2021年から2022年(対象:12月〜4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。サッカー部門の第5位は、こちら!(初公開日 2022年3月13日/肩書などはすべて当時)。

 フランクフルトに所属する38歳の長谷部誠が、2027年までの5年契約にサインをした。そのニュースは、ドイツ国内でも大きな話題となった。

 前回の契約延長時には「金銭交渉はなかった。3年契約にサインしたかったけど、1年で大丈夫」といって地元の報道陣を笑わせていたが、1年後、まさか5年契約にサインすることになるとは、誰が思っただろうか。

現役続行に関しては毎年春先に話し合いを

「(これほど長くフランクフルトでプレーするとは)一度も考えなかった。選手としてもそうだし、そのあとの契約に関しても想像していなかった。これまで僕はクラブのためにいろいろやってきたと思う。でも、別の見方をしたら、僕もクラブから、そしてファンのみなさんからいろんなものをもらってきた。だから僕は、お返ししていきたい。今はまだ選手として、そして引退したら指導者として、あるいはアンバサダーとしても。それは、とても素敵なことだと思う」

 今回の契約延長を受けた記者会見の席で、長谷部はそう心境を口にした。引退後の話も出てきたが、現役続行に関しては毎年春先に話し合いをしながら、決めていっているという。

 長谷部本人はサッカーへの意欲を少しも失っていない。チームにまだまだ必要な戦力で、オリバー・グラスナー監督の評価も変わらず高い。

適したタイミングでプレーができる長谷部を、ドイツメディアは「時間に正確」と評する©Getty Images

「マコトは状況認知能力がずば抜けて高い」

『フランクフルターアルゲマイン』紙のラルフ・バイトブレヒト記者は、長谷部のことを「時間に正確、精密さ、完璧さに代表される美徳によって、フランクフルトに欠かせない存在となった」と表現していたが、これはピッチ内外のどちらにも当てはまることだろう。

 例えばプレーにおいて「時間に正確」というのは、遅すぎも早すぎもしないということ。長谷部がパスを送るタイミングを、じっくり見てもらいたい。味方がフリーになった時に送るのではなく、パスを受けたときに次のアクションへ動けるタイミングでスパッと送っていることが多い。まさに「時間に正確」なプレーなのだ。

 グラスナー監督も「マコトは状況認知能力がずば抜けて高い。ピッチのあらゆる場所にギャップを見つけることができる。恐がらずドリブルで中盤に持ち込めるのも大きい」と評価していた。これは言葉で表すほど簡単なことではない。

 というのも、僕らがスタジアムやテレビで見ているのとは違って、選手が体感しているスピードは想像以上に速い。

 現在、ブンデスリーガ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフでプレーするU-21ドイツ代表のアペルカンプ真大が、以前語ってくれたことがある。

「U-19の頃はボールを持ってから考える時間があって、U-23の時も短くはなったけど、まだ考えることができた。だけど、プロになるとまったくない。ボールをもらう前に何をすべきか周りを見て判断しておかないと、すぐに潰されてしまう」

長谷部の経験は若手にとって大きな助けに

「インテンシティ」という言葉は「プレー強度」と解釈されがちだ。しかし、それはハイスピードで何度もピッチ上を行き来したり、プレスをかけ続けたりというフィジカル的な側面においてだけではない。

 ものすごいスピードで周りが動き、まったく考える時間がない空間でも、冷静さを失わず、確かな視野を確保して、ボールを落ち着けたり、攻撃を組み立てたりするには、メンタル的要素も備わっていなければならない。

 世界トップレベルのドイツ1部で、強豪を相手にしても潰されることなく、慌てることなく、味方を生かすプレーができるというのは、並外れたレベルである。

 長谷部は自分のプレーだけに止まらず、周囲の状況を認知し、仲間にコーチングをしてくれるからチームは助かる。フランクフルトのマルクス・クレッシェGMは「マコトは若手選手に声をかけ続けてくれる。彼の持つ経験は若手にとって大きな助けになる。重要なファクターだ」と称賛していた。

経験豊富な長谷部のコーチングは若手にとって頼もしい限り©Getty Images

指導者講習会への参加がプレーにも好影響

 そんな長谷部は、いまなお自身が成長していることを楽しんでいる。ドイツサッカー協会の「プレーヤーズパスウェイ」というプログラムの一環で指導者ライセンスの取得にも挑戦しているのだが、そこで学んだことはプレーヤーとしての自分にも生きていることを明かしてくれた。

「戦術的なサッカーの部分はまだ(講習会で)やっていないんですが、練習を作るとか、練習時間のオーガナイズはやっています。だから、これまで以上に練習の意図を考えて練習するようになりましたし、あてはめながらできるようになっていると思う。『こういうことを監督が考えているんだ』というのが、今までよりも分かる気がするんです」

 監督の意図を明確に読み取り、それをチームへ伝えていく。そんな選手がいたら、監督としては心強いはずだ。長谷部は、指導者としての感覚も少しずつ準備しているようだ。

「グラスナー監督は学校の先生みたいで、細かい。突き詰めて、研究して、選手に求める。若い選手は頭がパンパンみたいです。僕も学びながらやっていますが、僕なら彼とは違うアプローチをするだろうな、と思ったりもします」

 言葉は、話せば伝わるわけではない。言い方、伝える際のツール、話す時のトーン、話す際の環境や雰囲気、互いの信頼関係など、いろいろな要素を考慮しなければならない。実際に講習会で学んだことも蓄積されている。

「年代によるアプローチの違いも学んでいます。スパルタ方式が通用した年代と、今の若い世代は違う。だから、自分たちの考え方が正しいと思ってアプローチするのは違う。例えば、控室はスマホ禁止とかに関しても、若い世代にとってスマホはあって当たり前。連絡事項も全部スマホでやる年代なんです。僕も古い人間なので、そのあたりもこれから受け入れないといけないんだなって」

今回の契約を不思議がる人は誰もいない

 選手としての経験を積み重ねながら、指導者としての下地も築いている。

 となるとファンは「いよいよ、欧州初となるトップリーグにおける日本人監督誕生」を夢見たくなる。しかし本人は、そうした期待に応えようとは思っていないようだ。

故障明けのためベンチを温める機会が増えているが、今なおフランクフルトにおいて不可欠な存在だ©Getty Images

「正直、あんまり期待しないでほしいかな(苦笑)。高いレベルにいると学ぶことが多く、選手としても感じる部分はあります。最終的に日本サッカーのためになるのは嬉しいけど、そのためにやろうという前提があるわけでもない。高いレベルのなかでチャンスがあれば、チャレンジしてみたいですけど。そもそも選手と指導者は全然違う。ライセンスの取得を目指していて、そう感じます。名選手が名監督ではないなって。長くこっちでやったから、指導者でも成功できるってことはないと思います」

 地に足をつけて、自分と向き合い、やるべきことを見つける。長谷部らしさが、そこにある。

 筆者はドイツで暮らすようになって20年になるが、引退後のポストも保証される今回のような契約条項は聞いたことがない。それなのに、クラブ関係者も、地元記者も、ファンも、今回の契約を不思議がる人は誰もいない。みんな納得しているのだ。

 クラブのアイデンティティを体現する“生きるレジェンド”長谷部は、フランクフルトの未来をこれまで以上に輝かせてくれるに違いない。

文=中野吉之伴

photograph by Getty Images