現在マンチェスター・ユナイテッドの暫定監督を務めるラルフ・ラングニックは、日本と少なからぬ縁がある指揮官だ。
2011年3月にシャルケの監督に就任したときには、チームに内田篤人がいた。
ラングニックは国内で不調に陥っていたチームを立て直し、CL準々決勝でインテルに競り勝ち、シャルケ史上初のCLベスト4を成し遂げた。その後、ラングニックがバーンアウト症候群に陥ってわずか半年で退任となったが、内田にとっても濃密な時間だったに違いない。
また2015年1月、レッドブル・ザルツブルクのスポーツダイレクター時代には、南野拓実をセレッソ大阪から獲得した。
半年後、ラングニックは“姉妹クラブ”のRBライプツィヒに専念してザルツブルクから離れたが、のちに南野がリバプールへ旅立ち、「教授」の目利きが再び証明された。

ユナイテッドで3試合の指揮を執ったラングニックがドイツに一時帰国した際、日本人選手や現代フットボールについて話を聞いた。
タクミについて、実はライプツィヒへの補強も考えていた
――あなたはザルツブルクのスポーツダイレクター時代、南野拓実を獲得しましたね。当時彼をどう評価し、そして今どう見ていますか?
「タクミとのことを振り返ることができて嬉しいよ。Jリーグにいるときからずっと追っていたからね。タクミはザルツブルク時代、学ぶ意欲に溢れ、常に向上しようとしていた。一緒に働きたいと思わせる選手だ。彼は母国から遠く離れた異国でも自分の力を発揮し、物事をやり通す力があることを証明した。

実はタクミがザルツブルクで非常に良いプレーをしていたので、ライプツィヒへの補強も考えたんだ。私が2015年夏にザルツブルクを離れてライプツィヒのスポーツダイレクターに専念するようになってから、タクミの名前は常に獲得候補のリストにあがっていた。プレースタイルのうえでも非常にマッチするからね。
今、リバプール内で出番が少ないのは残念だが、フィルミーノ、サディオ・マネ、モハメド・サラー、ディオゴ・ジョタらとポジションを争うのは誰でも簡単ではないだろう。
それでも試合に出たときには、テクニックを生かして、何か新しい風をピッチに吹き込んでやろうという気持ちが伝わってくる。
ユルゲン・クロップ監督と話したところ、タクミの態度やトレーニングの取り組みにとても満足していると言っていたよ。そして愛想の良い人柄も評価していた」

アツトも同じように常に学ぼうとし……
――あなたはシャルケの監督時代、2011年3月から9月まで、内田篤人を指導しましたね。
「アツトも同じように常に学ぼうとし、規律があり、何事にも真面目な選手だった。すごく気配りができる選手で、かつ賢い選手だった。練習の数分前に説明したようなことでも、何の問題もなくそれをトレーニングの中で実行してくれた。人の話を聞く力に優れ、常に指示を正しく理解していたよ」

――今、内田はU-22日本代表のロールモデルコーチをしています。指導者の先輩としてアドバイスするとしたら?
「指導者として成功することを祈っていると伝えたい。アツトが指導者として成功するための資質を持っていると、私は確信しているよ。ドイツ時代にも多くのことを学んだはずだ。彼の血の中にサッカーが流れており、ブレずに進んで行けるだろう。
アツトの特徴は、細心の準備をし、偶然に頼らないことだ。まずはコーチとして忍耐強く学び、監督になるための十分な準備をして欲しい。
そして将来は外国でも監督をできるはずだ」
プレミアとブンデスの違いをどう見ている?
――プレミアリーグとブンデスリーガの違いをどう見ていますか?
「数年前までブンデスリーガは、プレミアリーグより監督の人材で優れ、拮抗できていたと思う。しかし2015年にクロップがリバプールの監督になり、今年トーマス・トゥヘルがチェルシーの監督になり、ドイツからイングランドへの監督の流出が続いている。ブンデスリーガのアドバンテージが減り、多くの面で拮抗できなくなりつつある。イングランドでは移籍金が3000万ユーロかかっても、『移籍金ゼロ』のような感じで語られているからね。
クロップの功績は、選手の成長を見ればわかるだろう。たとえばジョーダン・ヘンダーソンやジェイムズ・ミルナーは大きく飛躍した。トゥヘルは波が大きかったチームを勝負強いチームにし、CL優勝をもたらした。

一方、ブンデスリーガは優れた監督を失い、試合のスピードが落ちたように思う。私はドイツサッカーの質の低下に警鐘を鳴らしたい。
一時期、ドイツのクラブと代表は、私が言うところの『無秩序なサッカー』をおざなりにし、あまりにもポゼッションサッカーに傾倒しすぎた(訳者注:ラングニックは『コントロールされたカオス』という用語が象徴するように、ミスを許容してあえて混沌状態を作り、それを制するサッカーを志向している)。
ようやくドイツでもそれが修正され、別の道が選ばれ始めたことについては評価したい。それでも近い将来、ドイツサッカーは間違いなく危機に直面するだろう」
オフサイドルール変更について、どう思う?
――来夏、オフサイドのルールが変更されます。これまではオフサイドラインより攻撃者の体の一部が少しでも出ていたらオフサイドでしたが、改正後は体の一部がオフサイドラインに残っていたらオフサイドになりません。戦術のエキスパートとして、どう見ていますか?
「私はVAR導入のときもそうだったが、新ルール導入や変更に常に賛成してきた。今回のオフサイドルール変更も賛成だ。
この新ルールにより、サッカーのゲームはまったく新しいものになるだろう。攻撃者が前に出ていてもかかとがオフサイドラインにかかっていたら、もはやオフサイドでないのだから。革命的な変更と言っていい。
この変更のアイデアは、FIFAのグローバル・フットボール・ディベロップメント部門責任者、アーセン・ベンゲルによるものだ。
私は個人的に付き合いがあり、彼がアーセナルの監督だったときに何度も練習場を訪れた。チームマネジメント、采配、哲学について、いろいろなインスピレーションをもらったよ。
2020年夏のFIFAの調査によると、VARによってオフサイドの判定で取り消されたゴールのうち50%が、新ルールではオフサイドにならない。いったいどんな戦術が生まれ、それにより何が起こるのか? わくわくしているよ」
これをいち早く実践したのがベンゲルだ

――あなたが実践するサッカーは、ベンゲルの「ワンタッチフットボール」からインスパイアされた部分もあるわけですね。
「どんなに足が速い選手よりも、ボールの方がピッチ上を速く移動できる。これをいち早く実践したのがベンゲルだ。ワンタッチでボールを走らせれば、試合のテンポを上げられる。そのためには技術に優れ、訓練を受けた選手が必要だ。
テクニックに長けた選手は、ボールを長く触りたがる傾向がある。彼らに素早くボールを離すように求めることも、私の仕事の1つだ」
――現代サッカーの潮流として、プレースタイルはますます速く、攻撃的になって行くんでしょうか?
「もちろんだ。選手のアスリートとしての能力、技術、戦術が発展し、試合はどんどん速くなって行くだろう。しかし、だからと言ってプレースタイルが攻撃的になるとは限らない。プレースピードが上がると、その分ミスが増えるからだ。
多くのチームが高速カウンター狙いのスタイルを採用し、サッカーがより守備的になって行くかもしれない」<前編から続く>
文=アレクシス・メヌーゲ
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