4年に1度の特別な五輪シーズンの、トップスケーターたちによる熱き戦いを振り返る別冊号『Number PLUS フィギュアスケート2021-2022シーズン総集編 誇りの銀盤』。同号に掲載した人気企画「アーティストが語る羽生結弦歴代プログラムの美」では今回、俳優で歌手の石丸幹二さんにインタビュー。誌面本編に掲載できなかった内容を本記事では紹介します。

 北京五輪後初となるアイスショー「ファンタジー・オン・アイス」への出演が発表された羽生結弦。発売中のNumber PLUSでは、昨年末の「メダリスト・オン・アイス」での共演も記憶に新しい、俳優で歌手の石丸幹二にインタビュー。劇団四季時代にラウル役で舞台に立った『オペラ座の怪人』。その原作を良く知る立場から、インタビュー本編では羽生の役作りや垣間見える才能なども語ってくれている。

 現在、『健康カプセル!ゲンキの時間』、『題名のない音楽会』にレギュラー出演するほか、今夏には舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』の出演も予定している石丸。少年期から鍵盤、管、弦と様々な楽器に触れ、東京藝術大学の音楽学部声楽科を卒業、劇団四季ではミュージカル俳優としての確固たる地位を築いてきた。退団後は舞台、映画、TVドラマ、音楽、司会と、多彩な顔を見せている。

 音楽家としての高い専門性、エンターテイナーとしても超一流の石丸。ただ、過去にフィギュアスケートとの接点がどのぐらいあったかは、インタビュー前にやや不安もあったのだが、それも杞憂に終わった。

「はじめての衝撃は、1984年サラエボ五輪のアイスダンス、ジェーン・トービルとクリストファー・ディーンの『ボレロ』です」

 話を聞けば、そのはるか前からフィギュアには親しんでいたという。

「書道の筆で例えるなら、抜く瞬間が一番大事なんです」

 その後、男女ともに日本人選手が台頭するようになり、いよいよ羽生結弦の登場となる。

「この子は注目どころじゃないな。多分ものすごいことを起こすに違いない」

 若くて勢いがあり、粗削りではあるがそんな彼は言い知れぬ魅力を感じさせた。

 Number PLUSでは、2014-2015シーズンのフリー『オペラ座の怪人』の映像を改めて見た上で、舞台役者ならではの視点で熱く語ってもらった。石丸自身は劇団四季で上演された同ミュージカルに、ヒロインの恋人ラウル役で出演している。

2014-15シーズンにフリーで演じた『オペラ座の怪人』 ©Asami Enomoto

「羽生選手の『オペラ座の怪人』を見て思うのは、彼はプログラムの中で物語を表現しているということ。構成されている音楽によって、キャラクターや場面を演じ分けているかのように感じました」

「彼の凄さは、音のタイミングぴったりに跳ぶといったことではないんです」

 石丸の話で興味深いのは、着目点がジャンプのクオリティや一般に「音ハメ」と言われるリズムの捉え方ではなく、技の前後というところだ。その例えも独特である。

「書道の筆で例えるなら、抜く瞬間が一番大事なんです。下ろす瞬間も」

「抜く」というのは、墨を含んだ穂の腹、のど、先端の命毛といった順に、筆をすっと紙面から垂直に離す動作である。「下ろす」はその逆で、筆先から順に紙面に下ろす、いわゆる着筆の動作だ。どちらも力まず、されど神経を最大限に集中させることが求められる。

「抜く瞬間」と「下ろす瞬間」の重要性は、舞台上の役者も同じだという。

 例えば照明をふっと抜く加減を見極めた上で、そのタイミングに役者はどういう表情を残すか……。「羽生選手はそのあたりにも着目してリンク上で演技しているのでは」と石丸は考える。

「彼はアクターですね」

 少し間を置くとこう続けた。「演技が凄いのは誰もがわかることですが、そこに内包された『美』すら感じさせる。僕らくらいの年齢になると、その美が堪らないんです。大人を納得させるパフォーマンスをする。それが羽生結弦なのでしょう」

「袖のはためきひとつも計算されていますからね」

 インタビューの中で、羽生を語る石丸の言葉選びが、とても日本的なことに気づく。前述の書道の話もそうだが、他にも「武道」「四方礼」「侘び寂び」などといった言葉が、自然と口からこぼれた。

 石丸が羽生と共演した昨年末の「メダリスト・オン・アイス」で披露した『マイ・ウェイ』や、ミュージカルナンバーの『時が来た』『今この時』も、原曲の英語ではなく日本語の歌詞で情感たっぷりに歌いあげている。日本語の持つ奥深い美しさに特別な思いがありそうだ。

 羽生もまた「和」を意識したプログラムを演じている。代表作である『SEIMEI』も、北京五輪に向けて作られた『天と地と』も、衣装、振り付け、細部にわたる音作りまで、「和」の世界を余すところなく表現している。

昨年の四大陸選手権で2季ぶりに『SEIMEI』を演じた羽生 ©Asami Enomoto

 どうやらふたりには「和へのこだわり」という共通項があったようだ。ちなみに、石丸の好きなプログラムの一つが、『SEIMEI』だという。

「このプログラムは、日本に生きる人間としてより深い部分で分かり合えるというか。この言葉が的確かどうかは分かりませんが、侘び寂びの域まで達している気がするんです。派手ではないし、でもちょっと透かしてみると『美』が浮かんでくる。袖のはためきひとつも計算されていますからね。総合芸術として見応えありました」

「羽生選手に今後勧めたいプログラム曲は?」

 人生の転機はその大小にかかわらず、誰にでも訪れることだ。

 それは羽生たちアスリートも例外ではない。17年間、看板俳優として走り続けてきた石丸は、42歳の時に劇団四季を退団し、心身の休息時間を設けた。

「劇場の中と稽古場、そして家の三点往復ばっかりでしたからね。季節の移り変わりを感じることとか、社会の一員として多くの人たちと共に生きていることとかを、忙しさの中で省いてしまっていたんです。それが自分の時間を作ることによって、“ああ、こういうことだったのか”と、再認識する機会になりました」

©Asami Enomoto

 例えば、太陽が東から昇るとか、夕陽がこんな綺麗なんだとか…‥。今まで気にも留めずに見過ごしてきたことが、五感を通して一気に感じられるようになったという。そこには大きな副産物もあった。

「こうした気づきが、後にパフォーマンスをする上で、自分の中のパレットのひとつのスペースになり、より彩り豊かな絵の具が置けるような状態になりました」

 石丸の仕事の多彩さは、ここに秘密があるのかもしれない。

「フィギュアの選手たちの中には、現役が終わった後、プロの世界に向き合う人たちがいます。その際、リセットの時間をどれだけ大事に使うかが、その先の人生に影響を及ぼすんじゃないかな。僕もそこを経験してきたので……」

 最後に「羽生選手に今後勧めたいプログラム曲はあるか?」と尋ねてみた。

「僕の好きな音楽に、シャンソンがあります。中でも、アコーディオンやバンドネオンという、蛇腹を動かすことで音が出てくる楽器を使った楽曲が好きですね。余韻の中から音が始まって、余韻で音が終わっていく。そういう曲にチャレンジしても面白いかもしれませんね。空気が混じっているような音を羽生選手がどう表現するか、興味があります」

文=いとうやまね

photograph by Asami Enomoto