4月24日のロッテvsオリックスで佐々木朗希投手に対して、白井一行球審が注意を与えた件が物議をかもした。プロ野球の試合を進めるアンパイアたちはどのようなことを考えて判定し、一流選手たちを見ているのか。

 2020年までプロ野球の審判員を務めた佐々木昌信さんの『プロ野球 元審判は知っている』(ワニブックス)から一部を転載し、裏側をご紹介する(全3回/#2、#3も)

ダルビッシュのフォークは「鉛の球」

 セ・リーグとパ・リーグの審判部が統合されたのが2011年。それ以前から「球審として直接投球を見てみたい」と気になる存在がダルビッシュ有投手でした。

 プロ入り2年目の06年から6年連続2ケタ勝利、07年から5年連続防御率1点台。何より毎年10個近くの「貯金」をつくる圧倒的なピッチングを展開していました。私は07年日本シリーズの日本ハム—中日戦に審判として出場し、ダルビッシュ投手のすごさを知っていました。

 ダルビッシュ投手は日本最後の10年・11年しか球審として見ていませんが、その2シーズンは連続して「最多奪三振」のタイトル獲得。10年は「最優秀防御率」だし、11年は18勝。最高潮の2年でした。

「変化球はアートだ」と自ら口にするくらい多彩で、11種類あるともいわれる変化球すべてが力強かった印象。空振りを取るためのフォークもキレというより球威がある。まるで鉛の球を使って投げているようなイメージ。当然、打っても打球がドン詰まりしそうなフォークを投げていた唯一のピッチャーです。

©Sports Graphic Number

“ダルビッシュ以上”だと思った金子千尋

 ダルビッシュ投手同様、金子投手もいったい何種類あるのかなというくらい変化球が多かったんです。私はよくキャッチャーに聞いていました。

「いまのはフォーク?」

「ツーシームです」

「今度はカットボール?」

「ナチュラルストレートです。ストレートのサインを出しても、ちょっと力を入れて、カットボールっぽく投げるんです。だからバッター、これ絶対打てないと思いますよ」

 しかもストレートは、あれだけ細い体(180センチ77キロ)で、阪神・藤川球児投手の「火の玉ストレート」レベルです。ドーンって来るボールを投げる。

 ダルビッシュ投手は5〜6年連続で圧倒的な成績を残しました。一方の金子投手は、ファンのかたにはときどき離脱するイメージがあるかもしれません。しかし、私個人の意見では、当時はダルビッシュ投手より金子投手のほうが数段上だと思っていました。

 ダルビッシュ投手は当然1、2位を争うピッチャーですが、フォアボールで崩れていく試合があった。金子投手に関しては、フォアボールで崩れることがまずなかった。

 いつだったか、金子投手がテレビで技術的なことを話していました。

「地面に左足を着いてから一瞬、上半身を浮き上がらせる」

 その分だけ球離れが遅い。球持ちがいい。つまりタイミングがずれるということです。

オリックス時代の金子 ©Sports Graphic Number

「何じゃ、このピッチャーは……」と思ったワケ

 先述したように、球審がタイミングを合わせづらいピッチャーです。球審が合わせづらいということは、バッターも合わせづらい、要するにいいピッチャーです。

 ストレートも変化球も腕の振りが似ている。初めて金子投手を見たときに、「何じゃ、このピッチャーは……」という印象でしたから。

 2013年に関しては「困ったら三振取りゃいいんだろう」みたいな絶好調。楽天が創設初優勝を遂げたあとの、いわゆる「消化試合」に金子千尋投手が先発しました。

「あれ、優勝決まったのに、まだ投げんの?」

「シーズン200奪三振の記録がかかってるんで、あと9個取るまで投げますから」

「シーズン200奪三振」を記録したピッチャーがいないわけではないですし、星野仙一監督がなぜ記録阻止にこだわったかは定かではありません。ただ、楽天打線は空振りしないよう、バットに当ててゴロでアウトになるという試合展開でした。それでも結局9個を取り切りました。

 13年15勝200奪三振。14年16勝199奪三振。とにかく楽しそうに投げていた。セ・リーグではいないタイプだな、と。故障や契約のタイミングもあったのでしょうが、「メジャーリーグでの活躍を一番見てみたいな」と心から思ったピッチャーです。

吉見一起こそ「打たせて取るピッチャー」のお手本

 当時パ・リーグを代表するのが金子千尋投手なら、セ・リーグを代表するのは吉見一起投手。日本球界の両巨頭でした。

 2人とも高校時代に甲子園の土を踏んでいます。かたや金子投手が長野商高から社会人野球のトヨタ自動車を経て、2005年ドラフト1巡でオリックス入団。こなた1歳下の吉見投手は金光大阪高卒業後、同じトヨタ自動車を経て、06年ドラフト1巡で中日入り。

 金子投手はプロ入り4年目の08年に初めて2ケタ勝利を挙げて主力にノシ上がったのですが、吉見投手も初めて2ケタ勝利を挙げたのがプロ入り3年目の08年でした。

 金子投手同様、吉見投手もすべての球種においてストライクが取れました。ストレート、スライダー、カットボール、フォーク、シュート、チェンジアップ。吉見投手は手も足も出ない「空振り三振」というよりも「ゴロを打たせる天才」だと思います。簡単に追い込んで、ゴロの山を築く。だからダブルプレーが多かったのではないでしょうか。

 特に右バッターのインコースのボールゾーンからストライクになるスライダーは抜群でした。曲がりが遅いので、バッターはボール球だと思って必ず見送ります。手を出してもファウルにしかなりません。そんな日は、左バッターの外から入ってきてストライクになる、いわゆる「ハチマキ」スライダーも切れていて無敵でした。

中日時代の吉見 ©Sports Graphic Number

 ただ、スライダーを続けても空振りは取れないので、追い込んだら谷繁元信捕手がゴロを打たせる配球をしていました。芸術的なピッチングを展開する。だから「このバッテリー、頭いいな」と思いながらジャッジしていました。

 当時、吉見投手と前出ヤクルト・館山投手が08年から5年連続2ケタ勝利の最多勝争い。吉見投手が09年と11年にタイトルを獲得しましたが、右ヒジを痛めて、現役通算15年で90勝56敗。100勝に届いていないのは、一時の輝きからして意外だったほどです。

コントロールが抜群なため、逆に困った吉見一起

 マスコミの方はよく「ボール1個分の出し入れで勝負する」というような表現を使いますが、ボールの直径は約7センチです。

 日本プロ野球やメジャーリーグのホームベースは周囲に黒い縁が付いていて、指1本分くらい約2センチです。ここにかすったボールは英語で「オン・ザ・ブラックス」と言って、ストライクを取りましょうというのが現在のジャッジの流れです。

 ただし、ルールブック上は一応ボール。「アメリカではそこはストライクだよ」という、いわゆる暗黙の了解事項なのです。

 私の場合、その「オン・ザ・ブラックス」が若干広がっていってしまうクセも正直あったので、調整しながらやっていました。

「1回表はここをストライクに取ったのだから、2回以降も同じようにストライク」

「間違いは1球で正す」

 両方の見解がありますが、私は後者。そして、私はどちらかと言うと「アウトコースを広めにストライクに取る球審」として、12球団のキャッチャーに知られていました(苦笑)。

 吉見投手の場合は正しいストライクゾーンに戻すのが難しかった。

 なぜならストレートと思い違いをしてしまうほど、スライダーがギリギリまで曲がってこない。ベース通過直前でボール球になる。思わず右手を「ストライク!」と上げてしまい、「しまった」ということが結構ありました。

谷繁「佐々木さん、いまの、ちょっと広過ぎだわ」

 だから、正直な性格の谷繁捕手に「佐々木さん、いまの、ちょっと広過ぎだわ(苦笑)」とよく言われました。吉見投手には私の「ストライクを取る傾向」をうまく利用されていた気がします。

2010年日本シリーズでの谷繁 ©Sports Graphic Number

 その「9イニング平均与四球率は1.57個」の抜群のコントロールが武器だけに、球審として困ることもありました。さすがの吉見投手も人間ですから年に数回、「立ち上がり」が悪くてストライクが入らないときがあります。アウトコースのスライダーがボール1個分外れると、さすがにプロの球審は「ストライク!」とは言いません。

 ところが「吉見投手はコントロールが抜群」という大前提で誰もが見ているために、際どいボールの「見極め」ができない球審が下手ということになってしまうのです。

「佐々木球審、きょうのアウトコース、ちょっと辛くねえか?」

 ダグアウトから球筋の高さはわかっても、コースはわかりません。しかし、さすが落合博満監督はちゃんと見ていてくれました。5回表終了時の選手交代のときです。

「外(外角)、全然外れてるのか」

「全然です。きょうは早く曲がり過ぎです」

「だろうな。おめえのせいじゃねえから、気にしないでやれ」

<#2、#3へ続く>

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文=佐々木昌信

photograph by Tamon Matsuzono