第98回箱根駅伝の2区、駒大の田澤廉(3年)が中大を逆転し、トップ中継を果たした。田澤は1時間6分13秒で区間賞、歴代4位の好記録だった。駒大の選手が2区で区間賞を獲得するのは現在監督を務める大八木弘明以来36年ぶりとなる。

ここでは、往路のゲスト解説を務めた大迫傑さんと田澤選手が今回の箱根駅伝前に行っていた対談記事を再公開します。<初公開:2021年12月16日、データや肩書などすべて当時>

「田澤君が『モヤモヤしている』って何回か言ってたじゃないですか? それって凄く大切だなって。陸上選手として、モヤモヤを感じるのもひとつのセンスなんです」

 約70分の対談の最後に、大迫傑(30歳)はこんなことを語り始めた。

「(練習内容や出場するレースの位置づけを)監督や周囲に決められ、それをすべて受け入れるのか、自分が本当にやりたいこととの矛盾、つまりモヤモヤの原因を探っていくのか。それを感覚的に探れる選手って、当たり前のようで、あんまりいないんですよ」

 発売中のNumber「箱根駅伝 エースにつなげ!」の巻頭では、東京五輪で現役を引退した大迫と、駒澤大学の絶対エースである田澤廉(3年・21歳)の対談を掲載している。

 2人は初対面。大迫に最初に挨拶をする時、田澤はどうにもソワソワして、笑顔をつくろうにも顔がこわばってしまう。それを大迫はヘアメイクのセットを受けながらも「よろしくお願いします」と真摯に、余裕を持って受け止めていた。 

 大迫の控室を出た後、物怖じしないタイプであるはずの駒大キャプテンに、そんなに緊張するのは珍しいんじゃないですか?と尋ねると、「大迫さんは日本のトップで、メディアで見て、ずっと憧れてきましたから」という答えが返ってきた。

 学生長距離界のトップランナーの振舞いに、理解していたつもりだったが、改めて「大迫傑」というランナーの存在感と影響力を認識させられた。

田澤の格好を見て大迫も「いいじゃん」

 だが、撮影や対談になると雰囲気は和んでいく。 

 当初、大迫は私服、田澤はジャージで撮影をする予定だったが、田澤の私服が予想以上におしゃれだったために(失礼しました)、2人とも洋服で撮影することになった。

 田澤の格好を見た大迫も「いいじゃん」と一言。田澤は「1年前ぐらいから、こういう服もいいかなって思い始めて。それで買うようになりました」と照れくさそうに教えてくれた。

 対談の内容は、以下の項目を含めて多岐に渡った。

 ●大迫が箱根駅伝を自分の中で「完結」させたのはいつなのか?
 ●田澤が本当は「やってみたい」という陸上選手としての挑戦は?
 ●大迫が「将来のアドバンテージになる」と評した、田澤の来季のトレーニング計画とは?

 そして今回の対談の鍵になった言葉が、冒頭に大迫のコメントとして紹介した、田澤の「モヤモヤ」だった。 

大迫「僕も大学生の時って、モヤッとしていた」

 田澤も様々なテーマに対して、はっきり自分の意見を言葉にしてくれ、それは時にとても力強かった。だが、いくつか抽象的な質問ややりとりの中では、「自分はうまく言えないんですけど」とまだ意見を整理中ですという答えが返ってきた。 

 それを大迫が「田澤くんの話を聞きながら考えたんですけど」と応じ、自分なりの意見を開陳してくれた。例えば、長距離選手の長期的なプランニングについて、大迫はこんなことを語っている。

「僕自身も大学生の時って『こんなことをやってみたい』、その結果として『こうなりたい』というビジョンって、モヤッとしていたんですね。実際に海外に行ってトレーニングをしたこともあんまりなかったし、比較ができないから描けなかったというか。

 田澤君が目指すところ、将来到達するところって、僕のレベルまでかもしれないし、もっと上のレベルかもしれないけど、今(大学3年生)から、自分が大学を卒業して気付いたことを目標にできたら、かなりのスタートダッシュだと思います。 

 引退をしてからシュガーエリートの活動をする中で結構いろんな方とお話ししていると、下地作りという言葉をよく聞くんです。でも『下地作りって何ですか?』って思う。大学時代を漠然と、将来のための準備期間と考えるのではなくて、目標を決めた上で、いつまでに、こんな行動するっていうタイムリミットを決めたほうがいいとは思いますね。それは達成できるか達成できないかというのは別として、より具体的にスケジュールを立ててやることが大切だと思います」 

大八木監督に言われたタイムは“最低基準”

 それを受けて現在の練習内容については、田澤がこんな話をしてくれた(これについては雑誌の大八木弘明監督の記事「言葉の力で歩み寄る」を読んでいただくと、より深く味わえると思う)。 

「練習でも試合と同じように、自分は調子に左右されないというか、いい時も悪い時もあまりないんです。その中で、このペースだと余裕があるなと感じたら、勝手にペースを上げる。それで『落とせ』って言われたら落としますけど、大体何も言われないんで(笑)。これは感覚ですね。大八木監督に言われたタイムは最低基準。1000mを『2分50秒で5本やりなさい』と言われたら、2分50じゃなくて49秒とか48秒でやるようにしていますし、ラスト1本を40から45って言われたときも、感覚的に8割ぐらいの力で抑えながら走るような感じです」

 これはこれで物凄く高いレベルの話なのだが、大迫はこう返した。

「僕も大学生の時はそんな感じでしたね。大きく変わったのは、“感覚”から“計算”になった時。ナイキのオレゴンプロジェクトに入ってからです。このタイムが欲しいから半年間かけてこの練習を、このタイムで、これくらいやっていくという思考に変わったんです。おそらく今は大八木さんもそういう考えで田澤君を指導されていると思うけど、大学卒業した時に、感覚だけじゃなくて、ある程度は自分で計算することが必要になると思う。試合で1万mを28分10で走りたいのに1000mを2分50で10本でやったら遅いじゃないですか。そういうことですよね。じゃあ27分30で走るならどういうトレーニングが必要なのか、ということ。たぶん、今の田澤君は情報をインプットしている時だと思うんだよね。これからもっともっと体も分かってくるし、自分の目標にとって『練習で必要なタイム』というのも大学4年間を通して大八木さんに教えてもらうことで分かってくると思います」

 田澤も「大迫さんの考えていることと、自分の考えがほとんど違いません」と言いつつ、こんな風に語った。

「今は大八木監督が大迫さんがおっしゃってくれた部分をちゃんと考えて自分に指示してくれていると思います。この前も2分45を切って1000mを8本、それにプラス400mを2本やったんですけど、監督がちゃんと僕の目指すもの(世界陸上の標準記録)を考えてくれているのがわかるというか。でも、やっぱり自分で考えなきゃいけない日が来るんだなって。実業団に行ったときに自分で考えて計算できるようになれば、もっと自分の体も分かって、いい方向に進んでいくんじゃないかなと思うようになりました」

1万m日本歴代2位「まじ嬉しいっす!」

 この対談を収録した約10日後、田澤は爆走した。

 12月4日の日体大記録会1万mで27分23秒44。これは昨年12月に相澤晃が出したタイムに5秒と迫る日本歴代2位、そして大迫の持っていた日本人学生最高記録を大幅に更新するものだった。さらに歴代最強留学生との呼び声も高い、東京国際大のヴィンセントにも先着している。

 レース後、田澤は興奮気味に取材に応じた。 

「まじ嬉しいっす! 今年の最大の目標だったので。さすがにぎりぎりいけるかどうか、先日の伊藤(達彦)さんのタイムを見ていても、自分も正直27分30秒くらいかな、と思ってたんです。だからこそ、このタイムは嬉しい。

 レースでは8000mでも9000mいっても、まだ(ペースを)あげれるぞって。でも確実に標準を切りにいかないといけないので、ラスト400mでガーっといったんですけど(実業団のケニア人選手には)勝てなかった。そのスプリントの能力はまだまだだなって。

 伸びしろですか? いっぱいありますよ(笑)。スプリントもそうです。自分でもまだまだいけると思ってますし、トラックではパリを目指すんで。世界と戦うのが目標なんで、ここからが勝負です。相澤さんの日本記録も1年後とか、オレゴンの世界陸上でもいける可能性があると思うので、全然いきますよ! まだ自分、抑えているので」

 田澤が大迫の言葉をどのように受け止め、どのように自分の競技生活にいかしていくのか。その答えは、今回の箱根駅伝、そして来季のトラックでしっかり見せてくれるはずだ。

文=涌井健策(Number編集部)

photograph by Asami Enomoto