2021年から2022年(対象:12月〜4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。ボクシング・格闘技部門の第2位は、こちら!(初公開日 2021年12月31日/肩書などはすべて当時)。
“黒のカリスマ”としてプロレス界で一時代を築く一方、芸能やアパレル展開、ボランティアの啓蒙活動など、早くから多方面で活躍していた蝶野正洋。

 近年は大晦日の日本テレビ『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!絶対に笑ってはいけないシリーズ』で、毎回、強烈なビンタをかまして人気を博し、幅広い層からの知名度を得ている。

 今年、同番組は休止を発表。10年以上にわたりビンタを続けてきた蝶野に「今だから話せること」を語ってもらった。(全2回の1回目/後編へ続く)。

『ガキ使』休止で「正直、ほっとしてますよ」

――大晦日恒例となっていた日本テレビの『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで! 絶対に笑ってはいけないシリーズ』が、今年は休止となりましたけど、毎年、月亭方正さんにビンタをかましていた蝶野さんとしては、どんな気持ちですか?

蝶野 正直、ほっとしてますよ。やっと休みが取れたなっていう感じがして。俺は新日本プロレスに25年間所属してたんだけど、90年代に入ってからは毎年1月4日に東京ドーム大会があったし、プロレス界に年末年始の休みなんかなかったんだよね。

――1・4東京ドームが終わらないかぎりは、正月が来ないみたいなところがありますからね。

蝶野 そうそう。それで1・4東京ドームで試合をしなくなった頃に「笑ってはいけないシリーズ」が始まって。撮り(収録)はもちろん、大晦日より前にやってるんだけど、視聴率とかやっぱり気になるからね。気が休まらない年末年始っていうのがずっと続いてたんだけど、今年はようやく何も考えずに正月を迎えられるっていう(笑)。

――でも、「笑ってはいけないシリーズ」なくして、今の蝶野さんはなかったりもするんじゃないですか?

蝶野 それは、もちろん。今の20代〜30代にとったら、俺は完全に「ビンタの人」だからね。それと中高生のコたちはEテレでやってた『天才てれびくん』の蝶野教官のイメージが大きいみたいで。当時、小学校低学年であの番組を観てた子たちが、もう高校生くらいになってるというね。いずれにしても、テレビの影響っていうのは大きいですよ。

――ここ十数年、大晦日はあのビンタが新たな除夜の鐘みたいになってましたからね(笑)。

蝶野 俺もそんなつもりはなかったんですけど、毎年恒例になってきちゃって。あの番組がスタートする前、大晦日といえば民放各局が格闘技をやってたじゃないですか。フジがPRIDE、TBSがK-1(『Dynamite!!』)、そして日テレは『猪木祭り』をやったんだけど、それがちょっとコケて。その代わりにバラエティをやるような感じだったんで、「大丈夫なのかな?」っていう雰囲気だったんですよ。俺は10年以上続いて、今みたいな状況になるなんてまったく想像してなかったんで。

ビンタの裏側「台本なんてない、全部アドリブ」

――あのビンタはどういういきさつで始まったんですか?

蝶野 最初は「年末の番組に出てくれ」という話が来たんですよ。年末年始はそういうバラエティのオファーがちょこちょことあったから、あんまりチェックしないでマネージャーに「いいよ」って返事をして。全くシチュエーションがわからないまま、朝早い収録に臨んだら、ディレクターが「(月亭)方正くんを叩いてくれ」と。

――先方からの要望は「叩いてくれ」だけ(笑)。

蝶野 全部アドリブで、細かい台本なんか何もないんだよね。それで俺は「変な仕事だな、(アントニオ)猪木さんと被って嫌だな」と思って。やっぱりビンタは猪木さんのイメージがあるから、それをパクるのも失礼なんで、やりたくなかったんだよ。

ーー蝶野さんは、プロレスでビンタのイメージは全然ないですもんね。

蝶野 俺は基本的にビンタとかチョップは一切やらないからね。それがいまは逆にビンタのオジサンになっちゃったから(笑)。「笑ってはいけない」の1年目は学校がテーマで、俺は冒頭の朝礼のコーナーで出てきてビンタやって。それ一回で終わるもんだと思ってたら翌年も入って、年を追うごとに時間帯がどんどんトリの方になってね。

デビュー20周年大会に出場した際の蝶野。今では“ビンタの人”のイメージが強いが、プロレスでは実はビンタが得意というわけではない ©BUNGEISHUNJU

――プロレスで言えば、年々メインイベント扱いになってきて(笑)。

蝶野 だんだんプレッシャーかかってきてね(笑)。あのコーナーは、俺が叩く前に方正くんが怯えるところが面白いんだよね。だから俺がいかに怖がらせるか、そのへんの役割がわかってないといけないんだけど。最初の2〜3回はよくわかってなかったからさ、方正くんを脅しながら俺もちょっと笑っちゃってるんだよね。

「俺がいちばん『笑ってはいけない』なんだよ(笑)」

――今では知られるようになりましたけど、じつは蝶野さんは笑い上戸ですもんね(笑)。

蝶野 俺がいちばん「笑ってはいけない」なんだよ(笑)。最初はそれもよくわかってなくて、2回目くらいのときに長州(力)さんに、巡業バスかどこかで「お前、あそこは絶対に笑っちゃダメだぞ」って真面目な顔で言われてね。

――お笑い好きの長州さんからそんな指導が入りましたか(笑)。

蝶野 俺、長州さんからダメ出し喰らったのが初めてで、試合内容とかでも言われたことがないのに(笑)。だから、そこからは絶対に笑わないようにして、方正くんを怖がらせることでみんなを笑わせるんだって気づいたのは、3回目か4回目くらいからですよ。

――ビンタが恒例になった陰に、長州さんのアドバイスがあったんですね(笑)。それ以降は、自分が求められているシチュエーションもわかってきて。

蝶野 でも、内容がわかってるとかえって難しい。現場に行くまでにいろいろ頭で考えちゃってね。実際は出たとこ勝負でリハーサルもないから、向こうがどういう反応をするのかわからないわけよ。俺が思った反応をしなかったりもするし、「こう来たらこうなる」とか考えても、その通りになんない。だからプロレスと一緒で出たとこ勝負というか。

――蝶野正洋vs月亭方正は、アドリブ性の高いプロレスだ、と。

蝶野 俺がプロレスと一緒でポッとアクションを出したとき、方正くんがまったく反応しないときもあるわけ。向こうは寝てなくて疲れてるから、スルーして終わろうとしてるときもあるし。そのへんは結構アバウトにやってましたよ。

月亭方正の胸ぐらをつかんだところで…まさかのアクシデント

――一歩間違えたら試合が成立しないこともある、それこそ昭和のプロレスみたいな感じだったんですね。

蝶野 ここ何年かでスタッフが替わってからは、だいぶ作り込むようになってきたんだけど、最初の頃はアクシデントの連続だし、撮影だって平気で4〜5時間くらい遅れるの。茨城空港でやったときは、24時半には撤収しなきゃいけないから、俺らの撮りは22時ごろだって言われてたんだけど、収録が押して24時すぎになっちゃったんだよ。

――もう撤収ギリギリですね。

蝶野 それで本番が始まって、俺が舞台の上から方正くんに「お前、名前はなんて言うんだ!」って聞いたら、方正じゃなくて「ホセです」ってウソをついてごまかしたんで、「てめえ、上がってこい!」って言って胸ぐらをつかんだところで24時半になって、空港の照明が停電しちゃったの。

スタッフの謝罪「もうグーでぶん殴ってやってください」

――自動的に電源落とされちゃったんですか?(笑)

蝶野 急に真っ暗になっちゃったから、その時はみんな演出だと思って1〜2分間くらい誰もしゃべらずに黙ってるわけ。そしたら上のほうから「すいませーん! 停電です!」っていうスタッフの声が聞こえてきて、プロデューサーの人が「てめえ、ふざけんなコノヤロー!」って怒り始めちゃってね。俺と方正くんは向かい合ったままの状態だったんだけど、「照明がつくまでもう20分くらいかかりますんで待機してください」って言われたんで、一旦離れてね。

――大人気バラエティ番組での停電というのは昭和の『8時だョ!全員集合』が有名ですけど、『笑ってはいけないシリーズ』でもあったんですね。

蝶野 それで俺は喫煙所でタバコ吸いながら待ってたんだけど、しばらくしたらプロデューサーの人が来て、「蝶野さん、すみませんでした。気分を害しちゃったと思うので、もうグーでぶん殴ってやってください」って言われて、「いやいや、彼にはまったく関係ないから」って(笑)。

――スタッフの不手際の責任をなぜか方正さんが取る形でグーパンチ制裁(笑)。

蝶野 こっちも「なに言ってるんだ、この人たち!?」と思って(笑)。結局、ふつうにビンタしたんだけど、そのあとも1時間置きに電源が落ちちゃって、収録が朝方までかかってさ。長いことやってると、けっこうそういうバタバタ劇もあったよね。

蝶野「『笑ってはいけない』には感謝してます」

――今年はようやく、そういったことから解放されたわけですね。

蝶野 ホントに、こんなに穏やかな気持ちで正月を迎えるなんて何十年ぶりだろうって思うよ。新日本が真夏にやってる「G1クライマックス」を卒業したときも、ホッとしたからね。俺は夏のG1がすごく嫌いだったんだよ。高校の部活の夏合宿みたいに、暑い中きついことやらされてさ。いい歳こいて夏に絞られるのが嫌だから早くG1卒業したいと思ってたんだよ。

――「ミスターG1」とか「夏男」と言われてたのに、夏もG1も嫌いだったという(笑)。

蝶野 それでG1に関しては2007年くらいに卒業して、「やっとG1が終わったな……あっでも、年末のビンタがまだあったか」って感じだったから、ようやくケリがついて良かったなと思ってね(笑)。

 ただ、「G1」や「笑ってはいけないシリーズ」があったからこそ、今の自分があることもたしかなんで。「G1」はプロレス界でのステータスだし、「笑ってはいけない」は、一般層への知名度という点で、すごく大きかったので、感謝してます。でも、あんなキツいのはしばらくもういいかな(笑)。

文=堀江ガンツ

photograph by Kiichi Matsumoto