12月29日の女子プロレス・スターダム両国大会にて、ワンダー・オブ・スターダム王座に挑戦する上谷沙弥選手の特別グラビアインタビューをお届けします。《王者・中野たむ編はこちら》

 2021年、スターダムの女子プロレスラー・上谷沙弥は東京ドームとメットライフドーム(西武ドーム)で勝利を収め、日本武道館で団体最高峰のベルトに挑戦した。シングルトーナメントでは優勝。2019年デビュー、まだ“新人”の範疇でこの活躍は破格だ。

「スターダム提供試合で新日本プロレスさんの東京ドーム大会に出させていただいたのが1月。3月に日本武道館で赤いベルト(ワールド・オブ・スターダム)に挑戦して、6月がシンデレラ・トーナメント優勝。白いベルト(ワンダー・オブ・スターダム)にも挑戦して。新日本さんのメットライフドームでの提供試合が9月。1年中、何か大きな試合があった感覚です」

「初めてのドーム」はEXILEのバックダンサーとして

 2つのドーム大会では、フェニックス・スプラッシュを決めて新日本プロレスファンを驚かせた。飯伏幸太も得意とする、難易度の高い空中殺法。上谷には、女子でこの技を使うのは自分1人だというプライドもある。

「ドームでの試合がきっかけで、スターダムに興味を持った、スターダムを見にくるようになったというファンの方もたくさんいます。私がスターダムを広めるきっかけになれた。それが凄く嬉しいです。デビュー2年目、3年目としては自分でも予想してなかったくらい飛躍できたと思います。まさか、自分がプロレスラーとして東京ドームに出るとは思ってなかった」

 “プロレスラーとして”と言うのには理由がある。上谷は以前にも東京ドームの大舞台を経験しているのだ。高校生の時、EXILEのライブでバックダンサーを務めた。LDHのダンススクールに所属していたのだ。ちなみにドームでプロレスやライブを見たことはないという。ドームには「出たことしかない」というのも珍しい。

「ダンスは小学生から始めて、どんどんのめり込みました。ストリートダンスの世界大会に出たこともあります。ただ高校生になると“バックダンサーじゃなく前に出たい、自分が主役になりたい”という気持ちになって」 

シンデレラトーナメントで優勝した際の上谷 ©STARDOM

バイトAKB卒業後にぶつかった壁「私はアイドルの真逆だった」

 アイドルを目指すのは自然な流れだったのかもしれない。上谷の中学・高校時代は、AKB48が大ブレイクした時期。たとえば『ヘビーローテーション』あたりが世代として“どストライク”だ。

 2014年、『バイトAKB』のメンバーとして採用される。アルバイト求人情報サイトとのタイアップ企画で、バイト(非正規)で期限を決めてAKBとして活動するというものだ。ライブやイベント、正規メンバーの“お手伝い”的な仕事などを務め、翌年に卒業。それ以降もAKB関連のオーディションを「受けまくりました」。

 やがて20歳が近づき、焦りも出てきた。範囲を広げてAKB以外にもさまざまなオーディションを受ける。だがことごとく「落ちまくりました(苦笑)」。当時は無我夢中で気づかなかったが、後になって「自分はアイドルに向いてなかったんじゃないか」と思うようになった。

「アイドルになる子って、本当に華奢で小さいんです。私は背丈もあるし(168cm)、ダンスをやっていたので筋肉もついていた。そのダンスも本格的にやっていたので......アイドルって拙い、未完成くらいのほうがファンとしては応援したくなるんですよね。しっかりしてないところも含めてアイドルの魅力。私はすべてにおいてアイドルの真逆だったんです」

中野たむから誘われたプロレスの世界

 オーディションに落ちるたびに「私はダメ人間なんだ」と思うようになった。その原因だと感じた背の高さや筋肉がコンプレックスにもなった。アイドルになりたいと思えば思うほど、自分が嫌いになっていく。

 後に太田プロ所属となり演技の勉強を始めたが、アイドルになりたい気持ちは燻っていた。そして最後のチャンスというつもりで応募したのが、プロレス団体が手がけるアイドルグループだった。プロレスのことは何も分からなかったが、アイドルになれるならと思った。

 メンバーになると、周囲からプロレスもやらないかと誘われる。グループのGMを務めていた中野たむもその1人。「アイドル活動をする上で役に立つなら、アピールになるなら」と練習を始めた。基礎体力の練習を経て技を習うようになると、エルボーを食らっていきなり胸骨を骨折。

「心も折れかけました。アイドルになりたかったのに何やってんだろって」。プロレスの練習をしていることは親に隠していたが、SNSでバレた。猛反対され、練習でクタクタになって帰ると家では毎日のように親子ゲンカが待っていた。そういう日々でも、少しずつ自分が好きになっていった。

「プロレスの世界だと、背が高いことや筋肉がついてることを褒められたんですよ。コンプレックスだった部分が武器になるんだと知りました」

挑戦者決定戦での上谷 ©Norihiro Hashimoto

“AKB初代総監督の言葉”を実感した場所

 2019年8月10日、渡辺桃戦でデビュー。その年の団体新人王にもなった。背が高くて運動神経がよく、ダンスで鍛えた動きは華やかだった。リング上では“できる子”だった。

「中野たむも言ってましたけど、プロレスは努力した分だけ結果につながるなって思います。アイドルの世界では“なんで?”っていうこともあったんです。ダンスに関しては私は誰よりも努力しました。でもライブでは、私よりダンスができない子がいいポジションをもらえる。プロレスはやってきたことがリングで出ます。ドームで出して褒めてもらえたフェニックス・スプラッシュも、自分で練習して身につけた技です。プロレスでは努力した甲斐があったと思えますね」

 努力は必ず報われる。AKB初代総監督の言葉を実感したのはリングの上だった。ただ、それだけではなかった。

「私はドジというかなんというか……頑張ろうとすると空回りしちゃうんです。“謝罪会見”の時もそうで。いや謝罪会見じゃなかったんですけど……。誰かに“存在自体が爆弾”と言われたこともあります(笑)」

 マイクアピールの最中、急に叫びだす。号泣することもしばしば。“謝罪会見”とは、今年のシングルリーグ戦『5★STAR GP』に向けた記者会見のことだ。参戦発表前の他団体の大物、彩羽匠の名前を言ってしまいステージで土下座しながら号泣した。ファンからすれば、そんな姿も微笑ましかった。“歩く情報漏洩”という新しいあだ名もついた。

 東京ドームや武道館でインパクトを残しながら、会見では大泣き。いい意味でのポンコツ感と言えばいいだろうか。まさに「しっかりしてないところも含めてアイドルの魅力」だ。実は上谷はアイドル性が高かった。プロレスラーになることで、それが分かった。

「白いベルトは私のほうが似合うでしょ」

 年内最終戦となるビッグマッチ、12月29日の両国国技館大会では、中野たむが持つ白いベルトに再挑戦する。上谷にとって、たむは「師匠」。7月に挑戦した際は「師匠超え」がテーマだった。だが今回は違う。

「師匠を超えたいと言ってる時点で私が下になってましたね。それでは勝てない。今は、むしろ自分が上くらいのつもりでいます。“なんで私がチャンピオンじゃないの。白いベルトは私のほうが似合うでしょ”って」

©STARDOM

 中野たむに勝ちたいという以上に、白いベルトがほしい。理由はいくつかある。一つは、赤いベルトのチャンピオン、林下詩美とのタッグを「赤白タッグ」にして、さらにタッグ王座も奪還すること。もう一つは、自分が「感情人間」だからだ。嬉しくても悲しくても、とにかく感情がMAXに達しやすい。大笑いしていたかと思うと涙が止まらなくなる。そんな自分には白いベルトが似合うと思っている。

「女子プロレスは、男子と比べてもいろんな感情が出るしそれを大事にしていると思います。強くなりたい、勝ちたい、上に行きたいというだけじゃない。先に出世されて悔しいとか羨ましいとか、嫉妬の感情も試合で出すのが女子プロレス。特に白いベルトのタイトルマッチは感情がむき出しになりますね」

上谷が重要だと考える「狂気性」

 赤いベルトが実力最高峰の証なら、白いベルトはドラマ性重視。ベルトをめぐるたむとジュリアの激しい闘いから“感情のベルト”、“呪いのベルト”とも呼ばれる。上谷はたむとのタイトルマッチで、感情を全開にするプロレスを体感した。

「私は感情人間なんですけど、辛い時や苦しい時に平気なふりをしたいタイプでもあったんです。でもプロレスはそうじゃなくていい。感情を全部出すのがプロレス。7月のタイトルマッチの前、中野たむに“上谷はまだ出してない感情がある”、“ドロドロした感情も私になら出せるはず”と言われました。“自分の弱さと向き合え”とも。負けたけど、それができたと思います」

 エルボーや張り手の打ち合いは、技というより感情のぶつけ合いだった。確かに上谷は、白いベルトの闘いが似合っていた。ただ、前回の試合は“中野たむの世界”だった。今回の試合、勝つためには「狂気性」が大事になると上谷は考えている。だがそれは“泣きながらガムシャラに殴り合う”といった攻防をすることだけではないと思うようになった。

©STARDOM

「狂気って、人によっていろいろだと思うんですよ。まずプロレスやってる時点で狂ってるな、とも思いますし(笑)。私の場合はどうだろうと考えたら、狂気が技に出るタイプじゃないかなって。飛び技もそうですけど“何をやってくるか分からない”という怖さ。イメージトレーニングというか、よく“こんなところで相手にあんなことをやったら……”って考えるんですよ。それが凄く楽しくて」

入場時の“ダンス”を辞めた理由

 今回は上谷沙弥ならではの試合、上谷沙弥にしかない狂気を見せて勝つつもりだ。たむに教わった“感情のプロレス”を、今は自分の形に昇華しようとしている。たむとはアイドル出身という点でも似ているが、それぞれのスタンスは違う。

 たむにとっては、アイドル時代があってこそのプロレスだ。日本武道館大会でメインを張った時、彼女は「武道館はアイドル時代の夢だった」と語っている。プロレスはアイドルとして叶わなかった夢が叶う場所であり、だから余計に大事に思える。アイドルがプロレスラーをやっているから強い、そう見えるのがたむの魅力だ。

 一方、上谷は「アイドルへの未練はなくなりました」と言う。

「前はシングルマッチの入場の時に踊ってたんです。やっぱりアイドルとして見られたい、可愛く見られたいという気持ちがあったんでしょうね。プロレスに自信がないからそう思ってたのかもしれないです。

 でも今は違いますね。プロレスラーのカッコよさを知って“アイドルレスラー”じゃなく“プロレスラー”になりたいと思うようになりました」

 リングでスポットライトを浴びたりファンに応援してもらうのは、あくまでプロレスラーとして。アイドル時代の代償行為ではなくなった。

「プロレスに出会えたのは運命だと思います。自分のことが好きになれた。中野たむには感謝しかないです」

スターライト・キッドに顔面蹴りを入れる上谷 ©Norihiro Hashimoto

アイドルもプロレスも「全人生をかけた表現」

 けれども今は、たむとは違うタイプのレスラーになろうとしている。だからこそ、タイトルマッチも勝つチャンスが生まれるだろう。そんな上谷に、アイドルとプロレスはどこが似ていてどこが違うか、あらためて聞いてみた。

「似ているのは生き様、人生が全部出るところですね。アイドルは可愛いだけみたいに言う人もいますけど、決してそんなもんじゃない。プロレスと同じで全人生をかけた表現だと思います。

 プロレスとアイドルで違うのは……まず痛いか痛くないか(笑)。それから適性の違いですね。どんな人が向いているかが違う。アイドルの世界にもいろんな個性の人がいますけど、プロレス界はもっといろんな人がいる。

 体型、性格、表現のスタイルだったり、より自由に自分の魅力を出せるのがプロレスかなって。“プロレス向き”の幅が広いというか。私も最初は自信がなかったけど、結果としてプロレスに向いてたんだと思えます、今は」

 アイドルからプロレスラーへ。さらに自分だけのプロレスへ。身体能力抜群であり“感情人間”であり、またプロレス観も鋭い。まだキャリア3年目。上谷沙弥というレスラーの魅力には、まだまだ埋蔵量がありそうだ。中野たむでさえ気づいていない力もあるだろう。それが出せたら、上谷は両国で白いベルトを巻くことになる。

©Norihiro Hashimoto

文=橋本宗洋

photograph by Takuya Sugiyama