引き続き、バスケットボール女子日本代表・恩塚亨HCのインタビューをお楽しみください。全2回の2回目(#1へ)

 去年9月、恩塚亨はバスケットボール女子日本代表のヘッドコーチに就任した。東京オリンピックで女子代表を銀メダルに導いたトム・ホーバス(現男子代表HC)の後任という大役だ。そして、恩塚は大学で成功した「ワクワクが最強」のコーチングで、日本代表を導こうとしている。

 それにしても、東京オリンピックで銀メダルという偉業を達成したチームを引き継ぐことに、プレッシャーは感じないのだろうか。そう聞くと、恩塚はさらりとこう答えた。

「プレッシャーはあると言えばありますが、ないと言えばない。コップの水じゃないですけれど、物事のどっちを見るかだと思っています。僕は、これはすばらしい志を持った選手やスタッフたちと金メダルに向けて挑戦できるすばらしい機会だと考えています。僕たちが挑戦する姿を示し、あるいは挑戦で得たものを日本のバスケット界に残すことができて、それで私もやってみようという人が増えていく。そのことへのチャレンジのすばらしさを考えたら、僕が感じるプレッシャーなどたいした問題じゃないです」

ホーバスが掲げた「オリンピックで金メダル」

 ホーバス・ジャパンがやっていたことの中には、恩塚が今のコーチングで大事に思っていることがあった。ホーバスが、女子代表HCになったときに「オリンピックで金メダルを取る」と目標を掲げた、そのマインドセットだ。

トム・ホーバスHC(現・男子代表HC)©︎Asami Enomoto/JMPA

「これまで一度もメダルを獲得したことがないことや、身長が低いことなどを理由に、自分たちを差し引く(過小評価する)ことなく、最高の目標を掲げたことで、選手たちの潜在意識が変わったと考えています。だから、絶対自分を差し引かないこと。なりたい自分を目指す。過去どうだったかとかではなく、金メダルを取るんだっていうマインドセット、目標設定は引き継いでいきたいと思います」

 今の恩塚のコーチングでも重要な柱のひとつだ。

 逆に、ホーバス・ジャパンとの一番大きな違いは何なのだろうか?

「トムさんはナンバープレーが多かったんですけれど、僕は、原則を軸にして、選手がその状況に即応していく軽やかな速さを武器にします」

 東京オリンピックの時点で、ホーバス・ジャパンにはナンバープレー(フォーメーション)が100以上あったと言われている。大会後に、選手たちが「覚えるのが大変だった」と口々に言っていたほどだ。恩塚ジャパンは、ナンバープレーのかわりに、チームの共通認識としての「原則」を設定し、その先の判断を選手に任せようとしている。

「例えばですけれど、原則の設定のレギュラー的な切り口が3つ、4つあって、それに対応されたときのカウンタープレーを次から次へと展開していくという戦略ですね。選手の判断力を高めて、その判断力にチームがシンクロできるようにして、相手につかまらない、相手をつかまえる戦いをすることです」

 そのやり方で目指したいのは「常識あるバスケット人を育てる」ことだという。

恩塚が根付かせたい“常識”

 ここで恩塚が言う“常識”とは、試合をする上での基本原則や共通認識。それを理解し、その先は場面に応じて判断を下せるような選手を育てていきたいのだという。

「常識あるバスケット人が、場面に応じて最適解を選択し、最適解はみんな常識として理解しているので、ほかの選手もシンクロしていくっていう、規律と即興と躍動感に繋がっていくことを強みにしていきたいと思っています」

 選手にとっては、ホーバス・ジャパンのときのような覚える大変さがなくなるかわりに、自分で判断する大変さが出てくる。大変な面もあるが、自分で判断することができるようになれば、自信もついてくる。

22年2月10日W杯予選のカナダ戦に勝利し、選手を笑顔で迎える恩塚HC ©︎Sankei Shimbun

「自分で決められるっていうのは、僕、自己肯定感の一番の根源だと思っているんですよ。自分の考えでプレーを選択できる。人生も同じじゃないですか。私で私の人生を選択できる。同じように自分でプレーを選択できるんだということで、セルフイメージも高まって、パフォーマンスも上げていくっていう裏の狙いもあります」

 代表選手たちの中には、シーズン中に所属しているチームとまったく違う恩塚流コーチングに戸惑いを見せる選手もいたという。

「選手たちは、はじめは違和感があった感じでしたね。『もっと怒ってください』みたいな感じのことを言われたこともあります」と恩塚は苦笑する。

 そう言ってきた選手には、「怒るのは悪意をもってよくないことをしたときだと思う。志を持って、やり方もちゃんと理解して、自分自身を持とうとしてやっているんだったら、怒る必要ないよね」と説明した。

 また、それをきっかけに、「怒らないと頑張らない」というアプローチについても、改めて考えてみてほしいという話もした。

「怒らないと頑張らないって、相手を馬鹿にしていませんか?」と恩塚。これはコーチと選手の関係だけでなく、選手間の関係にもあてはまることだ。

「『話せばわかるし、絶対伝わる。相手を信頼しよう。怒らないとわからないっていうのは、相手を信頼していないからじゃないか?』という話をしました」

 そういう話をしたあとに、チーム内の人間関係に変化があったとも言う。

信頼が生むエネルギーの大きさ

「先輩から後輩に向けての、責め心を持った指摘がなくなったっていうのは聞きました。それは信頼があるからですよね。そういう関係で、お互いを信頼しあってやっていこうぜって言えるエネルギーのほうが大きいんじゃないかなって考えています」

 選手ひとりひとりに、どんな自分になりたいかを聞き、チームとしてまとめる。お互いを信頼しあう。そういった人間関係を築くのは時間がかかることだ。活動期間が限られる代表チームでそれをやるのは大変ではないのだろうか。

©︎FIBA

「たとえば(去年秋、恩塚が代表HCに就任して最初の大会だった)アジアカップのときは、1カ月ないぐらいの期間でしたけれどできましたし、この人はこんなふうになりたいと思っているのを知っていると、人との付き合いになるので、感情移入もできるじゃないですか。

 そういう意味では、全体像を持って進んでいくっていう効率と、あとは人と人との繋がりっていう意味の絆を感じながら得られる相乗効果みたいな部分もある。まず、そういうところから入ったら、結果的にいいパフォーマンスになると思うし、人生が豊かになるんじゃないかなって気がしますね。僕らは勝つことが目標ですが、どんな自分になりたいかとか、どんな人生を生きていくかっていうことのほうが大事だと思うので。そこから逆算していったほうがいいんじゃないかと思います」

 女子日本代表HCに就任したとき、恩塚は「目標はオリンピックでの金メダル」と宣言した。ホーバスHCの意志を継ぐ、高い目標設定だ。

 と同時に、恩塚にはもうひとつの目標がある。「ワクワクが最強」というコーチング、怒らないコーチングを、日本スポーツ界の常識にしていくことだ。

 恩塚自身、試行錯誤してたどりついたコーチングだが、同じようなやり方をしている人は日本中にいるはずだと言う。

「中には僕よりいいパフォーマンスで導いている人もいると思います」

 ただ、世間では強いチームのほうが話題になることが多く、その多くの指導者が高圧的という状況なので、そちらのほうが目立ってしまう。そして結果を出せないと、まわりから「怒れないコーチ」「あいつは甘い」と批判され、心が折れてしまう。

 恩塚が今、積極的に発信しているのは、そういったコーチたちへの応援メッセージでもある。日本代表チームを「ワクワクが最強」のコーチングで率いているコーチがいると知れば、同じような感覚でやっているコーチたちも心強く思ってくれるかもしれない。そこから輪が広がっていくことに期待している。

「このやり方は、僕自身が勉強して成長していくのが楽しいっていうモードになっていないといけない。そうでないと選手も『私も勉強したい』とか、『なりたい自分になろう』とは思えない」

2021年10月アジアカップ ©︎FIBA

 自分自身が心身の状態をよくし、成長を目指すことで、選手たちの変化を促進する。たとえば、恩塚は、毎日朝日を浴び、ストレッチをして心身を整えている。体育館に入ったときは、大きな声で挨拶をするようにしている。すると、以前は遠くから小さな声で答えていたような選手たちも、近づいてきて、笑顔で挨拶してくれるようになったという。

「そういうときに、人生変わってよかったなって思います。自分の状態をよくするっていうのがキー。そうやっていったら、コーチも選手もどっちも幸せになれる。それを共有したいなって思って、こういうお話をさせていただいているんです。本当に僕、変われてよかったなと思っているんで」

文=宮地陽子

photograph by AFP/AFLO