今年11月に将棋界の最高タイトルの竜王を獲得した藤井聡太四冠(竜王・王位・叡王・棋聖)。19歳で優勝賞金の4400万円を得たのは、まさに「竜王ドリーム」といえる。そこで、あまり知られていない棋士の賞金・対局料ランキング、藤井の収入の推移、日本将棋連盟の財源などについて記す。【棋士の肩書は当時】

 私こと田丸九段が日本将棋連盟の出版担当理事だった1990年の頃。発行する『将棋世界』誌で、棋士の賞金・対局料ランキングを初めて公表することにした。それ以前は、棋士が対局で得た金額が表に出ることはなかった。

 1987(昭和62)年に創設された竜王戦が賞金・対局料を明示、10代のニューヒーローの羽生善治の活躍、囲碁棋士の小林光一棋聖が年間に1億円を獲得など、時代が変わりつつあった。トップ棋士の収入が増え、公表するのにふさわしい金額にもなった。前述のランキング公表は反響を呼び、一般紙の記事にも取り上げられた。

 1990(平成2)年の賞金・対局料ランキングで、1位は谷川浩司三冠の6310万円。2位は中原誠名人の6180万円。1989年に竜王を19歳で獲得して3000万円の優勝賞金を得た羽生善治竜王は、5230万円で3位に入った。※金額はいずれも推定で、10万円未満は省略。以下も同じ。タイトルを獲得した棋士が、ランキング上位に名を連ねた。

六冠となった1993年の羽生が“大台突破”

 羽生はその後、タイトルを数多く獲得し、同ランキングで1位に続けて入った。1993年には初めて1億円を突破した。1995年には竜王、名人など六冠を取得し、1億6500万円で最高額を更新した。前人未到の「七冠制覇」を達成した1996年は、前年とほぼ同額だった。なお羽生はタイトル賞金や対局料のほかに、CMやイベント出演、書籍の印税、講演などで副収入が多かった。

1993年2月、羽生−谷川の棋王戦第1局 ©BUNGEISHUNJU

 国税庁が発表した1998年の納税者ランキングによると、羽生は約7500万円(推定所得は約1億5300万円)で、「その他」部門で上位に入った。

 2020年の賞金・対局料ランキングを見てみると、1位は豊島将之竜王の1億640万円。2位は渡辺明名人の8040万円。3位は永瀬拓矢王座の4620万円。タイトルが無冠となっている羽生九段は6位の2490万円。全盛期の2割以下の金額で、これが勝負の世界の現実である。

2020年と25年前のベスト10の総額がほぼ同じ?

 なお1996年の同ランキング・ベスト10の総額は、約4億3000万円だった。2020年の同ランキング・ベスト10の総額は、25年前とほぼ同額である。棋士の収入が頭打ちになっている背景については後述する。

 藤井四冠が14歳・四段としてプロ公式戦で初対局したのは2016年12月。その後、デビューから負けなしで29連勝の新記録を達成し、8割台の勝率を挙げて勝ちまくった。しかし、四段の対局料は高くないので、2017年に得た賞金・対局料は総額で約700万円と推定される。

 藤井は2018年の賞金・対局料ランキングで、朝日杯将棋オープン戦の優勝などで2030万円(12位)を得た。2019年の同ランキングは、前年と同じ実績で2100万円(9位)。そして2020年には棋聖と王位のタイトル二冠を初めて獲得。合わせて約2000万円の賞金が加算され、同年ランキングは4550万円(4位)と倍増した。

2018年朝日杯将棋オープン、羽生−藤井聡 の対局 ©Tadashi Shirasawa

2021年の藤井四冠も“大台到達”か?

 藤井は2021年に「四冠」を取得し、竜王戦優勝賞金の4400万円を得ることになった。11月に4連勝で早く終ったので、今年中に支給されば、2021年に獲得する賞金・対局料の総額は、1億円の大台に達するかもしれない(編集註:支給時期などの文意を修正しました)。

 19歳でこれほどの高額の収入を得るというのは、ほかの世界でもあまりないと思う。

 藤井の師匠である杉本昌隆八段は「収入は倍増したけど、税金も倍増するので、しっかり貯金してほしい」と、弟子にアドバイスしたという。

藤井聡太竜王と杉本昌隆八段(2018年撮影) ©BUNGEISHUNJU

 ただ藤井は賞金に関心がなく、使う当てもないようだ。以前から質素に暮らしていて、中学時代は兄のお古の服をよく着ていた。藤井が仕事で使う必要経費は、研究で用いる高性能のパソコンと将棋ソフト、タイトル戦で着用する和服ぐらいだ。師匠が心配するまでもなく、賞金は貯蓄されることだろう。

将棋連盟の財源ってどうなっている?

 将棋連盟の主な財源について説明すると――棋士の棋譜を提供する対価として得る、新聞社・テレビ局・企業・自治体などとの棋戦契約金である。

 1960年代の頃は、現代と比べて棋戦契約金が全体に低かった。連盟の運営は厳しく、棋士はあまり豊かではなかった。そんな状況で当時の理事会は、タイトルを独占していた大山康晴名人の理解を得て賞金を減額し、棋士全体にお金が行き渡る方式にした。それが後述する「基本手当」である。

 棋士の集団である連盟は勝負の世界だが、棋士の生活を保障する「大家族」のような一面もあった。棋士の中から会長や理事が選ばれて運営しているからだ。企業の経営陣と会社員の関係とは異なる。

藤井人気によってパイが広がることが期待される

 1980年代から90年代は、竜王戦や名人戦などの棋戦契約金が着実に増額され、連盟の運営は安定していた。しかし2000年代からは、ネット化の移行による活字離れ、発行部数や広告収入の減少などによって、新聞社の経営環境が変わってきた。棋戦契約金は増額されるどころか、据え置きか減額というのが実情である。

 前述のように、1996年と2020年の賞金・対局料ランキングのベスト10の総額がほぼ同額というのは、そうした背景による。ただ近年は、藤井の活躍と人気が高まったことによって、プロ公式戦に協賛する企業が増えている。パイが広がって将棋界が活性化していくことが期待される。

©日本将棋連盟

 なおメディアは「8大タイトル」という文言をよく使うが、正しくは「8タイトル」である。そのうち棋戦契約金が突出して高い竜王戦と名人戦が「2大タイトル」といえる。

「参稼報償金」と「賞金・対局料」の二本立て

 では、竜王戦は優勝賞金を公表しているが、名人戦で優勝した棋士の賞金はどのぐらいなのか……。

 棋士が将棋連盟から支給されるのは、「参稼報償金」と「賞金・対局料」の二本立てになっている。

 前者は、順位戦の在籍クラス(名人を含む)、各タイトル戦の実績などを基準とした「基本手当」である。その年俸は12等分されて毎月支給されるので、棋士は給料とよく言ったが、実際は個人事業主なので事業収入に当たる。棋士が豊かではなかった昔の方式が、現代でも残っている。名人の賞金は、参稼報償金の中に含まれていて不明だが、高額であることは想定できる。

 そして後者は、名人戦・順位戦以外の棋戦の賞金と対局料。勝負によって各棋士の収入が違う「出来高」である。

 公益社団法人の将棋連盟は、賞金を大盤振る舞いして赤字にするわけにいかない。経済規模に沿った運営をしている。したがって棋士の収入は、全般的に高くない。ただスポーツ選手と比べると、現役期間が長いメリットがある。

 ちなみに、私は1972年に21歳で四段に昇段して棋士になり、2016年に66歳で引退した。大した実績を挙げられなかったが、45年間も現役を「細く長く」続けられた。

文=田丸昇

photograph by 日本将棋連盟