今年10月、5年ぶりにバレーボール女子日本代表監督に復帰した眞鍋政義が、3年後のパリ五輪に向けて「お手本にするチーム」に挙げたのが、東京五輪男子バレーで金メダルを獲得したフランスと銅メダルのアルゼンチンだった。

「この2チームは、身長が高いわけではないけれど、失点が非常に少なく、結束力が高い。ヒントがたくさんありました」

 フランスに初めてバレーボールの五輪金メダルをもたらした監督は今、日本にいる。V.LEAGUE DIVISION1(V1)男子のパナソニックパンサーズで昨季から指揮をとっているロラン・ティリ監督である。

低迷していたフランスを再建

 以前のフランスは決して強豪というわけではなかった。だが2012年にティリ監督が就任すると劇的な変化を遂げた。

 就任当時、フランスは2008年北京、12年ロンドンと2大会五輪出場を逃し、世界ランキングも21位と低迷していた。ティリ監督は当時をこう振り返る。

「選手同士のいさかいが多く、モチベーションも低かったし、バレーボール協会は財政難。五輪に出場できずフラストレーションもたまっていた。何より大きな問題は、長期的なプログラムが何もなかったこと。1年単位でしか考えていなかった。それではうまくいかない。だから私は1、2年目の結果は重視せず、次のオリンピックまでの4年間のプログラムを作り強化を進めました」

 選手たちが同じ方向を向き、チームの勝利のために尽くせる集団を作るために、コート内外で改革に着手した。

「これまでの実績は過去のもの。毎日、自分がなぜここ(代表)にいるのかということを証明しなければならない」と、選手に常に100%を出し切ることを求めた。それまで実績や年齢によって大きな差があった代表選手の日当も一律にした。

 それまでのような短い練習期間では不十分だと考え、合宿期間を伸ばすことにしたが、その分の日当を払う余裕はなかった。正直に、「日当は十分に払えないけれど、目標を達成するために合宿期間を伸ばす」と事情を伝えた。

 代表を去っていく選手もいる中、監督とともに目標を追いかけることを選んだ初期メンバーの中に、今夏の東京五輪でもチームを支えた5人、セッターのバンジャマン・トニウッティ、リベロのジェニア・グレベニコフ、ミドルブロッカーのニコラ・ルゴフ、アウトサイドのイアルバン・ヌガペトと監督の次男ケバン・ティリがいた。

イアルバン・ヌガペト(9番)ら個性が強いメンバがー揃うフランス代表 (c)Getty Images

 練習方法も変え、試合形式の練習を大幅に増やした。メンバーを入れ替えながら試合形式の練習を繰り返し、勝ったチームの選手に2ポイント、負けたチームの選手には1ポイントを与え、毎日そのポイントのランキングを発表した。スパイク効果率などプレーの数値ではなく、チームの勝利のために動ける選手を評価するという意思表示だった。

「選手間でケンカがあったりバラバラの状態だったので、もっとも大事なのは、個々がどんな活躍をするかではなく、チームを勝たせることなんだと、示したかったんです」

 指揮官の思いは徐々に浸透し、ヌガペトを筆頭に個性派が揃うフランス代表の選手たちが、勝負どころで結束し大きな力を発揮するようになっていった。

 監督就任3年後の2015年にワールドリーグやヨーロッパ選手権で優勝し、2016年リオデジャネイロ五輪で3大会ぶりの五輪出場を果たす。この時は予選ラウンドで敗退したが、5年後の東京五輪で、頂点に立った。予選ラウンドは大苦戦し4位での通過だったが、準々決勝で優勝候補のポーランドをフルセットの末に撃破。準決勝でアルゼンチンを退け、決勝でROCにフルセットの末、勝利し、悲願を果たした。

東京五輪でフランスを金メダルに導いたティリ監督。胴上げシーンでは笑顔が溢れた (c)Getty Images

 前評判のそれほど高くなかったフランスが金メダルに上りつめた勝因の1つはサーブだった。

「私の哲学として、サーブとサーブレシーブを一番重視している。バレーボールはそこから始まりますから」とティリ監督。

 特にサーブは試合の主導権を握るカギ。フランスは直接ポイントを狙える強力なジャンプサーブだけでなく、ROCに対してショートサーブを多用するなど、個々が多彩なサーブを状況に応じて巧みに打ち分け、崩したり、相手の攻撃を絞り込む効果につなげていた。

「すべての選手が色々な種類のサーブを持っていると、相手はどんなサーブが来るかわからないのでメンタル的に苦しくなるし、サービスエースを取るだけが目的ではなく、相手をアウト・オブ・システムにして、自分たちの展開にするという目的があります」

 相手のセッターやスパイカーの傾向を細かく分析し、相手の嫌がるコースや、セッターの癖が出やすいコースがあれば、そこにリベロがいても、そのコースを狙う。

Vリーグ王者・山村監督も質問攻め

 この夏、フランス代表のバレーに感銘を受けたのは、眞鍋監督だけではなかった。

 V1男子の昨季の覇者・サントリーサンバーズの山村宏太監督も、東京五輪でのフランスの戦い方に「ものすごく刺激を受けた」という。リーグ前にパナソニックと練習試合を行った際にはティリ監督を質問責めにしたほど。山村監督はこう語る。

「ただ強いサーブが“入るか入らないか”で試合が左右されるんじゃなく、状況に応じて前後に揺さぶったり、相手の嫌なところに落としていくサーブは理想的。ティリ監督率いるフランスがそういうバレーをしていたので、おそらく世界各地で、ミス率をコントロールしながら、相手のスパイカーを動かしてパイプ攻撃をなくすなど、サーブが相手に仕事をさせないバレーボールの起点となる流れにシフトしているんじゃないでしょうか。

 トップチームになるほど、強いサーブに対しては目も慣れている。日本はまだ『攻めないと勝てない』というところで止まっていたと思うし、日本では、ミスしちゃいけないとなると、チャンスサーブを入れていくことが多かった。ミスをしてはいけないとかリスクを避けるというよりも、『ショートサーブでも点数を取れる』というマインドが効果的だし、気持ちのゆとりにも繋がるんじゃないかと思います」

 今季のVリーグ男子の試合を見ていると、全体的にサーブの打ち分けが多彩になっており、東京五輪のフランス代表の影響を感じる。

 ジェイテクトSTINGSのリベロ・本間隆太はこう話す。

「今季はショートサーブが多くなっていて、東京五輪を見てみんなやり始めたのかな、という印象はあります。ただ強いサーブばかりだと、慣れてくるとポンポン返り始めるので、ショートサーブがあるとないとでは全然違う。『あるかも』と思うだけで少し陣形も変わる。陣形が少し前に出たところで、ストロングサーブがくると厳しいですから」

 ティリ監督は昨季のパナソニックで既にフランス代表のスタイルを取り入れており、個々のサーブ技術向上と緻密な戦術が噛み合った結果、昨季はサーブ効果率1位だった。

 パナソニックのセッター深津英臣が、「サーブの戦術やディグのポジショニングなど、新しい、世界基準を教えてくれる」と言うように、ティリ監督はチームに様々な刺激を与えてきた。選手起用もその1つだ。

 パナソニックは過去10年間で8度リーグの決勝に進出し、4度優勝している強豪で、メンバーはほぼ固定されていた。だが昨季は、それまでほとんど出場機会のなかった選手が先発するなど起用法が一変。試合中の選手交代もすばやく、実績は関係ない。まさに“全員が戦力”を目に見えるかたちで実行しており、それまで控えだった選手はモチベーションが上がり、実績ある選手は危機感を抱く。必然的に日々の練習から熱気は高まった。

 絶対的な司令塔だった深津も例外ではなかった。

「びっくりしましたよ。『え? もう代えられちゃうの? はえーな!』って」

 そう苦笑する。一旦コートの外から試合を見て冷静になり、次のセットの頭から戻るパターンかと思いきや、交代した新貴裕がそのまま次のセットも任された。

「『いや取り返したいよ』って気持ちはあったんですけど、でもそのまま行って結果的に勝つ試合がいくつもありました。いい意味で、いろんな常識を覆された。すっごいなーと思いますよ、あの人は。東京五輪でもそういう場面がありました。途中でセッターを代えて、ファイナルに行って、優勝しちゃった。他の人には見えていないものが見えているような感じがします」

「ゲームプランが気になって寝られない」

 9年間の強化が実り、戦術や采配もはまって東京五輪で頂点をつかんだ。金メダル監督の称号を手にして臨む2年目のVリーグ。揺るぎない自信を得てどっしりと構えているのだろう、という予想は覆された。Vリーグ開幕の数日前にインタビューに訪れると、ティリ監督は、「ストレスだらけで、今朝も4時に目が覚めてしまった」と苦笑した。

「(開幕戦で対戦するウルフドッグス名古屋の)クレクにどう対応するか、相手はどのセッターでくるのか、こちらはどんなメンバーでスタートするか……ゲームプランが気になって寝られない」

 普段は陽気で親しみやすい人柄で、選手に対しても熱く、ポジティブな言葉をかける。しかし頭の中はネガティブで、常に最悪の事態を思い描き、不安が絶えない。

「試合が始まってしまえばプレーするのは選手だけれど、監督はそれまでに最悪の事態を想定し、できる限りの準備をする」というのがポリシーでもある。

試合中、選手たちを鼓舞するティリ監督 (c)Getty Images

 チャレンジが大好きで、未知の文化に触れたいという思いもあり、フランス代表監督の続投要請を断って選んだVリーグでの仕事は気に入っているようだ。

「本当にグッドサプライズだった。Vリーグは世界的には有名ではないけれど、スキルのレベルが高く、チームの組織や選手の環境は世界の中でもベストだと思う」

 ただ物足りなさを感じる部分もある。「宣伝」と「プレーオフのあり方」についてだ。

「宣伝に関しては、Vリーグはもっとする必要があると思います。そのためにも、もっとプレーオフを充実させたほうがいい。例えばヨーロッパのリーグやNBAはプレーオフが長い。トップレベルが競うプレーオフはより白熱し、ストーリーもできる。話題性があるからメディアもたくさん来て、盛んに報じられる。それは非常に大事なこと。Vリーグのプレーオフは短すぎると感じます」

 まさにその通りだ。以前のV1男子は、レギュラーラウンドの上位6チームがファイナルステージに進む方式だったが、昨季からは、レギュラーラウンドが4回戦総当りの36試合あるのに対し、ファイナルステージには上位3チームだけが進出し、昨季はわずか2日間、今季も3日間だけで優勝チームが決まる。もっとも盛り上がるはずのプレーオフがあっという間に終わってしまうのだ。集まる記者の数もレギュラーラウンドとファイナルステージではまったく違う。

「非常にもったいないと思う。プレーオフを長く行い、もっと宣伝すれば、ファンが多くなると思うし、さらに熱い試合ができるのではないでしょうか」とティリ監督は提言する。

試合中、選手たちを鼓舞するティリ監督 (c)Getty Images

 世界トップレベルの外国人選手や監督も参戦し、リーグのレベルが上がっているからこそ、その頂点を争うプレーオフを、観る側としてはもっと長く堪能したいし、バレー人気にもつなげるべきだ。金メダル監督の経験やアイデアを、コート内だけでなく、コート外でも活かして欲しい。これは日本バレーボール界にとって大きなチャンスなのだから。

文=米虫紀子

photograph by Noriko Yonemushi