12月に「12球団合同トライアウト」が行われるのは昨年に続いて2回目だ。会場はメットライフドーム。神宮球場で行われた2020年同様、非公開で行われた。

 昨年を除いて毎年、トライアウトを見てきた。あの何とも言えない暖かな拍手を聞きたかったからだ。多くの選手にとって選手生活のピリオドとなるトライアウトに駆けつけ、惜しみなく拍手を送る人たちは、本物の野球ファンだと思う。

 しかし、今年は昨年に続いてファンの姿がない。どんなトライアウトになるのか?

 朝8時過ぎ、冷たい雨がそぼ降る中、トライアウトに参加する選手たちが三々五々、メットライフドーム受付に集まってきた。現役時代はバスでスタジアムに乗り付け、そのまま球場に入ったはずだ。用具類は用具係が別途搬入した。しかし今日は、グラブやスパイク、ユニフォームなどが入った重たい荷物を自分で引っ張って受付をしなければならない。参加選手は、まずそのことに、自らの境遇の変化を感じたのではないか。

 10時半からトライアウト本番であるシート打撃が始まるが、その10分ほど前に、真っ白なダウンコートに身を包んだ、日本ハムの新庄剛志新監督が現れた。その後ろを黒いコートの稲葉篤紀GMも続く。ビッグボスの周りにはたちまち他球団のスカウトや関係者が集まって名刺を差し出している。昨年は選手としてトライアウトに参加した新庄監督だが、今年はにこやかな笑顔を振りまいている。

2020年のトライアウトに出場した新庄 ©Hideki Sugiyama

再契約される選手は事前に決まっているという

 最初にマウンドに上がったのは広島の畝章真だった。広島の畝龍実コーチの息子だが、一軍実績はない。阪神の荒木郁也を二ゴロ、元DeNAの松尾大河に左前打を打たれ、元楽天の片山博視を遊飛に打ち取る。

 畝のトライアウトはこれで終わり。十数球、わずか数分の挑戦だ。こうした投打の対決が延々と続いていくのだ。

 もちろん安打を打たれた、三振を取ったという「勝負」の記録は残るのだが、その結果が重要なわけではない。

 例年のトライアウトにおいて、その後球団に再契約される選手は、事前にだいたい決まっているという。「体が動くかどうか」最後の念押しで、トライアウトを受けることが多いのだ。

 畝のように一軍で実績が皆無の選手は情報量が少なすぎるので、再契約は難しい。しかし畝はマウンドを降りて、ブルペンでクールダウンのキャッチボールをした後、にこやかに笑って一礼した。

5年前の新垣渚に見た「ピリオドを打つ儀式」の一面

 実はトライアウトには「選手生活にピリオドを打つ儀式」という意味合いもある。

 筆者は2016年11月12日、甲子園で行われた12球団合同トライアウトで、ソフトバンクの新垣渚が見せた晴れやかな表情が忘れられない。

 シートバッティングに登板して3人の打者を凡退に退けた新垣は、家族が見守る客席に向けて、こぼれるような笑顔を見せた。結果はどうであれ、やり切ったという満足感があふれていた。

トライアウト後の2017年、ソフトバンク球団職員となった新垣渚 ©Tadashi Shirasawa

三塁側内野席に設けられた家族席、妻と乳児

 今年はコロナ禍で非公開だが、三塁側内野席に家族席が設けられていた。そういう選手のためにも、家族席は不可欠なのである。

 朝、西武球場前駅で、乳児を胸に抱いたお母さんが改札を出るのを見かけた。

 彼女の夫もこの日、運命の1日を迎えるのだ。おそらくまだ若い夫は、野球を続けられるかどうかの瀬戸際に立たされている。祈るような気持ちでグラウンドを見ることになるのだ。

 12球団合同トライアウトは2001年に始まったが、合格率は約5〜6%という狭き門。バックネット裏には、12球団のスカウトが顔をそろえたが、彼らがこの日の選手名簿に丸印をつけることは滅多にない。

2020年のトライアウト ©Nanae Suzuki

 トライアウトには他のカテゴリーのスカウトも顔を出す。社会人や独立リーグの関係者である。プロとアマ間での敷居の高さがなくなりつつある昨今、元プロ選手が社会人野球でプレーする事例は増えている。また独立リーグ球団にとっては、NPBでプレーした選手は大きな戦力になる上に、知名度があるから注目度アップにもつながる。

 それに加えて一昨年までは、球場の周辺にはスーツ姿の男たちが集まっていた。元プロ野球選手はネットワークが広いうえに屈強で、チームワークを大事にし、リーダーシップもあるので、ビジネスマンとしても有望だとの認識がある。

 だから保険会社、警備会社、メーカーなどの人事担当者が、分厚い会社案内を携えてリクルートのために集まっていた。しかし今年は非公開のため、こういう人たちは来ていない。これまでの12球団合同トライアウトは、単純な「野球の入団テスト」ではなくて、プロ野球選手という人生を歩んできた若者たちに、様々な「未来」がプレゼンテーションされる場としても機能していたのだ。

なぜ今年は「33人」しか参加しなかったのか?

 今年のトライアウトはかなり異例な環境で開催された。

 例年60人前後の選手が参加し、昨年も57人だったが今年は33人。ソフトバンクは参加者なし。ヤクルトは1人だけ。そして33人のうち5人は昨年以前にNPB球団を退団し、独立リーグなどに所属する「元選手」だ。今年のNPB経験者は実質28人だった。

 なぜこんなに少ないのか?

 それは、NPBの現時点でのロースターにかなり空きがあることが大きい。

 支配下選手の定員は70人だが、まだ各球団は60人前後しか埋まっていない。今年のドラフトで数人が入団するとしてもまだ空きがある。また今季はFA移籍の可能性があるのも中日の又吉克樹だけ。今年のストーブは冬早々に冷え込んでいるのだ。

 今季、戦力外通告を受けた選手の中でも、内々に入団交渉をしているような選手はトライアウトへの出場を見送ったのではないか。楽天の牧田和久、ソフトバンクの釜元豪、広島の今村猛などがそうだろう。

注目を集めたのは巨人の山下航汰だった

 選手数が少ないため、例年、1−1のカウントから始まる対戦が0−0からになっていた。

 その中で注目を集めたのは巨人の山下航汰。巨人の育成枠での再契約を蹴ってトライアウトに挑んでいる。「099」という大きな背番号をつけていたが、スイングが速く動作もきびきびしている。結果としては6打数1安打だったが、目立っていた。

巨人・山下の打席を新庄監督も見つめていた ©Sankei Shimbun

 ベテランのスカウトに話を聞くと、こういうテストの際には投打のプレーだけでなく、選手の動作や表情にも注目しているという。ふてくされたり意気消沈したりする選手は、評価はおのずと高まらない。グラウンドにいる間中、はつらつとしている選手に注目している。

 今年開催された独立リーグのトライアウトでは、あるNPB出身の指導者が筆者にこのように語っていた。

「トライアウトが終わったら、とたんに気が抜けてだらだら歩くような選手は見込みがない」

 NPBのスカウトも同じような価値観を持っているのだと思う。

 投手ではオリックスの神戸文也が打者の内角を突くストレートを投げ込んでいた。投げっぷりがいい印象。ロッテの左腕、永野将司も伸びのある速球を投げていた。

山川穂高が見つめた元最多勝投手・多和田の投球

 昼前に、真っ白のトレーナーを着た大男が姿を現した。西武の主砲・山川穂高だ。大学の2年後輩で、今季戦力外を通告された多和田真三郎を見に来たのだ。多和田の家族と共に「家族席」に座った山川も黙ってグラウンドを見つめていた。

 多和田は自律神経失調症で投げられなくなっていたのだが、最初の打者に四球を与えたものの、続く2人を打ち取った。球速は最速146km/hだった。

自身にとっての本拠地メットライフドームで登板した多和田 ©Kyodo News

 13時30分、すべての選手のテストが終わった。新庄監督は最後まで熱心に見届けて球場を後にした。今年は囲み取材も何もない。

 足元から寒気が這い上がってくるような天候で、十分に腕を振ったり、バットを振ったりするのは大変だったと思う。怪我をしないように、そしてベストのプレーができるように、と祈りたい気分になった。

 相変わらず冷たい雨が降る中、今年の12球団合同トライアウトは静かに終わった。33人の人生の「第2章」に幸あれと祈らずにはいられない。

文=広尾晃

photograph by JIJI PRESS