「あの、もう練習に行ってもいいですか?」

 不破聖衣来は、五十嵐利治監督にそう尋ねて了承をもらうと、僕らに「ありがとうございました」と笑顔でペコリとお辞儀をして、部室のほうへ走っていった。

 その足取りは軽く、あれこれと質問をされ、写真を撮られる取材が終わった安堵感と解放感、そしてそれ以上に“走る時間”に戻れることが嬉しそうだった。

 五十嵐監督に「走るのが、好きなんですね」と聞くと、「ほんとそうですね。その気持ちがあるから誰よりも努力して、走ることにストイックにもなれるのかもしれません」という言葉が返ってきた。

 決して取材対応が悪いわけではない。こちらの眼を見て、会話をすることを楽しんでいるようでもあった。例えば、群馬から東京へやってきて1年目で、大学生活の苦労について尋ねたときには、こんなやりとりがあった。

「安いジャンボパックみたいになったお肉を一気に買って…」

「陸上部の寮で、朝と夜のご飯は出るんですけど、お昼は自炊になったので、その料理が大変でした。最初の頃はレンジでチンするだけだったんですけど、最近は食材とか買ったりして、簡単な料理を作るようになりました」

――例えば何を作ってるんですか?

「何だろう。ほんといろいろなんですけど、安いジャンボパックみたいになったお肉を一気に買って、それを小分けにして、下味付けて冷凍しておいちゃって、みたいな。それがすごい楽で。食べる時に焼くだけの状態にしておくんです(笑)」

©Kasane Nogawa

――親元を離れて1年目なのに、すごいですね!

「袋の中にお肉を入れて、調味料を入れて、揉んで、冷凍しておくだけなんで、それが一番楽でおいしいんです。まだ先輩たちに比べると、あんまり量を食べられないので、しっかり食べられるようにして、10kmとか長い距離を走れる体をつくっていきたいなって」

 お肉を小分けにして冷凍保存している拓殖大学の細身のルーキー。だが、今季はトラックシーズンから全日本インカレ5000mで優勝するなど圧倒的な素質を見せてきた。さらに駅伝シーズンになった秋以降、文字通り才能が爆発しており、陸上ファンや関係者の度肝を抜いている。

初の1万mで「世界歴代5位」に会場が騒然

 まずは、10月31日の全日本大学女子駅伝5区で、従来の記録を1分14秒も大幅に更新する爆走。ケニア人留学生かと思うほどのスピードの違いを見せつけ、解説の高橋尚子さんが「新しいスターが誕生しました」とコメントするほどのインパクトを残した。

 そしてさらなる衝撃は12月11日の関西実業団ディスタンストライアル10000m。トラックでは初の10000mだったにもかかわらず、30分45秒21のタイムを叩き出したのだ。

 これは新谷仁美に次ぐ日本歴代2位のタイムで、渋井陽子や福士加代子という名ランナー、東京五輪のこの種目で7位に入賞した廣中璃梨佳を上回るもの。さらに来夏の世界陸上の参加標準記録を突破するとともに、20歳以下としては世界歴代5位に位置する衝撃の記録に、京都・西京極のスタジアムは騒然となった。

 内容も、前半の5000mが15分31秒、後半が15分14秒と、ペースメーカー不在のレースで終始先頭を走り、後半大幅にペースを上げるという「記録を狙うレース」としては珍しい展開。年上の実業団の選手を大きなストライドで次々と周回遅れにしていく姿は、駅伝時以上のインパクトを残した。

 レース後、本人は囲み取材でこう語った。

「最初は(世界陸上標準を)狙ってなかったんですけど、最初の1000mで感覚的に体が動いたので、これは狙えるんじゃないかと途中で切り替えていきました。30分台が出ると思わなかったので、そこはすごい嬉しかったのとビックリしました。練習でも10000mはレースペースでやってなかったので、そこまで自信はなくて……。これからはタイムだけでなく、勝負に勝ち切る強さも身に着けていきたいです」

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「いまは“焦らず、ゆっくり”という練習方針です」

 指導をする拓殖大学女子陸上競技部の五十嵐監督は、不破の潜在能力と現時点での力についてこう評する。

「中学生の頃にその走りを見て、素質にほれ込みましたが、自分でレースを作って、さらに勝ち切る力を持っているのが一番すごい。だからペースメーカーがいなくても、レースで勝って、タイムもついてくるんです。本当にトラックで世界の舞台で戦えると思っています。

 いまは僕も含めて“焦らず、ゆっくり”という練習方針です。今は彼女の100%、120%の能力を引き出す必要はなくて、70%を継続させたい。全体的な練習量も他の部員に比べて抑えていますし、ポイント練習の回数も抑えてる。高校時代は故障が多く、大学入学直後も貧血に悩まされました。だからこそ、食事などで身体づくりをして、故障をさせずに、継続的に練習をしていくことが大切なんです」

 五十嵐監督は、高橋尚子さんらを育てた小出義雄氏のもとでコーチを務めたが、不破の指導にはその“小出哲学”が生きている。

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「小出監督はよく『その子、その子にあった練習を考えろ』ということを言っていました。有森(裕子)さん、高橋さんはそれで成功をしていった。だから不破が高校時代までつけていた7冊の練習日誌をすべて借りて、それを読み込みました。そこから彼女の成功パターンやルーティーンなどが徐々に見えてきましたね」

他の学生に不満は?「あそこまで強いとないんです」

 治療のために信頼する福岡のトレーナーのところまで連れて行くこともあるというから、オーダーメードの指導の方針は徹底している。だが、大学のチームにはもちろん他の選手もいる。監督が不破を特別扱いすることに不満は出てこないのだろうか。

「出てくると思いますよね? でも、あそこまで強いとないんです。みんな、不破の誰よりも努力をする、ストイックな姿勢を見ているから『同じチームでありがとう』って。ご飯をあまり食べられなくて苦労している姿も見ていると『お母さんの気持ちになっちゃう』という子もいました(笑)。応援したくなる選手なんです」

©拓殖大学女子陸上競技部

18歳ランナーの原点は「おじいちゃん」

 世界陸上の参加標準記録を突破し、「パリオリンピックを目指したい」と言う不破。彼女のランナーとしての原点はどこにあるのか。

 群馬県高崎市立大類中時代から3000m、クロスカントリーなどでほぼ無敵だったが、決してエリート的な指導を受けてきたわけではない。幼少期から3つ上の姉・亜莉珠(ありす)の背中をひたすら追いかけてきたのだ。

「自分はずっと昔から姉を追いかけて走っていたんです。もちろん勝てないんですけど、姉が自分と同じ学年の時の記録とかを見て、それで『あそこまで行きたい』と」

 そしてその姉と走るのに付きあってくれたのが、「おじいちゃん」だという。

「私たちの原点が、おじいちゃんが小学校の頃に毎朝、持久走練習に付き合ってくれたことなんです。おじいちゃんが一緒にいてくれて、それで走るのが楽しくなって、大会にも出るようになったりした。学年によって決められた距離があって、その距離分を走っていました。自宅から小学校がすごい近かったので小学校のトラックで何周とかやって走ったり、大会で使うコースを実際に走ったり」

©Kasane Nogawa

 驚きなのは祖父が才能豊かな不破姉妹と一緒に走っていた、ということ。

「コーチというより、いつも一緒に走ってくれたんです。途中で抜けて、後半に私たちに合流して、一緒にラストで競ってくれたり。それがなかったら、たぶん走ること自体好きになってなかったので、本当の原点かなって思います。年齢ですか? 今、71か72なので、当時は65ぐらいだったのかな。元気ですよね(笑)。おじいちゃんは群馬の水上出身で、クロスカントリースキーで国体とかにも出てたらしいんです。だから、夏季練習で長い距離を走ったりはしてたので、それでたぶん付き合ってくれたんだと思います」

 そして「今でも陸上のことはおじいちゃんに一番に報告はしてます」と、楽しそうな笑顔を見せた。

 陸上界に舞い降りたニューヒロイン。不破が、12月30日の富士山女子駅伝、そして来年の日本選手権で新谷や廣中、そして田中希実らと繰り広げるである勝負が、今から楽しみだ。

 発売中のNumber「箱根駅伝 エースにつなげ!」には別冊で、エントリー336名を反映させた選手名鑑がついています。

 別冊付録には、柏原竜二さん、神野大地さんらも寄稿してくれた「通が教える“僕だけの観戦法”」や、大迫傑さんから後輩たちへのメッセージ、相澤晃&伊藤達彦両選手に取材をした「大迫さんに続き、そして追い越すその日まで」、そして出場20大学の全主務が教えてくれた「我が校のいぶし銀エースを見よ!」も掲載。

 大充実の別冊付録、箱根駅伝のテレビ観戦の“相棒”としてお楽しみください。

文=涌井健策(Number編集部)

photograph by Kasane Nogawa