昨シーズン限りで国内トップリーグを担当する審判員を退いた、プロフェッショナルレフェリーの家本政明(48歳)。判定を巡った抗議やバッシングに遭いながらも、笛を吹き続けてきた男の半生を今、改めて振り返る。全3回の#3(#1、#2へ)

 2020年シーズンのJ1最終節を終えて1週間後だった。家本政明はあと1年限りで第一線を退く決意を固め、それを妻に告げた。

 あっさりと受け入れてくれた。

「妻からは“お疲れさま”と言ってもらいました。次に何をやるかは具体的に見えていない。それでも“1ミリも心配していない。何をするのか逆に楽しみ”と。凄い人だなって思います(笑)」

 妻の反応は予想したとおりではあった。というのも、自分が出した結論に反対されたことは今まで一度もないからだ。

 思えば彼女にプロポーズをして初めて試合に招待したのが、あの2008年のゼロックススーパーカップだった。大荒れの試合の“主人公”となったレフェリーにはブーイングや罵声が飛び交った。スタンドにいた彼女の耳にも届いていた。これまでサッカーに対する関心がまるでなかった婚約者にしてみれば、ショッキングな出来事だったに違いない。

 事態が大きくなったことでJリーグの担当割り当ても当面見送られた。挙式も延期しなければならなくなった。それでも妻になる人は会えばいつもどおりに温かく笑顔で接してくれた。ありがたかった。もう一度レフェリーとして、あのフィールドに立ってサッカーを楽しみたいと思えるようになったのも彼女の存在があったからだ。

審判人生を振り返り、家族のサポートに感謝した (c)J.LEAGUE

 その年の11月に入籍を済ませ、翌年に結婚式を挙げた。あれから10年以上、ずっと支えてくれた。

 1年後――。

 2021年11月1日、Jリーグの担当審判員から卒業することが日本サッカー協会から発表され、サンフレッチェ広島とFC東京との一戦(11月27日)を終えると残すは1試合のみとなった。

 やることはいつもどおり。

 試合を終えると当日ないしは翌日までに担当試合の映像を1.5倍速で見て、自分のレフェリングを振り返る。判定はどうか、自分のポジショニングはどうか、試合の流れをちゃんとつかめていたか、ノイズを立てていなかったか(試合をノッキングさせていなかったか)をチェックする。ただ家本はそれで終わりにしない。ノーマルの速度でもう1回、映像を見ることにしている。これは純粋に戦術や選手の特徴など「サッカー目線」を磨くためでもある。ファン、サポーターの反応なども頭にインプットしておく。

 広島から翌日に帰京して映像をチェックするとともに、自転車で汗を流すことも忘れない。次の試合に向けたコンディション調整としてはベタ休みせず、試合の3日前に高強度トレーニングを取り入れて、2日前、1日前は疲労を抜いて軽めに済ましておくと当日は万全になる。48歳という年齢とシーズン終盤の状況では疲労回復の重要度が増す。やりすぎないことが大切になる。

 かつては対戦カードの情報を予習しておくことが常だったが、2012年以降はやらなくなったという。「自分の場合は変に事前情報を入れてしまうと、それに引っ張られて目の前の変化に鈍感になったり、起きた出来事に素直に向き合えなかったりとリスキーだから」という結論に至ったからだ。

3万人以上が見守る中でのラストマッチ

 12月4日、日産スタジアム。

 前年同様に独走で2連覇を決めた川崎フロンターレをホームに迎えた2位・横浜F・マリノスとの最終節に“消化試合”の雰囲気はなかった。

 新型コロナウイルスの感染状況が落ち着いていたことで規制が緩まり、この日は晴天のもと3万人以上のファンが集まっていた。

 試合前のルーティンは、ウォーミングアップしながら同じくウォーミングアップする両チームの選手たちをよく観察すること。個々の動き、表情、仲間との連動や全体の空気感まで自分なりにつかんでおく。

 あのときもいろんな情報が目から耳から入ってきた。

「消化試合という雰囲気は本当にゼロでした。勝利に対する意欲もさることながら、F・マリノスなら前田大然選手を、フロンターレならレアンドロ・ダミアン選手を得点王にさせたいっていう強い思いが溢れ出ていましたし、全員が試合に集中していました。これはもう最初から両チームともガンガンいくだろうなと予想しました。前田選手はいつもどおりの感じで、逆にレアンドロ・ダミアン選手は少し硬い気がしましたね」

横断幕を掲げてくれたサポーターへ挨拶に向かう家本 (c)J.LEAGUE

 家本の予想どおり、両チームともスタートからテンションが高かった。クリーンなファイトが繰り広げられ、笛を吹く機会すら少ない。

「もちろん僕自身も試合に集中できていました。両チームの持てる力を引き出し、お客さんに最高のフットボールを提供するのが自分の仕事。みんな集中しているし、すごくいい試合になるんじゃないかなと思いながらレフェリングしていました」

 前田、レアンドロ・ダミアンがともに1ゴールをマークして1−1のドローに終わった。時間が経つのがとても早く感じた。最後の試合だからという感慨は特にない。選手、ファン、そして自分も楽しかったと思える試合に携わったことをただただうれしく思えた。

 第一線を退いてからは、トップレフェリーの経験を活かしてサッカーの魅力を高めていく活動に入る。ただ、現段階でも具体的にはまだ何も決まっていないという。

「本当にこれからなんです。だって誰もやったことのないことをやろうとしているので。自分で何かアクションを起こしたり、発信したり、メディアに出たり……いろいろとチャレンジしていきたいとは思っています」

Jリーグ歴代最多となる516試合の笛を吹いた家本。記念ユニフォームを贈呈され、撮影に笑顔で応じた (c)J.LEAGUE

 レフェリーの仕事は試合の振り返りまでが一括り。この先に担当試合がないと分かっていても、それが家本政明という人間だ。

 翌日いつものように1.5倍速で自分のレフェリングをチェックした。

 判定はどうか、自分のポジショニングはどうか、試合の流れをちゃんとつかめていたか、ノイズを立てていなかったか。

 どの項目も、「◎」をつけることができた。10点満点の自己採点で、なかなか出せない「9.5」をつけることができた。

 次にノーマルの速度、「サッカー目線」で振り返った。

 スリリングでスピーディーで魅力的で。一番間近で見てきたはずなのに、ゾクゾクしてくる自分がいた。

 次なる己の使命が何か、あらためて背中を押された気がしていた――。

文=二宮寿朗

photograph by J.LEAGUE