大谷翔平が花巻東高校時代に目標設定として有効活用したことで知られる「マンダラチャート」。考案者に若き大谷の秘話やチャートの使い方、教師時代の話を聞いた(全2回)

 目標を実現させたメソッドは、エンゼルス・大谷翔平だけのものではない。学生でも会社員でも、誰もが活用できる。実際に3歳の子どもから92歳のお年寄りまで幅広い年代の人たちが、あのチャートを使っている。

エンゼルス1年目の2018年 ©Nanae Suzuki

 大谷がメジャーリーグでMVPを受賞して脚光を浴びた「マンダラチャート」。正式名称「オープンウィンドウ64」と呼ばれるチャートをはじめ、「長期目的・目標設定用紙」や「日誌」など、大谷が指導を受けて取り入れたのが「原田メソッド」だった。考案者は原田教育研究所の原田隆史さんだ。

「3歳の子どもと大谷選手は、もちろん同じようにはできません。ただ、内容をカスタマイズすれば、どんな方でも成功できます」

ハードルを下げて継続できるための3つの方法

原田教育研究所の原田隆史さん ※同研究所提供

 原田さんは目標を実現させるためには「オープンウィンドウ64」だけでは不十分だと強調する。目標までのシナリオや計画を描く「長期目的・目標設定用紙」や、目標に近づけているかを毎日振り返る「日誌」や「ルーティンチェック表」など、複数のシートをセットにして初めて高い効果が生まれる。誰もが大谷のように細かい行動計画を立てたり、毎日を詳しく振り返ったりすることはできないかもしれない。

 だからこそ、最初のハードルを下げて継続できるように、原田さんは3つの方法を提案している。

(1)シートのカスタマイズ
 大谷の「オープンウィンドウ」は計64マスに目標達成に必要な行動が記されている。しかし、マスを16個にしたり、「長期目的・目標設定用紙」や「日誌」の項目を減らしたりすることも可能。原田さんは、それぞれが継続できる分量にすれば良いと話す。

(2)仲間
 目標に向かっている途中に挫折しそうな時はある。そんな時に支えとなるのが、一緒に努力する仲間。原田さんはグループで取り組むことを成功の鍵に挙げる。企業などから依頼を受けた際は、成功経験のあるチューターをグループに入れる時もあるという。

(3)3日坊主OK
 最初は意気込んでいても、すぐに心が折れてしまう「3日坊主」。多くの人が経験しているが、原田さんは「3日坊主も10回続けば1カ月分になります。一度休んでも構わないので、辞めずに続けるのが大切」と説く。

 大谷の成功で広く知られることになったが、原田さんの研究所にはスポーツ選手だけでなく、企業からの依頼も多い。これまでに「原田メソッド」を導入した企業は500社、10万人以上。大阪府警や三重県の消防など公の機関でも採用されている。テキストは英語やドイツ語などにも翻訳され、台湾では漫画になっている。現在、25の国と地域まで拡大しているという。

 原田さんが目指すのは「自立型人間」の形成。人格や心を土台にして、仕事も勉強もスポーツも芸術も、あらゆる分野で能力が発揮されると考えている。「原田メソッド」によって、多くの人の目標達成を後押ししてきた原田さんだが、メソッドの原点には忘れられない体験がある。

「教員時代に生徒が亡くなりました。適当にやっていたわけではありませんが、教育は気を抜くと子どもの命を失ってしまうと痛感しました。生徒の命を守る、いじめを防ぐ教育を考えた時にたどり着いたのが、心をつくる指導でした」

家庭内暴力やバイクの暴走事故で生徒が

 現在61歳の原田さんは42歳まで20年間、大阪で公立中学校の教師をしていた。担当教科は保健体育だったが、生徒指導を専門としていた。

※写真はイメージです ©Getty Images

 当時は荒れている学校が多かったという。在籍した中学校では、家庭内暴力やバイクの暴走事故で生徒が命を落とした。生徒指導といえば、服装や生活の乱れを直し、進学や就職の相談に乗るのが一般的だが、まずは学校の秩序を保つ必要があった。原田さんは最初に陸上競技の部活を通して学校の立て直しに乗り出した。自身も学生時代にやっていた陸上で、部活の顧問や監督に就いた。

「問題を抱えている子どもたちにスポーツを通じて、リーダーシップやセルフマネージメントを教えました。陸上部を立て直して、陸上部員がいるクラス、さらに学年、学校、家庭、地域を変えようと考えました」

 原田さんは勤務3校目となった中学校で目覚ましい結果を残した。全国大会、国体、ジュニアオリンピックなど、陸上部を7年間で13回の日本一に導いたのだ。原田さんの教育方針には3本の柱がある。

「時を守る」、「場を清める」、「礼をただす」。

 具体的な行動としては「時間厳守」、「清掃活動」、「あいさつ・返事・ありがとう」を意味する。この3つを進めていくことで生徒は成長し、学校に秩序が生まれた。生徒と本気で向き合うために、武道も学んだ。「護身が必要なほど学校は荒れていました。生徒や保護者と対峙するには勇気も必要ですし、自分の自信にもつながりました」。少林寺拳法にテコンドー、糸東流空手。柔道は講道館に通って黒帯を取り、日本拳法は社会人全国大会で準優勝のメンバーにも選ばれている。

子どもたちや会社員にこそ効果を伝えたいワケ

 大谷の成功で一気に注目度が高まった「原田メソッド」だが、原田さんは子どもたちや一般の会社員にこそ、効果を伝えたいと力を込める。

 現在、特に力を入れているのが不登校の児童・生徒を対象にしたインターネットの学校「クラスジャパン小中学園」。原田さんは校長を務め、子どもたちの居場所や学びの場をつくっている。

「全国の小中学校で年間30日休む子どもたちが今、19万人います。クラスジャパンに在籍する子どもは900人。まだ全然、追いついていないんです。だからこそ、全国どこからでも学べるインターネットの学校をつくりました。不登校で悩んでいる、困っている子どもや保護者に、新しい教育があると知ってほしいですし、何とか思春期の子どもたちの力になりたいと思っています」

 文部科学省によると昨年度、不登校の小中学生は全国で19万人6127人だった。小学生の100人に1人、中学生の24人に1人が学校に通っていない計算だ。

 さらに深刻なのが、子どもの自殺。昨年度は小学生から高校生まで415人が自ら命を絶った。少子化で子どもの数が減っているにもかかわらず、不登校の数も自殺者の数も過去最多を更新している。心の問題は子どもだけにとどまらない。厚生労働省の発表では昨年度、これまでに最も多い608人がうつ病など精神疾患で労災認定を受けた。心を育てる「原田メソッド」が企業からも需要が高まっているのは必然といえる。

※写真はイメージです ©Getty Images

「世の中が自信の低さで沈滞していると感じています」

 原田さんは、こうした問題の背景にあるのは「やれる、できる」と自分の能力に自信を持つ「自己効力感」や、つらい時も自分の価値を見失わない「自己肯定感」のいわゆる自信の欠如だと考えている。そして、自信を高めるために「長期目的・目標設定用紙」、「オープンウィンドウ64」、「日誌」などのツールをすすめてきた。

「世の中が自信の低さで沈滞していると感じています。設定した目標に向けて具体的な行動を記して、日々の良かった点を振り返る。地道にシートへ記入するだけで、誰でも自信を高められます。大谷選手のための教育、メソッドではないんです。今がしんどいと思っている人、自分の能力が低いと悩んでいる人も、やり方次第で可能性は広がります」

 原田さんがメソッドを構築したのは大阪府の公立中学校。つまり、私立の学校や企業、スポーツチームのように人を選べる環境ではなかった。その中で生まれたものだからこそ、万人に効果があると信じている。そして今、原田さんは大きな夢を描いている。

「心を育てる指導や教育を、もっと世の中に還元できるシステムや学校をつくりたいんです。国語、算数、理科、社会ではなく、国語、算数、原田メソッドに日本の教育を変えたいと真剣に思っています」<前編から続く>

文=間淳

photograph by Nanae Suzuki