うわー、好きだ。

 決して広くない清風高校の体育館で、思わず声が出た。

 ライト後方から前衛レフトへ、きれいな軌道でブレることなくぴゅーっと、いやふわっと、ポーンと、どう表現すればいいかわからないほど美しく、しかもアタッカーが打つには絶好の高さへトスを上げる。

「春高まであと40日」と掲げられたボードを見て、ここは高校だ、と改めて思い直す。

 見ているこちらがえらく興奮した、その高い技術力を含む巧みな1本も、18歳の彼にとっては当たり前で、周囲の選手も驚くことなくボールをとらえてバチンと打つ。さらに驚かされたのは、その1本を上げたセッターがアタッカーに向けて発した言葉だった。

「高さどう? あと5センチぐらい高くてもいける?」

 高校生に限らず、Vリーグを見ていても、どれほどトス回しに長けたセッターだとしても近頃は「パス力がない」と感じることが少なくない。そのせいか、離れた位置でもしっかり飛ばすパス力と正確性、打ちやすそうな質に驚かされた。しかも「あと5センチ」と具体的な数字を出してアタッカーと確認し、すぐに応える力も兼ね備える彼は何者なのか。

 大阪・清風高校3年、前田凌吾。紛れもなく、1月6日から始まる第74回春高バレーの主役となり得るナンバーワンで、オンリーワンのセッターだ。

なぜ前田のトスに魅了されるのか?

 いいセッター、うまいセッター。その形容詞に当てはまる選手は何人もいる。それでもなぜ、高校生の前田は見る人を魅了するのか。

 ヒントをくれたのは、清風高の山口誠監督だ。現役時代はセッターとして筑波大、東レアローズで活躍し、日本代表でもプレー。デンマークリーグで監督兼選手として、つくばユナイテッドでも監督を務めた異例の経歴を持ち、08年から母校を率いている。20年から3年連続でセンターコートへ導いた45歳の熱き名将だ。

 元選手、セッターとして、さらには指導者として多くの選手を見てきた知見。山口監督はそのどちらの側面から見ても前田を高く、かつ簡潔に評価した。

「うまさは抜群。間違いない。パス力もあるし、トス回しも大胆で考えながら周りに指示する力、動かす力もあるのが前田です。何より、見ていて面白いでしょ」

 まさにその通りだった。

 セッターがトスを上げ、さまざまなポジションから攻撃に入るコンビ練習でも1本1本のトスは正確で、その都度コミュニケーションをとり「数センチ」どころか、時には「数ミリ」の世界をも追及する。実際、再び同じ選手へ上げたトスが少し高く上げていたことは、スパイカーがヒットする打点をすぐ見ればわかった。

 実戦形式のゲーム練習ではパスの返球がずれたり、ラリー中にコートの外や後方からトスを上げる際も安易にアンダーハンドへ逃げるのではなく、素早くボールの下に入ってオーバーハンドでしっかり飛ばしている。

 また、技術はさることながら、セッターとして周囲を動かす力も持っていることも見逃せない。

 たとえばコート片面で行う3人レシーブの時もそう。山口監督が放つ緩急をつけたボールに対し、簡単にアンダーハンドでさばこうとする選手に対しては「オーバー(ハンド)で上げろよ!」と即座に声を出す。前田自身はと言うと、回転のかかった難しい返球ボールであってもオーバーバーハンドでポン、と飛ばす。同じシチュエーションならおそらくドリブルするか、それを怖がりアンダーハンドで無難に上げようとする選手が多い中、難しいプレーも簡単そうにやってのけ、なおかつ指示も的確で躊躇がない。

 なぜできるのか。至ってシンプルな質問を投げかけると、前田が笑った。

「正直なところ、感覚なんです(笑)。たとえボールが高く上がっても、回転していても、どう入ればいいか、自分がボールに入り込むイメージがあって。それが少しずれるとドリブルしちゃうこともあるんですけど、基本的にはその感覚があるから、どの位置からどこ(の攻撃)を使うのも怖くない。そこはほんまに自分の強みだと思っています」

「勝手なセッターだった」

 バレーボールを始めたのは小学1年生の頃。母の影響で幼い頃からバレーボールに触れ、姉が所属するクラブで競技人生が始まった。女子チームに男子選手は前田1人だったが、幼い頃からボールを扱うことに慣れていた成果はその後もいかんなく発揮され、中学ではパナソニックパンサーズの下部組織であるパンサーズジュニアに在籍。全日本中学選抜にもセッターとして選出され、清風高入学後も1年時からレギュラーセッターに抜擢された。

 当時から技術は巧みで、目を引くうまいセッターであったのは間違いない。だが前田はかつての自分を「勝手なセッターだった」と冷静に分析する。

1年生から正セッターとして活躍した前田 ©AFLO SPORT

「1年生の時は好き勝手にトスを上げさせてもらっていただけで、アタッカーを活かすこと、自分自身のコントロールも全然できていなかったんです。山口先生からは『お前の出来でチームが決まる。お前がコントロールできないうちは勝てない』と言われ続けました」

 セッターとして相手ブロックを振り、枚数を減らすのは快感でもある。しかも技術があれば、相手の裏をかくトスを上げることも容易いが、アタッカーが打ち切れず失点することもある。今でこそ「トスが上がったら、決まらないのも自分のせい」と捉えるが、下級生の頃は「マジか」と落胆し、それを出さないように、と思っても顔に出た。

 その緩みと甘さを、山口監督は見逃さなかった。

「何で決まらなかったか、ちゃんと確認したんか。1本1本、しつこいぐらいコミュニケーションを取れ」

 山口監督が現役時代、名セッターと評された2人のセッターがいる。巧みな技術とトスワークを武器とする宇佐美大輔(現・雄物川高監督)と、勝負所ではブロックが何枚来ようと、託すべき場所に上げる丁寧なトスを武器とした朝長孝介(現・大村工高監督)。両極とも言うべき2人のセッターを「足した選手になればもっと成長する」と目指すセッター像として前田に伝えた。

 ブロックを振る技術があるなら、アタッカーの要求に応える技術と確認作業も磨け、と求め、細かく「センチ」や「ミリ」にこだわりながら、コミュニケーションを取りながら練習を重ねる。その過程を「めちゃくちゃ面白いし、アタッカーを活かす楽しみがある」と成長していく前田を、山口監督も“一番近い応援団”として、手放しで称える。

「コミュニケーションを取って、仲間が欲しいトスを理解して上げるのは簡単じゃないですよ。実際僕はできなかったですから。でも前田は、それだけの技術と能力があり、まだまだ伸びる可能性を持っている。こんなセッターはなかなかいない。すごい選手ですよ」

敵将も恐れる前田の目

 前田に舌を巻くのは山口監督だけでなく敵将も同じ。前田が1年時の春高、準決勝で対峙した駿台学園、高校バレーボール界でも“策士”と名高い梅川大介監督が言う。

「試合中にしょっちゅう前田と目が合うんです。たぶん彼は『この人、何か仕掛けてくるぞ』とわかっているから、警戒してくる。だからうちのコートだけじゃなく、監督の僕を見るんです。清風と戦う時は山口先生だけでなく、前田との勝負もあるから面白いですよ」

 卓越した技術のみならず、大人をもうならせる観察術。それも山口監督から伝授されたもの、と前田は言う。

「人には絶対できないこととできることがあって、公式練習を見ていてもいろんなことがわかる、って。たとえばサーブも事前に作戦を立ててきているから、全員が同じゾーンに打っていたら、あ、ここ狙ってくるんやな、と共有できる。バレーボールって、ゲームの中で同じ状況は絶対にないから、常に味方を見て、相手も見て、その時々で瞬時に切り替えながら次のことを考える。セッターとしては、もっとこの選手を使っておきたいけれど、あまり決まらないと潰れちゃうかもしれない、とか、そういう微妙な塩梅を考えるのが楽しいし、バレーボールの面白さやと思うんです」

 間もなく始まる3度目の春高。過去2年と比べれば平均身長も低く、上げれば決める大エースと言うべき存在はいないが、だからこそ楽しいと目を輝かせる。

「歴代春高で勝っているのは大エースがおるチームなんです。でも僕はそうじゃないと信じていて。確かに最後の1点、大切な勝負の分かれ目になる1点はあるけれど、身長がちっちゃくても、大きくても、そこで決め切れる人がエースで、その力があるかどうか、練習で見極めるのがセッターの仕事。

 他のチームやったら最後は絶対エース、というところへ持って行くと思うんですけど、僕たちは試合の状況を見ながら、こっちでいくんか、裏をかいてクイックでいくんか。それを考えるのが楽しいし、見ている人が『エースが来るぞ、上から叩かれる』でなく、『どこや、どっから来るんや』と迷うぐらいが面白い。1人じゃなく、組織で戦うバレーで日本一になりたいです」

 今は春高制覇、日本一を視野に、そして近い将来、見据える先は世界へ――。

 3年後のパリ五輪、7年後のロス五輪に出場するような選手になりたい、と目を輝かせる前田の“これから”へつながる最後の春高で、1本目はどの攻撃を選択するだろう。やっぱり、と思うか、そこを使う? と驚かされるのか。

 いずれにせよ唸らされ、声が出るのは間違いない。その瞬間が、何より楽しみだ。

文=田中夕子

photograph by MATSUO.K/AFLO SPORT