言葉がなくても、人を動かすことはできる。セ・リーグペナントレース序盤、広島は「つなぎの野球」で下馬評を覆す好発進を見せた。2020年から佐々岡真司監督が言い続けてきた中で確立できなかった形は、絶対的な存在だった鈴木誠也という主砲が抜けたことがチーム全体に「つなぐ野球をやらないといけない」というメッセージになって、達成されたように感じる。

 そんなチームの先導役のように、進むべき方向を照らしたのが上本崇司だった。

 明治大学を経て、鈴木と同じ12年のドラフトで、鈴木に次ぐ3位で広島に入団した。年齢も選手としてのタイプも違う。プロで歩んできた道のりもまた違う。10年目の今年、プロ入り後初の開幕スタメンに名を連ねた。

 スポットライトを浴びる選手をずっとそばで見てきた。1年目で一軍デビューを果たしたが、レギュラー争いに加わることはできなかった。二軍ではスタメン出場しても、一軍では代走や守備固めのポジションを狙う立場。当時は一軍に切り札的存在だった木村昇吾がおり、チーム状況で一軍に昇格することはあっても、なかなか定着はできなかった。

 気付けば「守備走塁の人」というイメージがついていた。長所であることに変わりはないが、レギュラー獲りのためにはそのイメージを変える必要がある。

 イメージを覆す作業は、ゼロからのスタートよりも大変だ。

 それでも一軍である程度の地位を築き始めた3年前の春季キャンプ。まだ調整初期段階のシート打撃でただ1人、最後まで打席が与えられなかったことがあった。経験のため参加しているような若手でも打席が与えられた中での扱いに、普段はあまり感情を表に出さない上本が珍しく、怒りのような悔しさを体全体から放ちながら球場を後にした姿が印象に残っている。

 プロである以上、誰もがスタメンの座を狙っている。役割を受け入れ、責任を感じつつも、どこかで「見返してやる」という気持ちを胸に秘めていたのだろう。

恐怖の「8番」打者

 シーズンでのスタメン出場はすでにキャリアハイを大きく更新した。打席で見せる粘りと執念、つなぎの意識は、調子を落とすチームに無言のエールを送っているようにすら感じさせる。

 試合数だけではない。常に8番の出場ながら、四球の数は巨人坂本勇人、ヤクルト村上宗隆、ヤクルト山田哲人に続き、リーグ4位の12個を選ぶ(4月21日時点。数字は以下同様)。打順は下位ながら、得点数も巨人坂本や丸佳浩らと並び、リーグ7位の12得点をマークする。打率は開幕直後の数字から大きく落とした中で、出塁率はリーグ6位の.408だ。

「8番上本」が絶妙に効いている。

 開幕から22試合連続1番出場の西川龍馬がリーグ2位タイの14打点を挙げているのは、8番上本のチャンスメークがあってこそだろう。4月20日巨人戦でも5回1死走者なしから四球を選んだ上本が、1番西川の2ランで先制のホームを踏んでいる。

 13日のヤクルト戦は1打席目から三塁失策、死球、死球と3打席続けて塁に出て、9番投手床田寛樹の犠打で進塁後、2度本塁に帰ってきた。投手にしてみれば、脚力のある上本ならば完璧なバントじゃなくてもなんとかしてくれる、と気持ちが楽になる効果もある。

 2死走者なしで打席を迎えても、簡単に終わらない。出塁して投手まで打席を回すことができれば、次の回は1番からの好打順となる。スポットライトが当たらない仕事が、「つなぎの野球」のリズムを良くしている。好成績だからといって打順が上がらない理由も、簡単にスタメンから外れない理由もそこにある。

プロ10年目の境地

 今年は多くスポットライトを浴びている。ただ、どれだけスタメン出場を続けても、お立ち台に上がっても、称賛されても、上本は謙虚なままだ。

「手応えはないです。考え方じゃないですか、打席での。慌てなくなりました」

 自己評価はいつも厳しい。守備、走塁について聞いてもそうだが、打撃に関してはあまり多くを語ろうとしない。

 打撃についてはかつて、胸を張ってこう言っていたことがある。

「あのときは調子が良すぎて、どんな球でも打てる感覚がありました。あのときはつかんでいました。何でも打てると」

 “あのとき”というのは、広陵高3年夏のことだ。甲子園1回戦高知高戦では4安打2打点。敗れたものの、続く横浜高戦では先頭打者本塁打を含む2安打2打点をマークした。

 しばらくは“あのころ”を追いかけていたかもしれない。ただ、大学を経て、プロ入りし、新たな選手像を作り上げてきた。喜びはほんの一瞬。苦しみや悔しさを胸に、歯を食いしばり研磨された技術、精神力は独自の輝きを放つようになった。

 プロ野球人生も、ペナントレースもいいことばかりは続かない。数字上は好スタートした広島も実は連勝と連敗を繰り返している。これだけ試合に出続けることが初めての上本にとっても踏ん張りどきだろう。その姿をベンチで見つめる若手に示してもらいたい。歩んできた野球人生のように、地道な作業をコツコツと続けていくことで活路は見いだされる、と——。

文=前原淳

photograph by Sankei Shimbun