2021年から2022年(対象:12月〜4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。箱根駅伝部門の第1位は、こちら!(初公開日 2022年1月1日/肩書などはすべて当時)。 創部10年目で初めて箱根駅伝の出場権を獲得した駿河台大学。このチームを率いるのは、20年前の箱根駅伝を茶髪にサングラス姿で駆け抜けた徳本一善だ。かつて箱根駅伝を騒がせた異端児はいかにして箱根路に戻ってきたのか(全2回の1回目/後編へ続く)。

 ドンドンドン。何やら音が響いてきた。時計の針は午前2時を回ろうとしている。

「うっさいな。なんの音だ、これ」

 駿河台大駅伝部の監督を務める徳本一善は部員たちと同じ寮に住み、一人部屋ながら二段ベッドの下は荷物置き、上を寝床にしていた。天井が近いから上階の音はよく聞こえる。

 耳をすませてみると何やら人の動く気配がする。まだ誰か起きてんだな。消灯時間はとっくに過ぎてるはずなのに。眉をひそめた徳本はむくっと体を起こし、二段ベッドから降りると、自室を出て階段を上がっていった。そして上階の部屋の前に立つと、がちゃんと思い切りドアを開けた。

 中にいたのは4年生の部員たちだった。突然の監督の登場に恐れおののいた表情の中から徳本はキャプテンの阪本大貴の姿を見つけて声を荒げた。

「お前! 何考えてんだ、このやろう!!」

 徳本ははじめから阪本はキャプテン向きの選手ではないと考えていた。1年の頃からずっと怒られてばかりで、むしろ問題児と言えるような存在だったからだ。しっかり者で気配りができ、3年生の頃から主将を任せられた前任者の石山大輝とは真逆の性格。その阪本が新キャプテンを決める段になって、意外にも自ら立候補してきた。

「お前なんかにやらせられるか。どれだけチームにむちゃくちゃしてきたと思っとるんだ」と一度は突き放したものの、本人は「反省してます。僕に任せてほしい」と自信たっぷりだった。その舌の根も乾かないうちに……。

 本来、駿河台大駅伝部の寮の消灯時間は午後10時に設定されている。この日は阪本のたっての願いで午前0時まで延長していた。そこに至るまでにはこんなやり取りがあった。

徳本が学生と生活をともにする寮 ©Mutsumi Tabuchi

規則を破ったキャプテンに「お前はいま何分だっけ?」

「部員同士で交流もしたいし、1回背伸びしたいので門限を無くしてください」

「なんで? 昼間に遊べばいいじゃん。どうして睡眠を削ってまで親睦を深める必要があるの? 俺にはわからん」

「お願いします」

「お前が(10000m)28分台の選手だったら俺は今すぐいいよって言うよ。それが俺とお前らの約束だ。お前はいま何分だっけ?」

「29分50秒です」

「全然かすりもしてないじゃん。ダメに決まってんだろ」

 徳本と選手の約束――。

 どんなスポーツにもトップレベルで戦おうとするなら才能は必要だ。ただし、長距離走は練習と節制なくして結果を出せるような競技ではない。5000mを13分台、もしくは10000mを28分台で走れるということは何よりもその選手の自律の証明になるというのが徳本の考えだった。

 自分で責任を取れるレベルにある選手であれば例外は認める。「今日は彼女とデートに行きます。明日練習頑張るんで行っていいですか?」と聞かれたら「いいよ、行ってこい」と送り出してきた。

 それは学生時代に破天荒な存在として知られた徳本らしいルールでもあった。

茶髪&サングラス「でも、みんなそうだったんですよ」

 法政大学2年生だった2000年の箱根駅伝、茶髪にサングラス姿でスタートラインに現れた徳本は大学駅伝の枠からはみ出していた。今では当たり前になっているとはいえ、当時の学生は誰もサングラスなどかけていなかったからだ。

 しかも、そのいでたちで1区区間賞。2区では4年の坪田智夫がまたしても区間賞。優勝候補の駒大や順大を向こうに回しての法大の快走は、『オレンジエクスプレス』『オレンジ旋風』と呼ばれて大きな脚光を浴び、茶髪の爆速王も多くのメディアに取り上げられた。

「法政では(1学年上の)為末大さんも金髪にピアス。短距離の人はみんな茶髪だった。箱根駅伝で見ると僕だけだけど、法政のくくりで見ると僕だけが突っ走っていたわけじゃなくて、みんなそうだったんですよ」

当時を振り返る徳本 ©Mutsumi Tabuchi

 ただ、そのスタイルを箱根駅伝で貫いたことによるハレーションは想像以上に大きかった。しかも徳本はランナーとして世代を代表するような実力者でもある。単なる目立ちたがり屋のパフォーマーではなかったからこそ、賛成にしろ反対にしろ見ている人にとって簡単に受け流すことのできない存在になっていった。

 前年よりもさらに赤みを増したオレンジヘアで現れた3年時には、2区で駒大・神屋伸行とのデッドヒートを制してチームを首位に押し上げる。直後の中継所からのテレビインタビューは、走り以上にそのキャラクターを印象付け、人々の反感に油を注いだ瞬間かもしれない。

月光仮面の誕生秘話「あれは準備していたわけじゃなくて」

 テレビ画面に現れた徳本はまるで宇宙人のようだった。サングラスを頭の上から被るタイプに取り替え、実況アナはその珍妙さを「月光仮面のような」と言い表した。新春の朝、こたつでぬくぬくとしていた駅伝ファンはお屠蘇を吹き出しただろう。

風変わりなサングラスを“装着”したままインタビューに答える徳本(当時のテレビ中継より)

「あれは準備していたわけじゃなくて、オークリーの人にゴールしてすぐに『こういうのあるからどう?』と渡されたんです。あれだけかけると髪が変な感じになるんですけど、ニット帽の上に被ったら、まあかけられるじゃんって。オークリーはすごく好きだったし、いつか契約してもらいたいとも思っていた。どうしたら僕に商品価値を見出してくれるのかなということを考えてもいました」

 元々の性格や物の考え方、若さゆえの功名心もどこかにあったはずだ。ともかく徳本は反発を恐れず偽悪的な態度で突っ走ることを選んだ。反動ももちろんあった。キャプテンを務めた4年時は2区で右ふくらはぎの肉離れを起こして途中棄権。当時まだ珍しかった個人サイトの掲示板には、それ見たことかと罵詈雑言が飛び交った。まだそんな言葉はなかったが、“大炎上”したのだ。

「批判が半端なくて、非国民みたいになりました。僕の言っていたことが鼻についたんでしょう。それは僕もわかった上であえてやっていましたからね」

 相当に極端な例とはいえ、徳本にとって“自由”とはそれだけのリスクを受け入れる覚悟と責任を背負った上で享受できるものだった。

 それを学生たちは、何の覚悟もなく、結果も残さないまま約束の時間を破った。彼らは酒を飲んだりしていたわけではない。ただ、集まってぐだぐだと話していただけである。だからといって徳本が納得するはずもなかった。

「もう1回信頼を得ようと思ったら大変だぞ」

 監督室に来て、謝り続ける阪本にはこう言った。

「とりあえず部屋に戻れ。俺も冷静になりたい。いいか? 人の心って簡単に離れるけど、もう1回信頼を得ようと思ったら大変だぞ。それはわかっててくれ。俺はもうお前のこと信じてないから」

「わかりました。ちゃんとやりますから」と何度も頭を下げて阪本は自室へと戻った。現在のチームのスタートはそんな波乱含みだったのである。

©Yuki Suenaga

 最初の約束はあっさり破った阪本だったが、意外にも次の約束はきちんと守った。箱根初出場を決めた今、徳本はキャプテンとしての阪本についてこう評価するようになっている。

「阪本は阪本なりに先輩の石山をずっと見てきて、そのキャプテン像に負けたくないというのがあったみたい。本当によく勉強した。僕は何年か心理学の本を読み漁った時期があったけど、そういう話を聞きにくるのはだいたい阪本。あいつもいっぱい知識が入っちゃってるから、教えるのが上手くなったし、周りにかける言葉も以前とは変わってきている」

予選会でも力走を見せたキャプテンの阪本(左) ©Yuki Suenaga

徳本の部屋にはひっきりなしに学生がやってくる

 シューズや洗濯物が床やソファの上に散乱し、お世辞にも整理整頓されているとはいえない徳本の部屋。そこには阪本だけでなく他の学生たちもひっきりなしに訪れる。その目的はさまざまだ。泣きながら相談に来る者、YouTuberの話をしにくる者、監督室のプリンターで授業の課題を印刷しにくる者。

 さすがに「好きなアニメの解説していいですか?」と来られた時にはこう返したらしい。

「なんで??」

 それでも監督として選手たちの関心があるものならアニメでも音楽でも目を通し、学生たちの考えや今の時代の流れを理解しようと努めてきた。

 寮には午後10時の門限、消灯時に携帯電話を回収する決まりもある。中には実際に使っている携帯を出さずに、ダミーでごまかす選手もいるのだという。そういう行動も徳本は見透かした上で、チームを変えていった。それはこの1年だけでなく、何年もかけて取り組んできたことだった。

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「監督、根拠とか言えないけど、いける気がするんですよ」

 予選会前夜、チームの1つの到達点と言える出来事があった。4年生数人と部屋で話をしていた時のことだ。徳本は珍しく弱気になっていたという。

「11位は見えるんだけど(予選通過ラインの)10位はちょっとな。何かが足りないような怖さがあるんだよ。あと一歩、何かが足りない」

 だが、その場にいた学生たちの思いは違った。

「監督、根拠とか言えないけど、いける気がするんですよ。自信あるんです」

 すべてを見透かしているようでいて選手たちは自分が思う以上に成長していた。あと一歩足りないと思っていたラストピースは彼らがすでに持っていた。

 予選会は10位どころか8位で突破。合計タイムに加算されるチーム上位10人のうち半数は4年生が占めた。

 2区での棄権から19年、監督就任から10年、不惑を超えた茶髪のエースは、最後は教え子に引っ張られて箱根に戻ることになったのだ。 (後編に続く)

2021-22年 箱根駅伝部門 BEST5


1位:“茶髪にグラサンで区間賞”箱根駅伝の異端児・徳本一善が経験した大炎上「批判が半端なくて、非国民みたいになりました」
https://number.bunshun.jp/articles/-/852986

2位:箱根駅伝2区で“17人抜き”した男・村澤明伸30歳の今「(大迫傑と)どんどん差は開いていく」「医師の指示で、一度完全に走るのをやめた」
https://number.bunshun.jp/articles/-/852985

3位:シード落ちの早稲田、沿道からは「そんなところ走ってんなよ!」…箱根駅伝至上主義に隠された“2つの偉業”とは?
https://number.bunshun.jp/articles/-/852984

4位:青学レギュラーは“あの大手外食チェーン”に就職…箱根駅伝で「活躍した4年生」はどこへ行くのか?
https://number.bunshun.jp/articles/-/852983

5位:箱根駅伝を“1月1日”に辞退、誹謗中傷を受けた元早大ランナー・三田裕介32歳が明かす真実「可哀想な奴という視線がつらかった」
https://number.bunshun.jp/articles/-/852982

文=雨宮圭吾

photograph by Mutsumi Tabuchi