成長を阻まれた日本勢

 オートバイレースは、怪我が多い競技である。どんなスポーツでも「怪我をしないことも才能のひとつ」と言われるが、オートバイレースは、その最たるものだ。2009年の250ccチャンピオンで現在ホンダ・チーム・アジアの監督を務める青山博一は、MotoGPクラスにデビューした10年のイギリスGPで転倒、脊椎圧迫骨折で5レースを欠場する。この怪我はひどい痛みを伴うもので、14年までMotoGPクラスに参戦するも、この怪我で青山博一のライダーとしての成長は止まった。MotoGPクラスでの最高位は4位だったが、この怪我がなければ表彰台獲得、優勝も夢ではなかったと思う。

 2007年に交通事故で亡くなったノリックこと阿部典史も、2001年のポルトガルGPの予選で右高速コーナーで激しく転倒し、左手と左足首を負傷した。このときノリックは26歳。ライダーとしてはもっとも勢いのある年齢だが、後になって思えば、それ以降、ノリックの破天荒な走りは見られなくなった。

 転倒による怪我、そして経験したことがない恐怖。若いときは、それを克服していけるが、どうしてもそれを超えていけない年齢が来る。マルケスは今季3勝を挙げたが、怪我をする前の速さと強さには及ばない。今回はトレーニング中の怪我だが、トレーニング中の怪我でレースに出場できないというのも初めてのこと。視力障害がいつ回復するのかはわからないが、来季29歳になるマルケスは、怪我と戦いながら年齢から来るライダーとしての「衰え」とも闘うことになる。

 史上最年少記録を次々にブレイクしてきた頃のマルケスとはもう違うのだということはわかっていても、今季の3勝はやっぱり「普通じゃないマルケスの速さ」を期待させた。一日も早く復帰することを願うばかりである。

文=遠藤智

photograph by Satoshi Endo