ポルトガルで2022年、かつての日本代表10番・中島翔哉は復活なるのか。ポルト時代に同タイミングで加入したコロンビア代表アタッカーとの数奇なライバル物語をお届けする(全2回)

 フットボーラーのキャリアは、一寸先が闇だ。

 実績を積み上げて強豪クラブに迎え入れられ、輝かしい未来が待ち受けていると思われた逸材が、故障、コンディション不良、技術的なスランプ、あるいは人間関係などのために実力を発揮できず、居場所を失うことがある。その一方で、それほど大きな期待をかけられていなかった選手が急成長を遂げ、主力となり、のみならずさらに格上のクラブから巨額の移籍金を積まれて華麗なステップアップを遂げることもある。

 ただし、そのような状態がずっと続くとは限らない。両者の立場が再び入れ替わることも、十分にありえる――。

ポルティモネンセで飛躍し、中東経由でポルトへ

 2019年7月、2人の若いアタッカーがポルトガルの名門ポルトの門を叩いた。

 1人は、中島翔哉(当時24歳)。小柄で華奢だが、トリッキーなボールタッチと切れ味鋭いドリブル、精巧なスルーパス、強烈なミドルシュートが持ち味。東京ヴェルディのアカデミー出身で、カターレ富山、FC東京を経て2017年夏、ポルトガル1部の中堅クラブ、ポルティモネンセに加わった。

2012年、東京V時代の中島 ©Getty Images

 海外移籍を機に、中島は大きく飛躍する。すぐに左ウイングのポジションをつかみ、伸び伸びとプレー。リーグ戦29試合に出場し、10得点12アシスト。華麗なテクニックと創造性を披露し、地元メディアから「ファンタジスタ」と謳われた。

 日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督の目にも留まり、2018年3月のマリ戦に初招集されていきなり初得点。2018年ワールドカップ(W杯)出場こそ逃したが、大会後、森保一監督が就任すると、代表の常連となる。南野拓実(現リバプール)、堂安律(現PSV)と息の合った連携で美しいゴールを決めてファンを魅了し、「三銃士」とも呼ぶメディアも現れた。

2018年、日本代表での中島 ©Takuya Sugiyama

 2018-19シーズンの前半も、ポルティモネンセでリーグ戦13試合に出場して5得点6アシストと好調。多くのクラブからオファーが舞い込んだが、2019年2月、日本フットボール史上最高となる推定3500万ユーロ(約45億6000万円)の移籍金でアルドゥハイル(カタール)へ移った。

コパ・アメリカ後、与えられたナンバー10

 この年の6月から7月にかけてブラジルで開催されたコパ・アメリカ(南米選手権)にも日本代表の一員として出場し、グループステージ(GS)の3試合すべてで先発。大会直後、ポルトが彼の所有権の50%を1200万ユーロ(約15億7000万円)で買い取り、5年契約を結んだ。

 クラブは中島に背番号10を与え、会長は「どうしても欲しかった選手。攻撃の中心としての活躍を期待している」と語って小柄な日本人を抱き締めた。

 ポルトは、欧州チャンピオンズリーグ(CL)を2度、欧州リーグを2度、ポルトガルリーグを16回(当時)制覇しており、国内ではベンフィカ、スポルティングと並ぶ強豪だ。欧州全体では、レアル・マドリー、ミラン、バイエルンといった超ビッグクラブのすぐ下に位置する。

 過去、ポルトガル代表MFデコ、コロンビア代表FWラダメル・ファルカオ、ブラジル代表FWフッキら多くの名手がこのクラブでの活躍を土台にして世界のトップ選手となっており、中島も同じようなサクセスストーリーを描くことが期待された。

ライバルとの序列が決定的に変わった一戦とは

 もう1人は、コロンビア代表FWルイス・ディアス(当時22歳)。爆発的なスピードと華麗なテクニックを誇る左ウイングで、コロンビアのジュニオールから移籍金722万ユーロ(約9億4000万円)で加入した。才能豊かな若手だが、当時は決定力に難があり、コロンビア代表でも控えだった。

 ポルトのセルジオ・コンセイソンが主として用いるフォーメーションは4−4−2で、2トップにはセンターフォワード(CF)タイプの選手を並べることが多かった。監督は、この2人に2列目左サイドのポジションを競わせた。

ポルト時代の中島(2020年2月) ©Getty Images

 中島はコンディション調整に手間取り、シーズン序盤は主としてディアスが先発で起用された。ポジション獲得を狙う中島にとって1つの分岐点となったのが、9月15日の古巣ポルティモネンセ戦だった。

 後半途中から2点リードの状況でディアスに代わってピッチに立ったが、ドリブルを仕掛けてはボールを失うことが続く。守備面では、対面した右SB安西幸輝(現鹿島アントラーズ)へのマークが甘く、フリーにしてミドルシュートを叩き込まれてしまった。

中島の立場を悪化させた出来事とは

 ポルトはアディショナルタイムの得点で辛うじて勝利をつかんだが、コンセイソン監督は激怒していた。試合後、すぐにピッチへ入ると、中島を厳しい口調で叱りつけた。地元メディアは「監督は、中島のプレーが独りよがりで、守備面での貢献も不十分と考えたようだ」と報じた。

 これに対し、ルイス・ディアスは縦への突破でチームに多くの決定機をもたらし、守備面でも体を張っていた。監督の評価と期待が中島よりもディアスに傾いているのは明らかだった。

 さらに、シーズン後半、全く想定外の出来事が中島の立場を決定的に悪化させる。

 2020年3月、新型コロナウイルスの感染が世界中で拡大し、ポルトガルリーグも中断を余儀なくされた。それでも、ポルトガルは欧州他国と比べると感染者の数が少なく、5月初め、各クラブはリーグ再開に備えて練習を始めた。

 中島も当初は練習に参加していたものの、5月中旬以降、練習に参加しなくなった。中島の代理人は「新型コロナウイルスへの感染を恐れ、中島の家で働いていた日本人のお手伝いさんらが日本へ帰国してしまった。夫人は幼い娘の世話で忙しく、しかも体調を崩したことから、中島は自宅で夫人と娘の面倒を見なければならなくなった」と説明した。

 しかしチームメイトとて、皆、家族がある。地元メディアは「クラブ内で、中島の行動は“職場放棄”と受け取られているようだ」と報じた。

 6月初めにリーグが再開されたが、中島は依然としてチーム練習に姿を見せなかった。中島について聞かれたコンセイソン監督は「彼の問題は、クラブ上層部に解決を委ねた」と吐き捨てた。ようやく6月下旬になって、中島はチームに復帰したい意向をクラブ側に伝えた。だが、監督はチーム練習への参加を認めず、中島は練習場の片隅で1人で体を動かした。

中島が出番を失う中、ディアスは50試合14得点7アシスト

 ポルトは、2節を残してリーグを制覇すると、ポルトガル杯も決勝で宿敵ベンフィカを下して2冠を達成した。しかし、中島の姿はピッチはおろかベンチにもなかった。

 2019-20シーズン、中島はチームが戦った56試合のうち28試合に出場して1得点3アシスト。ただし先発したのは7試合だけで、エースナンバーをつける選手としては物足りなかった。2019年11月を最後に、日本代表へも招集されなくなった。

2020年2月の中島 ©Getty Images

 一方、ディアスは50試合に出場して、14得点7アシスト。プレー時間の合計は中島の2倍を優に超えていた。コロンビア代表でも、先発出場する試合が増えた。

 地元メディアは、「コンセイソン監督は中島のプレー内容もさることながら、コロナ禍とはいえ練習参加を拒んだことがチームの和を乱したと考えている。来季の戦力とはみなしていないようだ」と伝えた。

市場価値が入団時の半分にまで下落する中で

 監督は、かつてポルトでも活躍した名MF。2017年、監督に就任してこれが2度目のリーグ優勝で、しかも二冠を達成したとあって、クラブ内の立場を盤石にしていた。その監督が中島を戦力と考えていないのであれば、チームに中島の居場所はない。

 多くの地元メディアが「ポルトは、中島を売却するか期限付き移籍させるかの二者択一を迫られている」と報じた。しかしこの時点で、中島の市場価値は1200万ユーロ(約9億4000万円)と入団時の半分にまで下落していた。

 ポルトとしては、投資した金額をできるだけ回収したい。しかし、それは極めて困難な状況とあって「中島はポルトの不良債権。クラブにとって、頭痛の種だ」という声まであった。

 2020年8月末、ポルトのプレシーズンの練習が始まり、中島の姿もあった。3カ月半ぶりの練習参加である。地元メディアは「コンセイソン監督の中島への“お仕置き”が終わったようだ」と報じた。

 ところが、その後、中島の練習参加について聞かれた監督は「今、ナカジマがここにいるのはチームメイトが望んだから」と語った。つまり、監督が望んだことではないと言うのである。そして「技術的に、彼は素晴らしいものを持っている。しかし、フットボールは技術だけでするものではない」、「チームにとって最も重要なのは、ハーモニーだ。彼がそれを再び乱すようなら、ここに留まることはできない」と厳しい口調で語った。

昨季は中島が定位置を奪回するかに見えたが

 2020-21シーズンが開幕すると、2列目左サイドで先発するのは、やはりディアスだった。それでも中島は10月24日のリーグ戦で先発し、左サイドを突破してクロス。CFが蹴り込み、これが決勝点となった。チームメイトから祝福を受けると、中島は久々に笑顔を浮かべた。

 その直後の欧州CLの試合でも、途中出場で得点につながる絶妙のスルーパス。苦手の守備でもスライディングタックルを見せるなど奮闘し、勝利に貢献した。

 一方、ディアスはほとんどの試合で先発していたが、好不調の波があり、途中交代を命じられることが少なくなかった。中島にもレギュラーポジションを奪い取る可能性はありそうだった。

2020年12月5日の試合が、現時点で中島翔哉にとって最後のポルトでのプレーとなっている ©Getty Images

 ところが、その後の試合では、短い出場時間で違いを作り出すことができない。12月5日のリーグ戦で途中出場したのを最後に、ベンチにも入れなくなった。

 このような状況で、2021年1月、ポルトは中島のアルアイン(UAE)への半年間の期限付き移籍を発表。コンセイソン監督は「彼にはかなりチャンスを与えたが、結局、チームに馴染めなかった」と説明した。

 後編では、ポルトを追われた中島の軌跡を追い、彼の今後を展望する。<続く>

文=沢田啓明

photograph by Global Imagens/AFLO