2021年から2022年(対象:12月〜4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。北京五輪部門の第3位は、こちら!(初公開日 2022年2月16日/肩書などはすべて当時)。

 北京五輪のノーマルヒルで金、ラージヒルでは銀メダルに輝いた小林陵侑。個人2種目ともにメダルを取ったのは、世界に誇る日本のエースだけだった。完成度の高い技術と、どんなジャンプ台の癖もすぐにつかんでしまう才能がかみ合い、日本ジャンプ界としても1998年長野五輪以来、24年ぶりの金メダルとなった。

 ジャンプ競技の最終日となった2月14日。本場欧州のワールドカップ(W杯)でもめったにない気温マイナス22度近くという極寒の中、小林は団体戦の最終4番手として孤軍奮闘した。それでも、チームはメダル争いができず5位に。競技後、しばらくして取材エリアに来た小林は、普段通りのクールさを保ったまま団体の出来を振り返った。

悔しさが残る団体と、会心だった個人ノーマルヒル1本目

「チームとしてはすごく悔しい結果になってしまったので、みんなそれぞれ悔しいと思っていますし、それはいいことかなと思います。(自分のジャンプは)1本目は少しタイミングが遅れてしまって、2本目はすごくいい感じで飛べたと思います」

 小林は1本目で134メートルまで伸ばし、各国のエース級がそろう4番手の中で2位の高得点だった。それでも踏み切るタイミングが遅れていたというのだから、恐ろしいほどの地力の高さだ。132.5メートルを飛んだ2本目は、4番手の中でトップの得点だった。

ジャンプ団体、小林陵侑の今大会最後のジャンプは大きな飛躍だった ©Naoya Sanuki/JMPA

 北京五輪で思い出に残ったジャンプは、何か。小林は「う〜ん……」と少し考えた後、ノーマルヒルの金メダルを大きく引き寄せた飛躍を挙げた。

「やっぱり個人戦の1本目。ビッグジャンプでテレマークも決まったので、すごくうれしかったです」

 4年前の平昌五輪は力をほぼ出し切りながら、ノーマルヒルは7位、ラージヒルは10位だった。あれから4年。急成長を遂げた小林は、選手の誰もが憧れる伝統のジャンプ週間で2度も総合優勝を果たし、2018〜19年にはW杯総合王者に輝いた。今季もW杯最多7勝を挙げて乗り込んだ五輪の舞台で、その実力を存分に示した。

小林は高梨を慰め、肩を優しく引き寄せた

 小林にとっては、壮大な夢に一歩近づく大舞台だったと言えるかもしれない。

「日本は(ジャンプ競技が)盛んではない。サッカー界のネイマール、野球界の大谷翔平選手、F1界のルイス・ハミルトン的な存在になるのは、僕の人生を通しての目標」

 かつて、そう語ったことがある。ジャンプ週間で初めて総合優勝した2019年1月頃は1万5000人ほどだったインスタグラムのフォロワーは、現在14万人を超えた。少しずつかもしれないが、理想像に向かって着実に前進しているようだ。

涙の高梨が見せたK点超えの大ジャンプの後に

 小林が輝かしい成績で日本に明るいニュースを届けた一方、多くのテレビ観戦者の記憶に残ったのは、やはり2月7日の混合団体で女子の失格者が5人も続出した騒動だろう。エース高梨沙羅はスーツの太もも周りが規定より大きいことを理由に、1本目のジャンプ後に失格となった。

「日本チームみんなのメダルのチャンスを奪ってしまった」

 後日、インスタグラムにそう記した高梨は、失格を告げられた直後、小さな体をさらに小さく縮こまらせて泣いた。それでも、2本目は何とか集中を取り戻し、K点を大きく上回る98.5メートルのジャンプを飛んでみせたのは見事だった。混合団体4位にとどまった競技後、日本の4番手で出場していた小林はうなだれる高梨を慰め、その肩を優しく引き寄せた。

ショックでうなだれる高梨沙羅を励ます小林陵侑 ©Naoya Sanuki/JMPA

LINEでお祝いすると、うれしそうなスタンプが

 2人は同じ1996年生まれ。誕生日は小林が11月8日、高梨は10月8日と1カ月しか変わらない同級生だ。脚光を浴びたのは高梨の方がだいぶ早かった。15歳だった2012年3月に、史上最年少でW杯優勝。一時は世界でも「敵なし」で、W杯通算勝利数は女子で断トツの61勝を挙げている。

2018年札幌でのW杯、高梨のジャンプ ©Getty Images

 小林が注目を集め始めた2018〜19年シーズンの頃から、互いの印象を問われることが増え始めた。ライバルの台頭もあり、W杯でなかなか勝てなくなっていた当時の高梨の目には、同級生の勢いがまぶしく映っているようだった。2018年11月、小林がW杯初勝利を挙げた時にはこう話していた。

「陵侑くんみたいなジャンプをするのは難しいけど、パワーをもらいます」

 それから間もなく、小林は年末年始のジャンプ週間で4戦全勝の完全優勝を果たした。この時、高梨はLINEでお祝いのメッセージを送ったそうだ。返信はシンプルだった。

「(返ってきたのは)すごくうれしそうなスタンプでした。いっぱい連絡が来るのは分かっているので、『返信しなくていいよ』と送りました」

 家族からのメッセージにさえあまり返信をしないという小林の性格を分かっているようで、気遣いの言葉を添えていた。

「うーん……天才だと思います」

 2019年3月、小林が日本男子初となるW杯総合優勝を遂げた翌日、高梨はノルウェーのリレハンメルで再び同級生の印象を語ってくれた。どこかベールに包まれた感じもある性格や人となりを尋ねると、興味深い答えが返ってきた。

2019年のジャンプ週間で優勝して祝福される小林 ©Getty Images

「う〜ん……天才だと思います」

 かつて「天才少女」と呼ばれた高梨から出てきた、最大級の褒め言葉。ただ、ジャンプの天才、というのとは少し違うようだ。

「ジャンプというか、体の使い方がすごく上手でポテンシャルが高い。何をやってもうまくできるんです」

 高梨は、スポーツ全般が得意なわけではない。特に球技が苦手で、足も速くないという。それでも、幼い頃から努力を続け、ジャンプで圧倒的な戦績を収めるまでになった。「努力型」の高梨は、どんなスポーツでも得意げにやってのける小林を、ちょっぴりうらやましそうに見ていたようだ。自分とは違うタイプかと問われると、こう答えた。

「真逆だと思います。私は不器用な方なので体育ができなくて、球技もボールに動かされる感じなので(笑)。私は何回も回数をこなさないとできないので、簡単にそつなくこなす陵侑がうらやましいです」

「ちょっぴり」どころではなく、身体能力の高さは相当うらやましそうだった。

 小林の性格についても、興味深い考察を披露してくれた。

「ああいう風に、すごく楽観的に考えているように見えて、実はしっかりしている。よく考えているなと思います」

 具体的に、どんな時にそう思ったのか。

「ちょいちょい発する言葉で、そういう感じがします。何が自分に合っているのか、自分が何をすべきかを考えられていると思います。ただ、一番にあるのは『楽しむこと』かな。それを彼から感じることは多いです」

口下手な小林の「たくさんハグしてあげました」

 あの失格が高梨の心を切り裂いた夜。大舞台で泣き崩れる姿を目の当たりにした小林は、多くの言葉を発することなくただ抱き寄せた。

©Naoya Sanuki/JMPA

「たくさんハグしてあげました」

 口下手な同級生の優しさは、極寒の会場で高梨の心をそっと温めたに違いない。公式記録に残ることのない、北京五輪の名場面の一つになった。

文=長谷部良太

photograph by JIJI PRESS