
オリックス、山本由伸投手の都城高校当時の姿を見たことはない。
しかし、見に行ったことはある。
あれは確か、山本が高校3年の春だったろう。
宮崎県大会、清武運動公園。2月はオリックスのキャンプ地になる球場だ。
その日、都城高は第2試合だった。前の晩からの雨がまだ残っていて、グラウンドコンディションが良くない中で、第1試合を強行。なんとか試合終了まで持ち込んだところで、雨が強くなった。
観客の多くは、屋根のある場所に避難して雨を避けているが、ネット裏、スカウトたちの集団だけは、徐々に強くなる雨にも、傘をさして座ったまま動かない。
次の試合、都城高・山本の球筋を確かめるために、朝から陣取った大切な「仕事場」なのだ。
試合前のシートノックもできないほど、グラウンドに水が浮いて、「たいへん残念ではございますが……」と、第2試合順延のアナウンスが流れても、スカウトたちが動かない。
「なんだよ〜。残念なのは、こっちのほうだよ」
誰かの“泣き”が聞こえて、ようやく帰り支度を始めたスカウトのひとりが、
「明日は見られないんです、他のところで見たい選手いるんで。みんな、そうですよ。この時期、九州じゅうで県大会ですから」
縁がなかったってことじゃないですか……背中でそう言い残して、階段をのぼっていくスカウトたちの足どりの重さが、彼らの無念さをそのまま表している。
5年前のドラフト、山本由伸は4位指名だった
前年の夏、都城高・山本はすでに「150キロ」をクリアしており、九州トップ3とも、四天王とも呼ばれていた。皆、少なからず期待を胸に、このネット裏に集まったはずだった。結局、左わき腹を痛めていたといわれた山本由伸はマウンドに上がらず、スカウトたちも、その成長ぶりを確認できないまま、最後の夏も、県予選の2戦目で早々に敗れた。
そんな巡り合わせが、ドラフト候補としての彼の存在感に関わっていたのかもしれない。
2016年のドラフトは4位指名だった。
高校生右腕では世代ナンバー1の評判の高かった藤平尚真(横浜高)が楽天に、夏の甲子園優勝投手の今井達也(作新学院高)が西武に、それぞれドラフト1位で指名されたのち、「山本由伸」の前に、島孝明(東海大市原望洋・ロッテ3位)、才木浩人(須磨翔風高・阪神3位)、梅野雄吾(九産大九産高・ヤクルト3位)の順で、計5人の高校生右腕が指名されていた。
「九州の担当から、見てくれ……って連絡が来なかったんでね」
そんな受け身の言いわけは、スカウトとしては頂けない。
「150キロ投げられて、カットボールもスライダーもフォークもある。当時で177cmぐらいで、ちょっと小粒に見えた。伸びしろがどうかな……っていうのはありましたね」
オリックスの指名順はこの年、ウエーバーで4位指名の先頭だった。だが4位までどこも指名しなかった……いや、できなかった訳を話してくれるスカウトの方はなかなかいなかった。

プロ2年目キャンプ、味方相手に“生き死に”を賭けていた
あれは、山本由伸のプロ2年目、春の宮崎キャンプのことだ。
前年、高校生ルーキーながら一軍で5試合に登板。山本は、期待のホープとして一軍キャンプに抜擢されていた。
バリバリの一軍メンバーを相手にしたシートバッティング。何番目かでマウンドに上がった山本。

確か、いきなり、吉田正尚に右中間いちばん深い所に、打った瞬間!の「脅弾」を放り込まれてから……T−岡田を快速フォークで空振りの三振。さらには、前年のシーズン26弾の4番打者ステファン・ロメロのふところを鋭くえぐった快速球は、まさしく「快速シュート」に見えた。
小走りにマウンドを下りて来る山本を、首脳陣が迎えていた。
ネット裏から見ても、はっきりとわかる笑顔が4つも、5つも。
期待を上回る快投だったことが、見てとれる場面だった。
帽子をとって頭を下げるしぐさが初々しかった。帽子からこぼれる長髪と、まだ「高校生らしさ」が残るユニフォームのシルエット。体の薄さが、そのまま「伸びしろ」に見えていた。
いやあ、とにかく速かった。捕手のミットに突き刺さる速球の球筋は、「光」だった。
その速球がタテに折れて見えるのが、快速フォーク。現在では、その「由伸フォーク」はコンスタントに140キロ後半をマークする。スライダーも滑るなんてもんじゃない。真横に吹っ飛んでいくように見えたから、「大谷翔平」クラスのスライダーなのは間違いない。
同じように驚いたのは、一塁けん制のとんでもないスピードだった。一瞬にして、一塁手のミットを叩いている。出塁しても、これじゃ動けない。
その年も4番かクリーンアップを打つはずの外国人選手相手に、真っ向から胸元を突いて、死球にしない技術と勝負根性にも驚いた。キャンプの味方相手のピッチングから、もう“生き死に”を賭けていた。
楽天「田中」、ホークス「千賀」そしてオリックス「山本」へ
6戦闘って、ヤクルトの制覇に終わった今季の日本シリーズ。

オリックス・山本由伸の最終戦での先発マウンドを見ることができた。
立ち上がりから、150キロ前後のスピードでヤクルト打線を圧倒。2回の3連続奪三振には、相手チームの心が折れたか……と思うほどの支配感があった。
速いし、強いし、球道は乱れない。カットボールはわからないように動くし、フォークなんて、わかっていても打てそうもないように見えた。
1対1の6回、無死から三塁手・宗佑磨、遊撃手・紅林弘太郎が打球を逸して連続失策。山本由伸がグラリと来るとすれば、ここだな……と思ったら、何ごともなかったように、サラッと受け流したから驚いた。
極度の緊張感が続くシリーズ6戦目、宗佑磨は「三塁手」としてのキャリアが浅く、2年目・紅林弘太郎には「プロ野球選手」としてのキャリアが足りない。「だったら、そろそろ疲れが出る頃だよね……」と事情が見えているような磐石の対応。どんな言葉より、後ろで守るバック全員への「ゲキ」になったことだろう。続く、サンタナを二塁ゴロ、鮮やかなダブルプレーで仕留めてみせた。
楽天が強かった頃は「田中将大」がいて、ソフトバンクが優勝を続けていた頃は「千賀滉大」という絶対的な存在がいた。そこに「山本由伸」がオリックスに現われて、プロ野球はまた新たなステージを迎えたようだ。

投げるボールの素晴らしさは、トレーニングの機器やサプリメントがその成長の味方になってくれるが、本物の「エースらしさ」を育む原動力とは、いったい何か。日本シリーズ最終戦、敗れたとはいえ、山本のマウンドさばきは、もう何十年も野球を見てきた者ですら、心震える見事なものだった。
この試合を球場や映像で見た多くの少年、少女たちが「野球もけっしてわるくない……」と、胸躍らせたことも間違いないだろう。
5年後、10年後、「あの日の山本由伸投手を見て……」、野球に心を向けた若者たちが、あちらこちらに現われてくれることを心より願うものである。
文=安倍昌彦
photograph by Hideki Sugiyama