2021年、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト3を発表します。結婚部門の第2位は、こちら!(初公開日 2021年11月20日/肩書などはすべて当時)。

 同時刻に、2人揃ってそれぞれがインスタグラムに綴った短い文面と、3つの指輪が重なる写真から、幸せがにじみ出ていた。

『人として、アスリートとして尊敬する彼とともに明るく笑顔の溢れる家庭を築いていけるよう精進してまいります』(Instagramより抜粋)

 最後に添えた“藤井美弥”の文字も、何とも初々しい。

 男子バレー日本代表で東京五輪に出場、今季は東レアローズで主将を務める藤井直伸と、女子バレー日本代表として2019年のワールドカップに出場、東京五輪を目指すも今年5月に引退を表明した佐藤美弥さんが9月26日に結婚を発表した。

 31歳と29歳、美弥さんが2歳上で共にポジションはセッター。同志でもあった2人の新生活がスタートして、間もなく2カ月。引退して初めて外から見る新たなシーズンを迎えた美弥さんは、夫が出場する試合は「自分の試合よりも緊張する」と笑う。

「藤井さんの試合を見るのは楽しいけど、でもそれ以上にドキドキするし、手汗が止まらないんです(笑)」

“みーちゃん”と“なーくん”どこに惹かれた?

 互いに“みーちゃん”と“なーくん”と呼び合う2人の出会いは19年。当初から競技の話や、セッターとしてそれぞれが抱える悩みや迷いを打ち明けいくうちに、ごく自然に距離が縮まり、ワールドカップが終わった11月から交際がスタートした。

「セッターって、弱いところを見せたくないし、他のポジションとは少し違う。周りからは理解しがたい孤独なポジションでもあるんです。(夫のことを)最初はコートでプレーする姿しか見たことがなかったので、いつもワーワー騒ぎながら楽しそうにバレーをする、自分に自信がある人だと思っていました。でも、年齢的にも上のほうになって、やらなければいけないことがあるのにうまくいかないと悩んでいる姿や、真面目に一生懸命努力する姿が、人間味に溢れた人だな、と。自分と似ているけれど、表面的には明るい彼と正反対のところもある。そういうところに惹かれました」

 負けた時の悔しさや、勝利の喜び。いい時、悪い時も、セッターとしての難しさや楽しさも分かち合えるパートナーで、何でも話せる存在。まさに理想的な関係に思えるが、目指す場所が同じであるがゆえ、2人に生じた決定的な“違い”を、ある時期の美弥さんはなかなか受け入れることができずに苦しんだ。

「彼はオリンピックに出た。でも、私は出られなかった。そこが決定的に違うんです。だからめちゃくちゃ嫉妬したし、一番応援したい人で、応援しているつもりだけど、応援できない。今振り返れば、ずいぶんひどいことも言いました」

 自身はアキレス腱と腰の痛みを抱え、思うように動けず「バレーボールがしたい」という気持ちも湧いてこない。どうせオリンピックには出られないのに、なぜ頑張らなければならないのか。日ごとに増す心の痛みのはけ口になったのが藤井だった。

「オリンピックに向けたメンバー選考を兼ねた合宿が始まって、少なからず彼も緊張したり、プレッシャーを抱えていた。自分だって同じように、日本代表で戦う重圧に苦しんで、全部わかっていたはずなのに、寄り添うどころか『そこでやれるんだからいいじゃん。うまくいかなくてもクヨクヨしないでやればいいでしょ』としか思えない時期もありました」

 誰にも言えない葛藤を藤井に打ち明けながら、少しずつ現実と向き合う日々。前進したかと思えば落ち込み、五輪への未練を断ち切るのは容易ではなかったが、どれだけひどいことを言っても、受け止めてくれる藤井の存在は常に大きく、支えでもあった。

 だからある日、自然に思えた。もうできることはやった。私は頑張ったんだ、と現役引退を決めた。

オリンピックへの思いもありながら、現役引退を決めた佐藤美弥。寄り添ってくれた夫の存在が大きかった (c)Naoki Nishimura/AFLO SPORT

 そして引退を決意した21年4月、思わぬサプライズが待っていた。

4月1日のサプライズプロポーズ

 現役最後の大会となる5月の「黒鷲旗」に向け、美弥さんは所属した日立リヴァーレで練習を再開した。腰の痛みを抑えるための注射をしながら、「最後の試合で今の自分を出しきろう」と前向きにバレーボールと向き合っていたのと同じ時期、五輪へ向けた最終合宿を控えた藤井も休日を利用し、美弥さんのもとへ向かった。練習を終えると、LINEのメッセージが入っていた。

「帰りにヨーグルト買ってきて」

 自宅へ着くとリビングのドアの前に手紙が置かれていた。

「結婚して下さい。覚悟が決まったら、部屋に入ってきて」

 ドアを開けると、部屋中に装飾されたバルーンが並ぶ中に、藤井がいた。改めて向き合い、プロポーズの言葉を綴った手紙を読む。一言一言を噛みしめるように聞き、感極まりながらも、あることに気づいた。

 今日は4月1日、エイプリルフールだ、と。

「これ、嘘じゃないよね?」

 涙を拭いながら聞くと、同じように赤くなった目を拭きながら藤井が答えた。

「めちゃくちゃ緊張していて、今日がエイプリールフールだって忘れてた」

 藤井はプロポーズの時に婚約指輪を手渡そうと密かに宝石店を巡り、これ、と定めて見積もりを出し、あとは購入するのみ、と準備は万端だった。だが、サプライズプロポーズを彩ったのは、本物ではなく部屋を装飾したバルーンの指輪。その理由を、美弥さんが明かす。

「もったいないから婚約指輪なんていいよ、と言っていたんです。でも、もし本当につくってくれるなら、お父さんが昔、お母さんに渡した婚約指輪のダイヤをつけてほしい、って。じゃあそうしよう、と応えてくれて、後になってから一緒に指輪をつくりに行った。私も、家族も、きっとお母さんも。本当に、本当に嬉しかったです」

 結婚報告のインスタグラムに添えた3つの指輪が並ぶ写真には、二人の結婚指輪に挟まれて、亡くなった母の形見のダイヤモンドをあしらった婚約指輪が美しく光り輝いていた。

(本人提供)

 正式に結婚の約束を交わした後、7月に東京五輪が開幕した。

 藤井へ向け「素直に応援できない」と辛らつな言葉を投げつけたこともあるように、最初は「男子だけでなく、女子の試合を冷静に見られるか怖かった」という東京五輪も、始まれば自然に受け入れ、楽しんだ。

「女子の試合を見ていても最初は悔しかったし、私もここにいたかった、という思いは消えませんでした。でも苦しい戦いが続く中で世間の声もどんどん厳しくなる。それはそれで腹立たしいし、何で頑張っている事実を認めようとしないんだ、と悔しくて。だから気づいたら男子も女子も、頑張れ、頑張れ、しかなかったですね。

 藤井さんはオリンピックが始まる前の日にも『緊張してヤバイ。今までこんなに緊張したことがない』って言うから、そうだよな、それぐらいの舞台だよね、と思いながらも、そんなに緊張するということは明日スタメンなのかな? とこっちもドキドキして。いざ試合が始まったら、あースタメンじゃなかった、と思ったり(笑)。普通に、ただただ応援していました」

東京五輪ではベスト8進出に貢献した藤井直伸。9月のアジア選手権では正セッターを務めた (c)YUTAKA/AFLO SPORT

忙しい毎日、新婚生活は満喫できていない?

 五輪を終えて間もない8月9日に入籍し、引っ越しも済ませた。藤井は10月15日に開幕したVリーグで10試合を終え、7勝3敗で3位と好調をキープ。美弥さんも、平日は新たな職場でフルタイムで働き、土日はVリーグの解説や古巣の日立リヴァーレのホームゲームに足を運ぶなど忙しい日々を過ごしている。新婚生活をゆっくり満喫する時間はない。

 とはいえ、18時過ぎに帰宅してから、練習を終えて帰ってくる夫の健康を考え、栄養バランスを意識した食事をつくり、一緒に食べる。朝早く出かける自分の代わりに洗濯やゴミ捨ても率先して引き受け、買い物へ行けば「納豆買った?」と確認する夫との何気ない時間が幸せだ、と嬉しそうに笑う。

「“アスリートの妻”って、家のことを全部やって、ご飯をつくって家で待つ。ずっとそういうイメージだったし、できるならそうしたいと思ったこともあったんです。できる限り彼が長く現役選手であり続けられるように、食事に気を遣って、もちろんできることはやっていくけれど、アスリートを引退したら支えるのは終わり、ではないですよね。アスリートの奥さんだからアスリートを支えるのが仕事ではなく、結婚した大事な家族として、お互いがそれぞれやることをしながら、支え合っていくのが私たちには一番いいと思ったんです」

 苗字が変わり、生活も変わる。少しずつ慣れてきた穏やかな暮らしの中で、最近また新たな変化も生じた。

「私、めちゃくちゃバレーが好きだな、って改めて気づきました。どんな形になるかはまだ全然わからないですけど、いつかまた、バレーにも携わりたいし、そのために今の自分の時間で可能な限り、バレーに関わり続けたい。引退して、すぐ結婚したから『結婚するためにバレーを辞めた』と思われる方もいると思うんですけど、それは違いますね。やりきった、と思ったから辞めたし、バレーから逃げたわけじゃない。(相手が)彼じゃなかったら、きっと今も結婚せずにバレーのそばにいたと思います」

 愚問と理解しつつ、あえて聞いてみた。それほど愛するバレーボールより、彼を選んだ理由は?

「最初に会った時、何を話したかは全然覚えていないけど、ひたすら楽しかったんです。だから、この人と一生一緒にいられたら楽しいだろうな、と思ったし、実際楽しい。でも、今まで(Vリーグの)オールスター人気投票(中間発表)ではいつもセッターで1位だったのが3位になっちゃって。ファンの方々と一緒に、私も応援しなきゃだし、変わらず藤井さんを応援していただけると嬉しいです」

(本人提供)

 元アスリート、現アスリートの妻。いずれも、幸せな人生であるのは聞くまでもない。笑顔が、すべてを物語っている。

文=田中夕子

photograph by Naonobu&Miya Fujii