シーズン中、京セラドーム大阪でのオリックス戦の取材を終え、最寄り駅の一つ、ドーム前千代崎駅のホームで電車を待っているといつも、バットを掲げる吉田正尚と目が合った。

 大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線・ドーム前千代崎駅のホーム柵や、駅から球場への導線には、オリックスの選手たちの写真装飾が施されている。中央は吉田正尚で、その脇を山本由伸、山岡泰輔らが固める。実績あるT―岡田や安達了一、今季阪神から加入した能見篤史など、12人の選手が並んでいた。

 夏場のある時ふと違和感を覚えた。

「ラオウがいない」

 今年は4番に座り、3番・吉田正とともに打線の柱となっていた“ラオウ”こと杉本裕太郎が、その12人の中にはいなかったのだ。

 そうした大規模な装飾は開幕前に制作されるため、当然といえば当然だった。

ラオウの活躍は「嬉しい誤算」

 杉本は入団後の4年間、一軍出場がわずか35試合だった。5年目だった昨年は、二軍監督だった中嶋聡監督が8月に一軍監督代行に就任したのと同時に、杉本も一軍に昇格し41試合に出場したが、打率.268 、本塁打2本と、チームの顔になるほどのインパクトは残せていなかった。

 その選手が、今年は4番に座って本塁打を量産し、オリックスを優勝へと牽引した。杉本の人生がこの1年でどれほど激変したかを、その写真装飾が物語っていた。

 制作を担当した事業企画部の後藤俊一部長は、恐縮しながらこう話す。

「シーズン前にあのイメージを作る段階では、(杉本は)候補として出てこなかったんです。非常に申し訳ないんですけれども、嬉しい誤算と言えば、嬉しい誤算ですね」

 他にも宮城大弥や宗佑磨、紅林弘太郎といった選手たちも、その写真装飾の中にはいないのだが、若手選手が周囲の予想を超える飛躍を果たすことはよくあること。過去5年間ほとんど二軍生活だったプロ6年目の30歳が、それをやってのけたからこそ、誰にも増して爽快で、夢がある。

 特に終盤戦は、吉田正が怪我で離脱しチームが沈みかける中、杉本が頼もしい勝負強さを発揮した。

 左太腿裏の怪我から復帰したばかりの吉田正が、10月2日に死球を受け、右尺骨を骨折し再び離脱した際には、「とても連勝しているチームの雰囲気じゃなくなった」(杉本)。

 中嶋監督も「正直、心が折れかけた」と振り返った。

 だがその翌日の第1打席で、杉本はソフトバンク千賀滉大のストレートをスタンドに叩き込む。指揮官は「非常に勇気をもらった1点だった」と愛弟子に感謝した。

 意気消沈していた水本勝己ヘッドコーチに、「ヘッドから元気を取ったら、何もなくなりますよ」と言って笑わせたり、「明るくいこうや!」と声をかけてベンチの空気を変えたのも杉本だった。

 本塁打王争いのトップに立っても、「それはあんまり意識せず。周りはスーパーバッターなんで、そういう人たちと競えることを楽しんでやります」と、最後まで謙虚さを貫いた。

年俸は5倍、昨年までは「電話を気にしていた」

 チームは25年ぶりのリーグ優勝を果たし、杉本は本塁打王に輝いた。シーズン後にはベストナインにも選出された。

 12月16日に行われた契約更改では、前年の5倍の金額を提示され、「ラオウがいなかったら、優勝できていなかった」と、最上の言葉をもらった。その場で杉本はこう伝えたという。

「僕は今年30歳なんですけど、ドラフト10位で社会人から入って、5年間なかなか一軍で結果を出せずにいた選手を、それでも契約し続けてくれた球団にはすごく感謝しています」

契約更改を終えて、充実の表情でポーズをとる杉本 (c)Noriko Yonemushi

 昨年まで、秋は杉本にとって恐怖の季節だった。

「戦力外通告の時期になると、今まではずっと(球団からの)電話を気にしてました。何年か前に、戦力外のタイミングで非通知の電話がかかってきた時は、すごいびっくりしました(苦笑)」

 杉本の一軍デビューは、1年目の2016年6月14日の阪神戦。3打数無安打2三振だった。

 翌日、杉本はもうファームにいた。大きな背中を小さくすぼめて神戸サブ球場に現れた。2年目は、昇格後の初打席で本塁打を放ったが、翌日無安打に終わると、その次の日に登録抹消。3年目は昇格後いきなり2試合続けて満塁本塁打を放ったが、それでも安打が出なくなるとすぐ落とされた。そんな調子で4年が過ぎた。

「打ったのに」という不満を胸にしまい、杉本は「なぜ落とされるのか」に向き合った。

プロデビュー戦の阪神で三振を喫する杉本(c)Sankei Shimbun

「自分は荒削りなバッターで、三振とか粗い打撃が多かった。自分が監督の立場になったとしても、そういう選手は使いづらい。そう考えた時に、やっぱり確実性をどうにかしないと、僕はプロでは通用しないと思ったので、飛ばすことより、どうやったら率が残るのかを考えながら、ここ数年はやっていました」

 確実性を高めるために、二軍のコーチングスタッフのもと、逆方向へ強い打球を打つ意識で打撃練習に取り組んだ。

「今年、本塁打王になれた要因は?」と聞かれるたび、杉本は「ホームランを狙わなくなったこと」「振り過ぎないこと」と答える。

「振り過ぎると僕はコンタクト率が下がっちゃうんで。ずっと確実性が課題だったので、まずはミートすることを心がけて。ホームランばっかり狙うんじゃなく、軽打するとか、そういうことをしていくうちに、いろんなバッティングができるようになった。振らなくなったのがいちばんの要因だと思います」

 中嶋監督には二軍時代から、「そんなに振り過ぎなくても、お前のパワーがあれば、ちゃんと当てさえすれば飛ぶんだから」と言い聞かされてきた。

中嶋監督「外で打たさんからな」

 今年のシーズン中、中嶋監督は杉本の異変を察知すると、「外で打たさんからな」と言った。試合前のフリー打撃を、グラウンドではなく、室内練習場でやれということ。それが「大振りになっているぞ」という合図だった。

 広いグラウンドで打撃練習を行うと、杉本はつい遠くへ飛ばそうと大振りになってしまうからだ。

「それに、外だと打球の飛んだ先を見ようとし過ぎて、顔が先に行ってしまう癖があるんです。でも室内なら狭いから、そうならない」と杉本は言う。

 シーズン終盤になると、監督に言われる前に大振りになっていることに気づき、「室内でお願いします」と自分から申し出るようになった。

(c)Nanae Suzuki

 以前は調子の波が激しかった杉本が、今季はそうして大きな不調に陥る前にその都度修正し、本塁打と確実性を両立。32本で本塁打王を獲得し、打率もリーグ3位の.301だった。

 小学1年生で野球を始めた時から、杉本はホームランの虜だった。

「ホームランを打つのが楽しくて野球を続けているようなものでした。ホームランを打つ気持ちよさとか、楽しさがなかったら、たぶんここまで野球を続けていなかったと思います」

 子供の頃は、ホームランを打つと、両親がご褒美に当時流行っていた遊戯王のカードを買ってくれた。それも楽しみだった。

 きっと全国に山ほどいたであろうそんな野球少年が、30歳で夢をかなえた。

「ホームラン王は、夢見ていたタイトル。まさか獲れるとは思ってなかった。すごくびっくりしています」

 オフシーズンも、チームの顔としてテレビやイベントに出演し活躍する杉本の姿を見て、事業企画部の後藤は嬉しそうに言う。

「杉本選手は昔から、我々がお願いする撮影や取材にもものすごく協力的で、こちらの意図をすぐに理解してくれて、サービス精神も旺盛で非常にありがたい存在です。人懐っこいキャラクターはずっと変わらない。今年、タイトルを獲って、メディアにも注目されて……我々もすごく嬉しいですね。

 “ラオウ”のこともずっと言い続けてきて、今年、本家とコラボレーションもさせていただけた。やっぱり言い続けることは大事なんだなと思いました」

 入団当初から、杉本は人気漫画「北斗の拳」の登場人物「ラオウ」を敬愛していると公言し、チーム内では「ラオウ」と呼ばれていたが、今年の活躍でその愛称も浸透した。ついに本家の「北斗の拳」とコラボしたグッズも発売された。

 本塁打を打った際にベンチ前で右腕を掲げる儀式“昇天ポーズ”も広く認知されるようになった。CS第2戦で本塁打を放った時には、京セラドームの5階席のファンまで身を乗り出して、ベンチに帰ってきた杉本に注目し、タイミングを合わせて一緒に“昇天ポーズ”を決めた。

 杉本は「最初は自分1人しかやってなかったのに、みんながやってくれるようになって、めっちゃ嬉しいです」と感慨深げに話した。

後藤さんの悩み「活躍した選手がたくさんいる」

 才能豊かな若手の台頭はもちろんチームにとって大きな光明だが、二軍でくすぶっていた30歳のブレイクに、自分を重ねて見ているファンも多いのではないか。

 課題に向き合い諦めずに努力し続けたこと、そして「こいつをなんとかしてやりたい」と周囲に思わせる人柄が、30歳での開花に導いた。

(c)Nanae Suzuki

 今、後藤は嬉しい悩みの真っ只中だ。来年の装飾物や広告などに、どの選手をチームの顔として起用するか。

「2022年の装飾は顔ぶれがガラッと変わると思います。今年活躍した選手が他にもたくさんいますので、そういった選手に入っていただいて、目立つところに登場して欲しいなと思っています。

 ただ、選ぶのは大変です(苦笑)。1人でも多くの選手を出せるようにしたいんですが、見せ方として、あまり多すぎると1人1人が小さくなってしまうので」

 来年はどんな選手たちが駅で出迎えてくれるのか。ラオウはどんな立ち位置を勝ち取っているのか。3月29日のホーム開幕戦が今から楽しみだ。

文=米虫紀子

photograph by Naoya Sanuki