2021年から2022年(対象:12月〜4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト3を発表します。将棋部門の第1位は、こちら!(初公開日 2022年2月2日/肩書などはすべて当時)。 将棋界の「レジェンド」である羽生善治九段は、今期のA級順位戦で2勝5敗と負け越していて、A級から降級する危機に陥っている。名人経験者の棋士にとって、それに次ぐA級の地位はとても重いものがある。羽生九段の現状について、田丸昇九段が解説する。

 羽生九段は1996年に「七冠制覇」、2008年に「十九世名人」の永世称号を取得、2017年に「永世七冠」を達成、2019年に通算「1434勝」で単独1位など、輝かしい実績を挙げてきた。通算獲得タイトルは大台の「100期」を目前にしている。

 そんな羽生が今期のA級順位戦で、2勝5敗(1月末日時点)と負け越している。8回戦(2月4日)で永瀬拓矢王座に敗れると、B級1組への降級が決定する。永瀬に勝っても、最終の9回戦(3月3日)で広瀬章人八段に敗れると、降級する可能性が高い。羽生がA級に残留するには、2連勝するしかないのだ。

 羽生は1993年に順位戦でA級に昇級した。1994年には米長邦雄名人への挑戦者となり、米長を破って名人を23歳で初めて獲得した。

 羽生は1993年以降、A級に連続29期(名人在位の9期を含む)在籍している。A級順位戦の通算成績は、今期を合わせて122勝56敗で、勝率は6割8分台とかなり高い。2011年度から12年度にかけては15連勝もした。

90年代中盤の羽生 ©BUNGEISHUNJU

 トップレベルの棋士たちとの対局で、圧倒的な成績である。負け越しは計4期だけだが、2019年度、20年度、21年度と、近年は連続で負け越している。

豊島戦、斎藤戦では辛い負け方を経験している

 また、羽生はA級順位戦の対局で、将棋の内容があまり良くない。

 前期の豊島将之竜王(当時)との対局の最終盤の局面で、勝ち筋なのに負けと観念して投了してしまったのだ。終局後に観戦記者から「AI(人工知能)の評価では、投了局面で羽生さんが勝っていました」と言われ、ぶ然とした様子を見せた。

 今期の斎藤慎太郎八段との対局では、攻めが切れてしまって中盤の局面で投了した。棋士にとって、辛い負け方である。

 近年の羽生は、藤井聡太四冠(竜王・王位・叡王・棋聖)に代表される若い世代の棋士たちに押され気味だ。「多くの対局で高いパフォーマンスを保つのは難しい」「果たして最近の将棋を理解しているのか。後れを取らないようにしたい」などと語り、年齢による衰えやAI時代の対応が課題と考えているようだ。

 順位戦は、名人戦というタイトル戦の予選リーグに当たるが、その枠を超えて棋士生命に影響を及ぼしている。一例として、最下級のC級2組から降級すると、引退の可能性が生じる。

大山、升田が公言していた「A級」へのプライド

 名人経験者の棋士にとって、A級の地位への思い入れはとても深いものがある。大山康晴十五世名人は「A級から落ちたら引退する」、升田幸三実力制第四代名人は「A級で負け越したら引退する」と、ともに公言していた。そうした規定は別にないが、名人に昇り詰めた矜持から、そんな強い意志に至ったのだろう。

大山康晴 ©BUNGEISHUNJU

 升田実力制第四代名人(A級在籍は連続31期・名人在位2期を含む)は、1979年に現役のA級棋士のまま引退した。1991年に73歳で死去した。

 大山十五世名人(A級在籍は連続44期・名人在位18期を含む)は、1992年に現役のA級棋士のまま69歳で死去した。

 その大山に降級の危機があった。1990年3月、大山は3勝5敗で最終戦を迎えた。対戦相手は同じ成績の桐山清澄九段。敗者は降級する可能性が高い深刻な対局だった。

 大山はA級から降級したら引退すると公言していて、50年に及ぶ現役生活が終わることになりかねない。しかし、いつもと変わらない平静な様子だった。東京の将棋会館で開かれた大盤解説会に400人以上の将棋ファンが訪れ、多くの人が大山の進退に関心を寄せた。会館全体に重苦しい空気が漂っていた。

 大山−桐山戦は熱戦の末に、大山が勝った。感想戦では安堵した表情になり、対局中は「昔の将棋ばかり、思い出していた」と語った。大山の勝ちが大盤解説会に伝わると、拍手が沸き起こり、中には涙ぐんだ人もいたという。

過去の名人経験者がB級1組に降級した後はどんな道を?

 名人経験者の棋士たちが、A級順位戦でB級1組に降級した後の進退や成績について列記する。

 塚田正夫実力制第二代名人(A級在籍は通算27期・名人在位2期を含む)は、1972年にA級から降級したが、1973年にA級に復帰した。1977年に63歳で死去したときは、B級1組に在籍していた。

 加藤一二三・九段(A級在籍は通算36期・名人在位1期を含む)は、1961年にA級から降級したが、1962年にA級に復帰した。その後、B級降級とA級復帰を3回も繰り返した。2002年以降はクラスが次第に下降していった。2017年にC級2組から降級し、規定によって77歳で引退した。

 米長邦雄永世棋聖(A級在籍は連続26期・名人在位1期を含む)は、1998年にA級から降級した。引退説が流れたが、フリークラスへの転出を表明した。「A級からの降級は熟年離婚したようなもの。新しい生き方を探す転機といえる」と語り、将棋の普及に意欲を燃やした。2003年に引退し、2012年に69歳で死去した。

「フリークラス」に転出した名人経験者と言えば

 1993年に「フリークラス棋士」制度が定められた。順位戦に参加しなくても、所定の条件で現役を続けられる。名人経験者の棋士がA級から降級した場合、引退に追い込まれないようにする趣旨があった。

 中原誠十六世名人(A級在籍は連続29期・名人在位15期を含む)は、2000年にA級から52歳で降級した。「年齢的にも将棋の内容からも、まだ指せると思っています。A級復帰を目指します」と語り、引退を否定した。その後、2002年にフリークラスに転出し、2009年に引退した。

 現役の4人については、以下の通り。

・佐藤康光九段(A級在籍は通算25期・名人在位2期を含む)
2010年にA級から降級した。2011年にA級に復帰し、現在もA級に在籍している。

・丸山忠久九段(A級在籍は連続14期・名人在位2期を含む)
2012年にA級から降級した。現在はB級2組に在籍している。

・谷川浩司九段(A級在籍は連続32期・名人在位5期を含む)
2014年にA級から降級した。現在はB級2組に在籍している。

・森内俊之九段(A級在籍は連続22期・名人在位8期を含む)
2017年にA級から降級し、フリークラスに転出した。

森内−羽生の第69期名人戦 ©Tadashi Shirasawa

 以上の例のように、名人経験者の棋士がA級順位戦で降級した場合、(1)B級1組に在籍してA級復帰を目指す(2)フリークラスに転出、という選択肢がある。

 羽生九段は数々の大記録を打ち立ててきたが、まだ超えられない存在が大山十五世名人だ。大山は50代以降にタイトルを11期も獲得し、66歳でタイトル戦に挑戦した。

 51歳の羽生が今期のA級順位戦でどのような結果になっても、大山を目標にして戦い続けてほしいと、私は思っている。

2021-2022年 将棋部門 BEST3


1位:羽生善治九段、A級順位戦で連続29期や15連勝など偉大な実績も「降級危機」 大山康晴十五世名人ら過去の名人はどうだった?
https://number.bunshun.jp/articles/-/852962

2位:〈順位戦勝率.942〉藤井聡太“史上最年少名人”へA級昇級…「将棋界の横綱に」と語った日、渡辺明や谷川浩司が受けた衝撃
https://number.bunshun.jp/articles/-/852961

3位:「若いのにAIのテクニックばかり学んでていいのか」“NBAフリーク棋士”が最先端バスケや藤井聡太・渡辺明に感じる凄みとは
https://number.bunshun.jp/articles/-/852959

文=田丸昇

photograph by Sankei Shimbun