かつて中村俊輔が在籍したセルティック。21−22シーズンには4人の日本人選手が所属する中でリーグ優勝を果たした。古橋亨梧、前田大然、井手口陽介、旗手怜央の4人に現地で直撃。セルティックでの思いなどを聞いた(全4回/前田編、井手口編、旗手編も) リーグ優勝で喜ぶ(左から)井手口、古橋、旗手、前田 ©Getty Images

 古橋亨梧がグラスゴーにやってきた昨夏、グラスゴーで日本人サッカー選手といえば中村俊輔だった。

 2005年から4季プレーした中村は国内リーグ、チャンピオンズリーグで印象的な活躍を見せ、07年には年間MVPを受賞するなど、北の地の人々の心に今も残り続けている。

セルティック時代の中村俊輔 ©Sports Graphic Number

 かつての中村のような活躍を見せてくれるのか。久しぶりに日本人を迎え入れたセルティックファンはそんな淡い期待を抱いていた。

 ハードルはずいぶんと高かった。しかし彼らが古橋の名を叫び、地響きに似た声援を送るまでにはほとんど時間はかからなかった。

神戸に来てからは、アンドレスたちと……

「やれる自信はありました」と古橋は言う。神戸で経験を積みゴールを重ねた。日本代表にも選ばれ、結果もついてきた。セルティックからのオファーが舞い込んできたのは26歳の夏だ。

「オファーをいただたときは、その時がきたのかなと。岐阜と神戸という素晴らしいチームでやれたことで自信もついていましたし、小さな頃から海外でやりたかったので」

 小学校のとき、クラブワールドカップで来日したロナウジーニョを目にし、人智を超えた技巧に感銘を受けた。高校の頃にはバルサ好きの監督の下、バルサの試合を見ながらミーティングを繰り返した。実際に現地にも行った。中学の時に1度。高校で2度。3年前にはプライベートでスペインを訪れた。

「現地のサッカーを肌で感じて、すごいなと。神戸にきてからは、アンドレス(イニエスタ)、ルーカス(ポドルスキ)、ダビ(ビジャ)ら素晴らしい選手に囲まれて、日々練習が楽しかった。彼らと出会えたことで、より海外でプレーしたいという気持ちになった」

「言い方は悪いけど、相手を殺すかのような」

 彼らに欧州の話を聞く機会もあり、ある程度想像はしていた。しかし、実際にスコットランドのピッチに立ち体をぶつけた相手は、想像よりも大きく、激しかった。

「刈りとるような勢い。言い方は悪いけど、相手を殺すかのような。球際が激しくて、がっつりくる。単純に身体能力が高く、体つきも大きいからパワーもあるし、その割には俊敏に動ける。チームとして組織的ではあるんですが、最終的には個の力で奪い切る感じですね」

 奪い切る守備がベースとなる英国と、抜かれない守備が前提の日本。目の前の敵の思考はまるで異なる。古橋は決して体は大きくはない。海外での初めてのシーズン、刈りとられないために彼は何を考えているのか。

「まずは自分の持ち味をだそうと。去年1年、神戸でFWとしてプレーして、自分の持ち味は裏抜けとゴール前のポジショニングなんだなと。それをスコットランドでも続けないといけない。言葉の壁はあるけど、それで信頼感は得られると思いました」

 いつも見てくれる感覚があった、というイニエスタはもういない。意思を伝えようにも英語力は限られている。とにかく自分のプレーを見せ、結果に結びつけるしかなかった。

ゴールが決まるごとに、やりやすくなっていって

 大きかったのは初先発でのハットトリックだ。ホームでの初試合で古橋は3度ネットを揺らし、まだ彼のことをよく知らなかったファン、そしてチームメイトに強烈なインパクトを残した。すぐにパスが集まるように。駆け出しの重要性を改めて感じた。

ハットトリックを決めた試合の古橋 ©Steve Welsh/Getty Images

「ゴールが決まるごとに、やりやすくなっていって。周りの信頼ももらえ、パスも出るようになった。FWなのでとにかく結果が大事。その意味で早く点をとることができてよかった。そうやってより周囲との絆が強くなっていったのだと思います」

 シーズンを折り返すまでに数々の重要なゴールを決め、タイトルももたらした古橋はもはやチームに欠かせない選手になっていた。負傷による離脱は想定外だったが、4月にはピッチに復帰。待ち望んでいたファンの喝采を浴び、1年目で優勝を決めた。今では彼を中村と比較する人はいない。

「最初の頃はファンに会うたびに『俊輔、俊輔!』と言われてましたし、俊輔さんがここで築いたものは本当にすごい。ただ、比較されるプレッシャーはそれほどなかったです。僕は僕であって、俊輔さんとはプレースタイルもポジションも違う。僕自身であり続ければ、同じ土台に立てるとは思わないけど、少しでも近づけるはず。そして古橋亨梧というイメージを色んな人に持ってもらえると思う」

「また他の日本人が来た時に入りやすい環境を」

 グラスゴーという土地の半分において、日本人フットボーラーへの評価はこれまで以上に高くなっている。中村が築いたものを12年後に古橋が引き継いだわけだ。

©Mark Runnacles/Getty Images

「セルティックといえば俊輔さんや水野(晃樹)さんの印象が強いので、そのふたりのイメージを潰さないように僕はとにかくがんばらないと。素晴らしい選手がここでプレーしていたので、その名に恥じぬように。そうすることで、また他の日本人が来たときに入りやすい環境をつくる。現地のファンに、日本人はすごいと思ってもらえるようにしたい」

「日本人もライバルと思っている。こっそりと」

 昨冬には前田、旗手、井手口が次々とやってきた。今では日本人選手は4人だ。

「半年で3人も来るとは。嬉しいですし、逆に日本人もライバルと思っている」

 いい意味でも競争?

「はい。こっそりと」

 前田や旗手は、古橋が負傷で離脱していた時期に日本代表でもプレーしている。カタールワールドカップ出場を決めたピッチに、古橋は負傷により立つことができなかった。センターフォワードのポジションはいまだに確定と言える存在がおらず、これから数カ月間は、日本代表FWの座をめぐる競争も待っている。

©Craig Williamson/Getty Images

「昔から国を代表する選手でありたいとずっと思っていました。日本代表というのは、サッカーをやっている誰もが憧れる場所です。でも、僕はまだまだがんばらないと選んでもらえない。そのために必死に頑張っている最中ですね。代表での序列を覆すには、僕はFWなので目に見える結果が大事になる。もっともっと、ここで点を取り続けていきたいですね」

<つづく>

文=豊福晋

photograph by REUTERS/AFLO(Celtic FC)