大谷で明け、大谷で幕を閉じた2021年のメジャーリーグ。ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平投手の“リアル二刀流”での大活躍に、日本中が熱狂した1年だったが、その活躍とは別に、もう1人、どうしても今年の波瀾万丈なシーズンを語らずにはいられない選手がいる。

 ピッツバーグ・パイレーツの筒香嘉智外野手である。

 パイレーツでの見事な復活劇はご存じのとおりだが、それにしても筒香の今季は紆余曲折のシーズンだった。

 メジャー移籍2年目の今季のスタートはタンパベイ・レイズ。

レイズ時代、塁上の大谷翔平と雑談する筒香 ©︎Getty Images

 しかし極度の打撃不振で5月11日にDFAとなり、4日後の15日にはロサンゼルス・ドジャースへの移籍が発表されたが、6月9日には右ふくらはぎのケガで故障者リスト入り。同17日には3Aのオクラホマシティ・ドジャースで実戦復帰したものの、ここでもなかなか結果が残せずに、ついに7月7日にはメジャー40人枠を外れて、マイナー契約となってしまった。

「筒香は150km以上の速球を打てない」という評価

 文字通りどん底に落ちたのである。

 この頃の筒香には、必ずついて回った1つの評価がある。それは「筒香は150km以上の速球を打てない」というものだった。

 実際問題としてメジャー移籍1年目の2020年は150km以上の速球に対しては31打数2安打の打率6分5厘で、2年目の21年もレイズでは13打数2安打の1割5分4厘という低打率に喘いでいた。

 その現実を筒香自身はどう受け止めていたのだろうか?

「言われて当たり前だなという感覚はありました」

「見る人からすればそう見えているでしょうし、それは仕方なかったと思います」

 筒香は現実を淡々と振り返った。

「自分でも言われて当たり前だなという感覚はありました。ただ自分で実際に映像やデータを観て色々と分析していくと、レイズにいたときというのは、まったく自分の形でバットを振れていないというのが結論でした。これじゃあ打てる訳ないよな、と自分で思っていました」

 自分の打撃ができていない。

©︎Getty Imaghes

 実はレイズでの筒香は、いつの間にか自分を見失い、混沌とした世界に迷い込んでしまっていた。

「レイズのやって欲しいバッティングと僕がやってきたものとのズレがあるのかな、と。そういう感覚のズレというのはずっとありました」

 具体的にはこういうことだ。

ダウンスイングでボールを捕らえることを求められた

 基本的に筒香の打撃は投手の投げたボールのラインに自分のスイング軌道を合わせて、そのラインに乗せていく打ち方だ。当然、バットはどちらかといえばアッパー気味の軌道を描くことになる。ところがレイズではコーチから「もっと最短で強く振れ!」「ゴロを打て!」と言われて、ダウンスイングでボールを捕らえることを求められた。

 球場に入ればいつもコーチが待ち構えていて、そこで、それまでの自分のスイングとは180度違う打ち方を指導される。そうして毎日、毎日、コーチたちの指導に耳を傾け、そのスイングを続けることで、結果的には自分の打ち方を見失ってしまったのである。

「自分が変わるためには、それもプラスになるかもしれないと思ったというのはあります。全ては自分の責任ではあるんですけど、振り返ってみれば、それが悪かったのかもしれない……。もちろん自分に戻す作業というのも当然、するんですけど、いつからかまるで打席に立っているのは自分ではないみたいな感じになってしまっていました」

打てなかったのは150km以上の速球だけではない

 だからハッキリ言えば打てなかったのは150km以上の速球だけではない。150kmに満たない148kmのボールも、ミスショットすることが多々あった。だからこそ「150km以上の速球を打てない」というレッテル、そんな周囲の声に反論する気も湧いてこなかったというのが正直な気持ちだった。

 ただ、もう1つ、筒香の頭には全く正反対の考えもあったという。

「自分の形で打てていないんだから、逆に150km以上(が打てない)とかいうデータも関係ないと思いました。自分のスイングができて、その上で結果を見ないと、本当の意味でのデータは出ないなと思ったんですね。もちろん自分のスイングができていないというのは、周りの方には伝わらないことなので、そういう風に言われることは仕方ない。取材でもアメリカ人の記者から、よくそのことを聞かれたりしましたけど、逆にそう結論付けたら、途中からは何とも思わなくなりました」

 そしてその迷い込んだラビリンスから脱出する糸口は、やはりドジャースへの移籍だった。

コーチが付きっきりで筒香の“自分探し”は続いた

 移籍初日。デーゲーム終了後に筒香が球場に着くと、デーブ・ロバーツ監督とコーチが待ち構えていて、ケージの横にはビデオが2つ用意されていた。

「これがレイズでのバッティング、こっちがベイスターズのときのもの、と2つの映像がパンって出ていて、その映像を比較してここが違う、あそこが違う、と。それで『キミは日本で良くてこっちにきたんだから。そこを直していこう』というのが始まりました」

 試合前はもちろん試合後も、そして時には試合中にも「試合はいいから」とコーチが付きっきりで筒香の“自分探し”は続いた。結果的にはドジャースでその成果を示すことはできずにマイナー落ちとなったが、その頃には筒香自身の中では確かな手応えを得ていたのだという。

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 3Aオクラホマシティに移籍すると7月末から8月に大爆発。8月には10試合に出場して31打数12安打の2本塁打、11打点で打率3割8分7厘をマーク。その数字を引っ提げてのパイレーツ移籍、メジャー再昇格を果たしたのである。

 パイレーツでは移籍初戦となった8月16日の古巣・ドジャース戦で9回に代打で起用されると、絶対クローザーのケンリー・ジャンセン投手から左翼線二塁打。さらに翌17日には「4番・一塁」で先発すると9回に再びジャンセンから左翼線二塁打を放ってすぐさま結果を出した。

 さらに20日のセントルイス・カージナルス戦では右越えのシーズン1号本塁打を放ち、確実にチーム内での地歩を固めていくことになる。

©︎Getty Imaghes

「もういいやって思うことは一度もなかったですね」

 パイレーツで今季放った本塁打は合計8本。その中には8月23日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦で救援右腕のテイラー・クラーク投手の95・7マイル(154km)を右翼席に運んだ3号や、9月20日のシンシナティ・レッズ戦でブラディミール・グティエレス投手の94マイル(151km)を弾丸ライナーで右翼に叩き込んだ8号など、打てないはずの150kmを越えるストレートを見事に打ち砕いた一撃も含まれていた。

「レイズで結果が出ないでDFAになったときも、40人枠から外れてマイナー落ちしたときも、辛いと思ったことは一度もなかった。もちろんしんどくて、苦しいときというのはありましたけど、もういいやって思うことは一度もなかったですね」

 もちろんまだまだ完全に150kmを打ちこなしているわけではないかもしれない。それでも一歩ずつ、確実に階段を上る先に、本当の自分はいるはずだ。

 このオフには新たにパイレーツと1年契約を結び、来シーズンにそこでどんな成長譜を見ることができるのか。それも筒香という選手を追いかける楽しさなのである。

文=鷲田康

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