4月16、17日に開催された「人間将棋」に藤井聡太竜王が初出演し、話題となりました。観る将マンガ家の千田純生先生が2日目の様子を取材。イラストや写真で当日の様子や秘話を楽しく振り返ります!(全2回/#1も)

 藤井聡太竜王と佐々木大地六段が相まみえた人間将棋。

 基本的には将棋のルールで進むのですが――勉強のために第1日もネット配信で観ていました。そこで「全ての武者駒(人間)を最低一度は動かすこと」という暗黙のルールがあることを知りました。たしかに普通の将棋だと香車が動かないってこともあるから、香車役になった人としてみれば切ないもんな……と考えると、なかなかよくできたルールだなと。

※写真をクリック、スワイプするとマンガと写真で人間将棋の様子がご覧になれます

 そんな風に思いながら見ていると、第1日の対局を務めた上田初美女流四段と竹部さゆり女流四段の“煽り合い”が強烈だったんです。

「お主の将棋は人間将棋に向いておるのか!?」「首を洗って待っておれ!」

 その様子を解説の木村一基九段が楽しそうに見守っていたんですが(笑)、普段の対局が静寂の中で行われるのとは対照的に、“言葉のプロレス”で一種のエンターテインメントとして成立させるところに新鮮さを感じたんです。

「佐々木殿と師匠の深浦殿にはよく痛い目に……」

 さて、様々なイベントでトーク力を磨いている藤井竜王、そして対局中継での解説を見ていると、会話をとても上手く回す印象がある佐々木六段の応酬はいかに――とはいえ両者ともに初出場で年齢的にも若いし、初々しい感じになるんだろうなあ、と思っていたんです。

 でも木村九段に対局の意気込みを聞かれると、藤井竜王は“いつもの初手”である「そうですね」ではなく、こんな風にお話ししていました。

「本日は天童にお招きいただき、大変うれしゅうござる。佐々木殿と師匠の深浦殿には、よく痛い目に遭わされておるので、今日はその借りを返す絶好の機会じゃ! 全軍を躍動させて勝利を目指したい。いざ、尋常に勝負でござる!」

 ござるどころか「うれしゅう」「おる」「じゃ」「いざ」を駆使して、心得ておる(笑)。

 さらに、一応説明しますと――佐々木六段と師匠・深浦康市九段は藤井竜王からたびたび勝利を奪っており、「藤井キラーの深浦一門」なる見立てもあるほど。それを藤井竜王が自ら触れたってことは、もう公認ってことですよね? さらに「全軍を躍動させ」という表現に《全ての駒を動かしますよ》という宣言も入っているわけで。

「藤井殿……に、人間将棋は初めてではないのか、これ? 受けて立とう!」

 そりゃ、こんな感じで佐々木六段殿も驚くわけですよ。

「藤井殿、不動駒を取っていただき、かたじけない!」

 ほどなく対局はスタート。面白いのは一手ごとに2人が狙いを観客に伝えていく点でした。

「相掛かりで進めるでござる」
「ここは攻めようではないか」

 こんな感じで、初心者でも分かりやすい説明で対局が進んでいきました(解説の木村九段は「私がしゃべること、意外となくなるんですよねー」とネタにしていました)。

 なお対局場には戦場さながらの“かがり火”があったんですが――解説の大盤に近いこともあり、聞き手の竹部女流四段が「か、風向きによっては熱いんです」と言っていました(笑)。

大盤解説の2人と、かがり火

 対局はどうやら藤井竜王のやや優勢で進んでいった模様です。対局者が少しでも考えると木村九段が「10秒〜〜」と秒読みして、テンポアップしていたのも見逃せませんでした。

 その一方で、中終盤になると「全ての駒を1回は動かさないといけない」ルールで2人が頭を悩ませる場面も。

「まだ動いていない駒が、3つほどあるでござる!」
「藤井殿、不動駒を取っていただき……かたじけない!」

 普段の対局では絶対に見られない流れ、最高にホッコリしました。

©Junsei Chida

深々とお礼をしたら、鞘から刀が!

 感染防止対策を取りながらも武者駒の人々がスポーツのように動き回った対局は、藤井竜王が鮮やかに寄せ切って勝利しました。

 武者駒が全て動いたことに観客からは盛大な拍手、そして勝利した陣営は威勢よく勝ちどきを上げる――んですが、前編で少し触れた通り、藤井竜王は物見やぐらからハシゴで降りる必要があります。黒子役の忍者さんが必死にサポートしてましたが、「エイエイオー!」の声に少し間に合わず、ちょっと遅れての参加になってました。それに加えて藤井竜王らしい、深々としたお礼によって、刀が鞘から抜けかかる一幕も。こちらも忍者さん、超焦っていました(笑)。

藤井竜王が陣取った物見やぐら。けっこう高い

 囲み取材を経て最後は4人と駒役で参加した人たちが集って記念撮影。棋士の方々とともに、武者駒役の人たちがスマホで楽しそうに記念撮影していたのが印象的でした。「なんか学校の文化祭を思い出すなあ」と、さらに和やかな気持ちになって会場を後にしました。

天童市内も将棋文化にあふれていた

「帰りの新幹線まで少し時間あるので、天童市内の将棋文化を少し味わっていきません?」

 担当さんの言葉に乗って、市内のメーンストリート散策に出かけました。

 今期名人戦第7局の会場となっている「天童ホテル」には過去の名人戦の様子が飾ってあったり、歩道に詰将棋があったり。

普通に王将駒が看板になっている。すごい

 そして将棋駒販売所に入ると、工芸士の方がラジオをつけながら黙々と将棋駒を作っている様子を見学できました。なおかつ販売所の奥に行くと、加藤一二三九段ら名棋士の色紙や、中原誠十六世名人と桐山清澄九段が相まみえた第39期名人戦(1981年)の秘蔵写真などもありました。

「現在74歳の桐山九段が33、34歳だった頃なんですね。弟子の豊島将之九段がもうすぐ32歳になるから……歳が近いな! って感じで、歴史を照らし合わせるとエモくなりますね!」

 担当さんもこんな感じで興奮していました(笑)。なお天童駅に併設されている将棋資料館にも、市内で行われたタイトル戦の棋譜が飾ってあり、将棋史のタイムスリップ気分を味わえること間違いなしです。

 駅に到着し、最後はお土産さがし。天童独自の将棋駒である「左馬」は商売繁盛の守り駒ということで絶対ゲットしなきゃなと、しっかりと手に入れられました。その一方で……。

「こま八君のグッズ、いっぱい買ってきてね」

 出発前、将棋好きの妻氏からは鋭い視線で、こう告げられてました。

 天童市観光物産協会のキャラクターである「天童こま八」君はその名の通り、将棋駒の形をしたゆるキャラ。愛らしいフォルムだし、たしかに何個かほしいなあと思っていたんです。

天童駅前の物産販売店にいた「天童こま八君」

 さらに人間将棋の際、聞き手の竹部女流四段が「こま八Tシャツ」を着ていたのを妻氏は配信で見ていたらしく「Tシャツも買ってきなさい!」との指令が。僕(とそれを聞いた担当さん)は本気で焦ったんですが、お土産ショップに残り1枚だったTシャツを発見。先に買った左馬が、我々を救ってくれたのだと感謝するばかりでした。

藤井竜王たちを見送ろうと多くのファンが駅前で

 そんなこんなで帰りの新幹線まで時間つぶしで喫茶店にいると、駅前に人だかりが自然とできていました。

 どうやら地元の将棋ファン、さらには子どもたちが「藤井竜王ら棋士の皆さんを見送りたい」という思いで、しっかりとソーシャルディスタンスを取りつつ、到着した4人に拍手を送って見送っていました。それに対して藤井竜王もお礼をしながら駅構内へ入っていくという、なんという温かな風景。

「藤井くんって本当に礼儀正しいし、すごいスター性があるなあ」

 担当さんは、こんな会話を耳にしたそうです。

“藤井五冠が私たちの町に来る”

 今やそれが、本当に一大イベントなのだなとも気づかされた瞬間でした。

 タイトル戦などの対局は年1回、全国各地で開催されています。そこに来るだけでも人々の心が躍る。素晴らしい対局を僕らに見せてくれる1人の棋士であるとともに、真摯な姿勢とストーリー性によって、将棋の枠を超えた主人公になっている。さらに言えば、藤井竜王はそれだけの自覚を19歳にして背負っているのかもしれない――。

“藤井竜王の価値”を考えつつ新幹線待ちしてると

 そんなことを考えながら、駅構内で新幹線を待っていました。

 すると、目の前に姿勢よく歩くスーツ姿の青年が。

「ふ、藤井竜王でしたね……」

 1mもない距離でのすれ違い。あまりの出来事に身体と脳みそが硬直したまま、帰途につきました。

 人間将棋を筆頭に、この日の出来事は一生忘れないと思います。あと、想像以上に日差しが強くて、マスク焼けした自分の顔も(笑)。人間将棋の経験豊富な木村九段が対局前、藤井竜王と佐々木六段に「日焼け止め」を提供したと話していた理由がよくわかりました。まさに妙手……。

©Junsei Chida

「湯のまち天童 あなたの旅に、王手」

 天童市のWebサイトを見るとこんな風に書いてありました。同じ東北出身として、さらにはJリーグ好きとしてはモンテディオ山形のホームタウンでもあるので、また天童を訪れて、将棋の町を満喫したいものです!<前編から続く>

文=千田純生

photograph by Junsei Chida