「伊東くんすごい。戦術・伊東だ!」
「三笘くんが早く見たい」
「山根選手いいですね。早く海外に行った方がいいかも」
「セットプレーの工夫が、もっとあれば……」
11月に行われたサッカーの22年カタールW杯アジア最終予選。森保一監督率いる日本代表は、それまでの4試合で2敗を喫するなど絶対に負けが許されない状況に追い込まれていたが、辛くもベトナム、オマーンに2連勝し、自力でのW杯出場に向け望みをつないだ。
今回のアジア最終予選では、アウェイ戦の民放地上波放送はなく、11月の初戦となったベトナム戦は、スポーツ動画配信サービス「DAZN」のみで中継が行われた。冒頭の言葉はすべて、その試合をゲスト解説した元日本代表MF松井大輔(40歳)のもの。そんな松井の発言は「スカッとした」「最高に面白い」「自由すぎる」などとネット上で大きな反響を呼んだ。
ベトナムに対し、日本は終始押し気味に展開するも、決定力を欠き、得点は好調の伊東純也が前半17分に挙げた1点のみに終わった。日本にとっては、じれったい戦いとなっただけに、松井のストレートな発言がファンの心に響いたのだろう。では、当の本人はいったいどんな思いで中継に臨んでいたのか。初の日本代表戦の解説で思わぬ話題を呼ぶことになった、松井を直撃した。
「憲剛くんと2人ともマジメだったらつまらない」
――DAZNで解説したべトナム戦の発言がネットを賑わせていましたね。

「今回はネットでの中継でしたし、地上波での放送とは違うじゃないですか。隣にアナウンサーと(中村)憲剛くんがいて、スタジオもこぢんまりしていたので悪い意味ではなく少し緩い雰囲気もあったし。だから僕的には話しやすかったし、堅くなる必要もないかなって……。それに僕は役割を全うしただけというか、自分の言いたいことを言っただけで、別に面白くしようと思っていたわけではないんです。普段から解説している憲剛くんもいたし、2人とも真面目だったらつまらないと思って。番組に呼ばれた以上は自分の役割も考えましたし、バランスを見ながらやれたらという感じだったんです」
松井が「早く見たい」と待望した三笘薫は結局、このベトナム戦には出場しなかった。だが5日後のオマーン戦で途中出場し、終盤に見事な突破から決勝点をアシストする。
「発言に深い意味なんてないですよ。自分的に三笘くんが入ってプレーするところを見たかったし、視聴している方もそうかなと思って言っただけで。右で伊東くんが頑張っていましたけど、左にもドリブラーがいてくれたら面白くなるだろうと思ったし。以前なら左は佑都(長友)の上がりも多かったけど、中盤のドリブル突破がないとなかなかチャンスはできないですから。
オマーン戦で三笘くんはボールを持ったら積極的にドリブルで仕掛けていましたよね。メッシとかロナウドもそうですが、アタッキングゾーンで個人で突破できる選手というのはチームにとってすごくありがたい。それにチームで試合に出て点を取っている選手は、代表に来ても調子よかったりしますからね」
「岡野(雅行)さんを見てもそうだったし」
スピードのある選手はクロスがうまくない――。一般的に解説者は無難な発言を繰り返し、そつなくこなす人が多いだけに松井の素直で正直な指摘は新鮮に感じられた。

「だって、もうみんなわかっているじゃないですか。岡野(雅行)さんを見てもそうだったし。足の速い選手はスピードに乗り過ぎると、うまく緩急が付けられずにボールがどこにあるかわからなくなっちゃうことがある」
もちろん、松井はスピードのある選手を否定しているわけではなく、そうした選手には彼らにしかない武器があり、それを生かすにはチーム全体でスペースを生み出すなどの工夫が必要だと説いているのである。
「彼は日本がすごい嫌いなんです」発言の真意
松井は今夏までベトナムリーグのサイゴンFCでプレーしていた。ベトナム代表の韓国人、パク・ハンソ監督の話題になったときは、彼がベトナムサッカーに大きく貢献し、現地で銅像が建つのではという話があることを紹介しながら、「ただ、彼は日本がすごい嫌いなんです」とストレートに言っている。
「だって、それってベトナムでは有名な話ですから。公の場でもパク・ハンソ監督は『日本が嫌いで、日本の製品なんて買わない』って言ったと聞いたことがありますし。サイゴンFC時代の僕のチームメートもベトナム代表に呼ばれたときに、サイゴンFCのオーナーが日本に住んでいたことのある方で“日本化”を進めるということになったら、『オマエはもう使わない』と言われたらしいですから。
確かに、その話題に触れたときは一瞬スタジオがザワつきましたし、ツイッターの反応もすごかったみたいですね。でも、嘘は言ってないし、真実ですからとはっきり言いました。だって、元々僕は韓国は嫌いじゃないし、(京都パープルサンガでチームメートだった元韓国代表の)パク・チソンとだって仲がいいですから」

「(スタメンは)変わらないでしょ」発言の真意
ベトナム戦中継終了後には、中村憲剛とともに同じくDAZNで裏解説を担当していた岩政大樹、内田篤人らと共演する姿も見られた。元日本代表の3人がダークスーツだったのに対し、松井は白のインナーに明るい茶色のセットアップをまとい、ファッションでも独特の存在感を発揮していた。
そして、戦術ボードを使っての軽快なトークが続くなか次の試合のメンバーに話が及ぶと、松井は「(スタメンは)変わらないと思うよ。変わらないでしょ」とつぶやき、またしてもサッカーファンの心を揺さぶった。
「服は、(共演者と)かぶると嫌じゃないですか。だいたい、みんな黒とか紺を着るので、違う色の方がいいかなって。それでいまダボッとしたセットアップが流行っているから、緩めでいったわけです(笑)。
『変わらないでしょ』と言ったのは、そこだけが切り取られて変に一人歩きしちゃったみたいですが、ベトナム戦に勝ったので次も(スタメンは)変わらないと思うと言っただけ。だって、試合に勝てば同じメンバーで行くのはセオリーだし、監督も変えるには勇気がいるでしょうからね」
「“序列”と言われたら、選手としては『えっ!』ってなります」
「変わらないでしょ」の発言は、一部ネットでメンバーを固定し続ける森保監督の堅い采配に向けられたものではないかとの憶測も広がったが、松井はそれを否定する。ただ、最終予選を戦うなか、日本代表に明らかな選手の序列が存在するなら、選手の立場としては厳しいのではないか、と続けた。

「“序列”とはっきり言われたら、選手としては『えっ!』ってなりますよね。僕がジーコのときに初めて代表に入ったときもそうでしたが、選手だって言われなくても順番があるのはわかります。けど、嘘でも表面上は、みんな横一線と言われた方がモチベーションは上がりますよね。だから、言葉選びってすごく難しいなって思います。僕の『変わらないでしょ』を含めてね(笑)」
SNSでの発信1つで、言葉尻をとらえられて誤解を生んだり、批判の標的にされてしまう世の中だ。そんなご時世で解説を務め、自分の一言が想像を遥かに超えて広がってしまうのだから恐怖を感じたとしても不思議ではないように思うが、松井は「それはまったくなかった」と笑顔を見せた。

選手同様、解説者にも個性や色が出れば、サッカー観戦はもっと楽しくなるだろう。現在の松井の本職は、フットサルFリーグのY.S.C.C.横浜の選手である。だが、今後も解説の機会があればぜひ松井流を貫いて盛り上げてほしいものだ。
「はい。変わらずに。また、(解説のオファーが)あればですけどね(笑)」
<#2に続く>
文=栗原正夫
photograph by Tomosuke Imai