女子プロレス「スターダム」で注目される2人の選手のインタビューをお送りします。(鹿島沙希編はこちら)

「小さいときはめっちゃ運動嫌いだったんです。でも、なぜかプロレスは楽しいですね(笑)」

 琉悪夏(るあか)はスターダムの悪の軍団・大江戸隊に所属する大型ファイターだ。年齢は17歳ながら、もうキャリアは5年になる。

「小学5年生の終わりからプロレスラーになっちゃったんで、中学で部活はやっていない。本当は家庭科部とか吹奏楽部とかに入りたかったんだよね。これは自慢なんだけど、私、フルートとトロンボーンが吹けるんだよ!」

 トロンボーンは納得できたが、フルートは意外だった。トロンボーンは琉悪夏の体型にもぴったりだが、繊細な印象のフルートを吹いている姿はなかなか想像できない。

ああああ

「練習行ってないじゃない!」母に激怒された日

「小学生のころから身長は一番大きかったかな。でも、3年生くらいから横幅がでかくなりだして……。これは一番じゃなかったけど(笑)。とにかく運動が嫌い。走るのもイヤ。しかも学校の近くにおばあちゃん家があって、ひいおばあちゃんもいて、帰りに寄ると『これ食べろ、これも食べろ』って色々出してくれたから、体重は無限に増えていったかな(笑)」

 ある意味で、プロレスラーになるための“英才教育”を施されていたと言えなくもない。そんな琉悪夏は、どういった経緯でプロレスと出会ったのだろうか。

「もともと家族がプロレス好きで、会場に見に行って。おばあちゃんがスターダムを観戦してチェキとかも撮っていた。私も5年生のときに何回か一緒に行って、そうしたら風香さん(元スターダムGM)がいて『プロレスしなよ!』って言われて。さっそく練習に行って、履歴書とかもなんもなくて、気づいたら“今”って感じかな!」

あああ

 琉悪夏は年齢相応の天真爛漫な笑顔を浮かべながら、じつに楽しそうに話をする。

「私、もともと大江戸隊が好きで、(安川)惡斗さんが好きだった。今、私が使っている技でコンプリート・ショット(フェイス・バスターの一種)ってわかります? 前に倒すヤツ。それも惡斗さんが使っていた技なんで」

 憧れのレスラーの名前をあげて目を輝かせる琉悪夏だが、以前は練習をサボることも少なくなかったという。

「ただフラフラ歩き回って、練習が終わったくらいの時間に家に帰るということを繰り返していた。練習が嫌い。眠いし。だるいし。最低だよね(笑)。ただ、風香さんがブログに載せた写真に私が写っていないのが、まさかのお母さんにバレて、『練習行ってないじゃない!』って激怒されたよね(笑)」

 練習をサボって行くあてもなくフラフラとさまよっていた琉悪夏は、ユニットも渡り歩くことになる。ジャングル叫女がリーダーだったJANがなくなり、TCSもなくなって、善玉のSTARSを経由してヒールの大江戸隊に移った。

「JANは楽しかったな。TCSはほとんどケガで欠場していたから活躍していない。STARSは『ええ、お前本当にSTARSだったの?』と言われるレベル。そして、たどり着いたのが大江戸隊。大江戸隊は楽しいよ!」

あああ

ようやく見つけた大江戸隊という居場所

 17歳にしてさまざまな経験を重ねてきた琉悪夏。しかしその口調は、常にあっけらかんとしている。

「何回もプロレスをやめたいって思った。本当にやめようと思ったのはSTARSにいたときで、今年(2021年)が始まる前にやめてやる、引退してやるって。年は越さない、1月1日にはもうプロレスラーじゃない、って。やる気がなくなって、練習も行かなくなって。『やめようと思ってます』と打ち明けたけど、説得されて、じゃあ、もう少しだけ頑張ってみようと思い直した」

 心機一転、環境を変えることを決めた琉悪夏は、今年2月に大江戸隊に入った。

「結局、STARSは向いていなかったのかな。私、キラキラとか絶対できないし、黒が好きだし。ピンクとか派手なコスチュームが着られないから、STARSでも黒だった。『ここじゃなくない?』って思って、裏切って初めて自分の居場所を見つけた気がする」

あああ

 大江戸隊に加入してから、琉悪夏は水を得た魚のように輝きはじめる。10月9日の大阪城ホールでは、20歳までの年齢制限があるフューチャー王座をウナギ・サヤカから奪い取った。

「今、こうしてベルトを持っているってことは、成長したってことだよね。これが答えでしょ。今なら『私は成長した』って自信を持って言える。STARSを裏切ったとき、いろんな人から批判されたこともあって。私、これでもメンタル弱いんで。でも、最近はもう大丈夫。ヒールだから、何も言われなくなったら終わりじゃない? って思ってる。最近は気にせず、自分を出せてるかな。でも、やっぱりSNSは苦手」

 SNSや周囲の雑音も力に変えようとしている琉悪夏は、成長期と青春時代がいっぺんに訪れたような充実した時間を過ごしていた。

「この間、サイン会でファンの人が『大江戸隊の方がいいよ』と言ってくれて。ああ、私、やっぱり間違っていなかった、って。今が一番楽しいかな! 大江戸隊が最高だし、ああ見えて仲もいいから。(スターライト)キッドとは親友。遊んだり、一緒にご飯食べたり。相談にも乗ってくれて、いつも的確な答えを出してくれるから」

 そう語る琉悪夏は、まるでキッドのファンのようだった。いや、キッドだけではなく、大江戸隊として戦う仲間への思いを繰り返し強調した。

ああああ

「みんな仲間想い。タッグマッチって団結力じゃないですか。(鹿島)沙希さんも、試合前でセコンドに出られないかもと言っていても、気づいたらコーナーにいてくれる。私のことを見てくれているんだと思うと、やっぱりうれしいし、自分も頑張ろうって思える」

 大江戸隊のリーダーである刀羅ナツコが、7月に左膝前十字靭帯断裂の大ケガを負って長期欠場となった。このことも、琉悪夏のさらなる自覚と成長を促した。

「なっちゃん(刀羅)がケガをしてしまって、なんでも教えてくれた人が急にいなくなって……。どうしよう、頑張らなきゃ、って。リーダーがいないっていうのはデカい。今はキッドがいるから、キッドに甘えて生きてるけど(笑)。そしたら、今度は小波さんがいなくなってしまう。本当に小波さんが好きなんで。小波さんラブです。寂しいです……」

“普通の女子高生”への憧れも

 琉悪夏のダイビング・ボディプレスは、“冷凍庫爆弾”とネーミングされている。直撃したらひとたまりもない、破壊力抜群のフィニッシュだ。琉悪夏の冷凍庫には、誰もつぶされたくないと思うだろう。

「冷凍庫爆弾。最初の頃は、“冷蔵庫”爆弾と間違われました(笑)。前はフィニッシュがフィッシャーマンだったけど、みんな使っているような技じゃないですか。それが、冷凍庫爆弾になった。私=冷凍庫のイメージになったのはうれしい」

ああああ

 自身の技を楽しげに解説する琉悪夏。しかし高校に通わずプロレスの世界に生きる少女は、“普通の女子高生”への素直な憧れも口にした。

「羽南が記者会見で制服を着てたのを見て、『うわっ、いいな。JKしたい!』って思ったよね。学校に行きたいとは思わない。でも、制服は着たい(笑)。バイトもしてみたい。マックとかでやりたいな。でも練習もあるし、試合もあるし、髪の毛派手だからダメかな(笑)」

ライバル羽南との「エモい」防衛戦へ

 12月29日の両国国技館では、フューチャー王座のベルトをかけた羽南との防衛戦がある。今回が3回目の防衛戦だが、これまでとはまったく異なる心境で迎えることを明かした。

「1回目、2回目の防衛はクソ余裕。何の思い入れも因縁もないヤツらだったから。でも羽南となると違うなあ。同期で同い年で、何度もシングルしているんですよ。羽南のデビュー戦の相手も私が務めたし、タッグも組んだことあるし。このシングルにベルトがかかっているのは、今の言葉で表現するなら『エモい』。昔の言葉なら、『感慨深い』かな。これ、意味合ってる?」

ああああ

 琉悪夏のフューチャー王座の防衛プランは、想像以上に長かった。さらに個人としてだけではなく、大江戸隊としての野望も一気にまくし立てた。

「このベルトは20歳までだから、それまでずっと持っていたい。ずっと保持して20歳で返上したい。ハイスピードはいらない。白も赤も、べつに欲がない。ただ、アーティスト(6人タッグ王座)とゴッデス(タッグ王座)は欲しい。タッグのベルトっていいんだよね。団結力の証って感じで。ゴッデスはキッドとのタッグ“黒虎怪童”で狙う。私、ゴッデスのベルトが一番好き。黒でかわいいから。アーティストはなっちゃんと沙希さんと3人で。私はオレンジのベルトが欲しいね。ヤングOEDのキッド、吏南と私の3人でも挑戦したい。私がオレンジ、史南がピンク、キッドが青でベルトの色もピッタリでしょ」

 唐突に、琉悪夏は自身の引退にも触れた。

「引退するとして、だよ? 私はまだまだできるじゃないですか。年齢的にも。だから『ああ、もったいない!』と言われるところでやめたいね(笑)。最後まで行ってしまうと、『仕方がないよな、年齢的にも』ってなるでしょ? だから、みんなが『もったいない』って思うところで。あと5年で10周年、22歳かぁ。キリがいいところでやめたいな」

あああ

 同じ話をしたキッドからは、心を見透かされたような答えが返ってきたという。

「キッドに、『琉悪夏はやめるやめるって言って、意外と辞めないタイプ。いわゆるやめるやめる詐欺』って言われました(笑)。たしかに! 寝たら忘れちゃうから、私」

 その口ぶりと表情を見て、筆者も「琉悪夏は、まだまだプロレスを続けるだろうな」と思った。

(鹿島沙希編に続く)

文=原悦生

photograph by Essei Hara