4年に1度の特別な五輪シーズンの、トップスケーターたちによる熱き戦いを振り返る別冊号『Number PLUS フィギュアスケート2021-2022シーズン総集編 誇りの銀盤』。同号に掲載した人気企画「アーティストが語る羽生結弦歴代プログラムの美」では今回、元宝塚トップスターの望海風斗さんにインタビュー。誌面本編に掲載できなかった内容を本記事では紹介します。

 宝塚歌劇団雪組トップスター時代から、抜群の歌唱力と幅広い役をこなす演技力、圧倒的な存在感でカリスマ的な人気を誇ってきた望海風斗。現在も舞台を始め、第一線で表現し続ける彼女は、実はフィギュアスケートの大ファンとしても知られている。現在発売中のNumber PLUSフィギュア別冊号で行ったインタビューでも、羽生結弦のアスリートとしての真摯な姿、そして彼が見せる表現の幅広さから、大きな刺激やインスピレーションを受け続けていると語ってくれた。

「『天と地と』は現地で拝見したんです。ちょっとマニアックなんですが、私は羽生選手の(ジャンプの)“踏み込み”が大好きで(笑)。生で4回転アクセルを見たときも“そうそう!これが好きなんだな”と鳥肌が立ちました。プログラムを拝見して感じるゾクゾク感というのは毎回更新されていますが、それは羽生選手が進化し続けているからこそ感じるものなんだと思います」

 現地で生観戦した昨年末の全日本選手権を思い出しながら、興奮気味に語る。2月の北京五輪に話が及ぶと、さらにその熱量は増し、言葉の数は増えていった。『天と地と』、そして最も好きだというプログラム『SEIMEI』については、知られざる秘話を含め語ってくれているので、ぜひインタビュー本編をご覧いただきたい。

「こんなにも美しく表現する選手がいるんだ」

 幼い頃、フィギュアスケート好きの友人の影響で、自然とフィギュアスケートに惹かれるようになった。中学生の頃には夢中になり、テレビで大会の中継を熱心に見ていたという。長野五輪のタラ・リピンスキー、トリノ五輪の荒川静香など、フィギュアスケートの表現の世界観や美しさに触れ、「私もこんなふうに綺麗に表現できたらいいだろうな」と魅了された。羽生の演技をよく見るようになったのは2014年のソチ五輪。それ以前から存在は知っていたというが、力強いジャンプが醍醐味だと思っていた男子シングルに、「こんなにも美しく表現する選手がいるんだ」と羽生の演技に魅せられ、「オリンピックでは必ず男子も見ないといけない」と2014年のソチ五輪では夢中になった。

「『パリの散歩道』は見ていてワクワクするというか、勢いを感じて、見ているこちら側もエネルギーがアップするようなプログラムだったので楽しかったですね。逆にフリーの『ロミオとジュリエット』はすごく繊細なものを見た気持ちになりました。私のなかでは、レオナルド・ディカプリオさんの映画の印象が強かったんですが、それともまた異なる、“熱さ”と“冷たさ”というものを感じました。男性の方が演じられる『ロミオとジュリエット』が、こんなにも美しくて華やかなのか……と。しかも、それでいてロミオの若さというものも感じられて。もっと知りたいと思うようになり、そこからハマって、羽生選手の世界に引き込まれましたね」

ソチ五輪

「『オペラ座の怪人』がベスト3に入る」

 実はそんな2人にはある共通点がある。

 望海と羽生はともにガストン・ルルーの小説を基にした作品を演じているのだ。望海は宝塚時代の2018年にミュージカル『ファントム』で舞台に立ち、羽生はソチ五輪後の2014-2015シーズンに、フリーで『オペラ座の怪人』で使用された楽曲を演じている。

 この曲を選んだ2014年当時、「一度は演じてみたかった」と羽生が話していた『オペラ座の怪人』は、北京五輪のエキシビションに向けた公式練習で披露したことが記憶に新しい。2014年からシングル競技でもボーカル入りの曲が解禁され、ファントムのつぶやくような歌声からスタートする『オペラ座の怪人』で、20歳の羽生は怪人の狂気と孤独を表現し、美しくも切ない表情で観客を魅了した。

『オペラ座の怪人』が、羽生の好きなプログラムのベスト3に入るという望海も、当時、内側からあふれ出す感情を表現した彼の演技を、息をのんで見守っていたという。ときには、羽生とファントムの姿が重なることもあった。

「当時、このプログラムをよく見ていて、音楽を愛しているからこそ、音楽をどのように表現するかをすごく考えていらっしゃっているなと感じました。私が演じた『ファントム』とは少しストーリーが違いますが、“怪人”と言われている悲しさ、また、それゆえの強さも感じました。それに、ただ単に『オペラ座の怪人』を演じているというだけではなく、作品を通して私たち観客も彼の世界に引き込まれていくんです。“怪人とはこういう人だったのかな”と想像させてくれるような1本の物語を、フリーの4分半(当時)で見せてもらったような気がします」

©Asami Enomoto

『人間誰しも秘密を持っている…』

 一方、宝塚で主人公の生い立ちまでを深く描いた『ファントム』で主人公を演じた望海は、どのように役作りを行っていったのか。

「土台をきっちり作らないと、台本をなぞっているだけではエリック(ファントム)の悲しみ、なぜそこまでしてクリスティーヌを求めるのかを表現できません。台本に描かれていない部分を、どんどん肉付けして、血を通わせていく。そういったことを考えながらお稽古に取り組んでいました。

『オペラ座の怪人』はクリスティーヌとファントムの関係性が強い作品ですが、『ファントム』は親子の関係性が強い作品です。『ファントム』の作詞・作曲を手掛けたモーリー・イェストンさんの音楽はとても母性に溢れていて、母性と父性、クリスティーヌと言う人間の温かみを感じられるのが『ファントム』の良さでした。だからこそ、私も音楽を大切に、素直に感じることが大事だと考えていました。

 実は当時、イェストンさんがお稽古に来てくださったんですが、『人間誰しも秘密を持っている』、『その秘密をそれぞれの役には見せないけれど、お客さんには見せる。それが役者の仕事でもある』とおっしゃっていて。それを大事にして舞台で演じていました」

「羽生選手はただ自分が楽しむだけではなく…」

 誰もが知る名作となれば、演じるプレッシャーはつきものだ。一方で、だからこそのやりがいもある。そうしたものすべてを含め、楽しさを感じながら望海は今も舞台で演じている。

「すでにみなさんが知っている物語、ストーリーであれば、より中身を深く掘り下げていくことができると思いますし、意外性を出したり、また違った魅せ方ができれば面白いと思います。“こういうものであるべき”という囲いを超える苦しみや大変さはあっても、それ以上に、それを超えていく面白さがあると思います。それこそが、名作をやる意味だと私は考えています」

 過去、『オペラ座の怪人』『ロミオとジュリエット』など名作を演じ、そして、近年は『SEIMEI』『バラード第1番』など、代表作を作りあげている羽生のプログラム。望海は、ジャンプやスピン、ステップのスキルや表現の進化はもちろんのこと、それ以上に、プログラムを通して訴えかけるメッセージの強さを感じている。

「ただ自分が楽しむだけではなく、人を楽しませるためだけでもなく、自分のスケートを通して、何か希望を見出してもらいたいとか、勇気を与えたいとか、強いメッセージを持って挑まれている。その時々に伝えたいこと、感じていること、そういった思いを表現するためにスケートを続けているのかなと思いますね。想像を絶する苦労とか、想像できないものをいろいろ抱えているからこそ、みんなが追い続けたくなる。そういう存在なのかもしれません」

文=石井宏美

photograph by Asami Enomoto