流行りのトラッシュトークを駆使した挑発や罵倒は嫌いだ。記者会見でことさら自分を大きく見せようという野心もない。プロレス顔負けの場外乱闘などもってのほか。「もっと試合を派手に煽ってくれよ」と願う大会関係者にとっては、やっかいな存在かもしれない。『RIZIN.35』(4月17日・武蔵野の森総合スポーツプラザ)で斎藤裕を返り討ちにして、RIZINフェザー級王座の初防衛に成功した牛久絢太郎はそういう男だ。

 そもそも昨年10月、牛久が当時フェザー級王者だった斎藤に挑戦することが発表されたとき、SNSにおけるファンの反応は「なんだ、牛久かよ」といった冷やかなものだった。

 当時、牛久は中村大介を撃破してDEEPフェザー級王座を初防衛したばかり。RIZINには初登場だったが、その実力については、格闘技ファンにすらしっかり認知されていたとは言いがたい。牛久がパンクラスを主戦場にしていた時代、筆者は同団体のテレビ解説をしていた関係で何度か彼の試合についても話した記憶があるが、確固たる印象が残る選手ではなかった。

2021年10月、RIZIN初参戦の『RIZIN.31』で斎藤とのタイトルマッチが組まれた牛久。当時は格闘技ファンの間でもその実力は未知数だった ©RIZIN FF

“無名のDEEP王者”が起こした番狂わせ

 では、なぜ牛久はRIZINに抜擢されたのか。もちろん主戦場をDEEPに移して地力をつけたこともあると思われるが、最大の理由は“DEEPの現役チャンピオン”という肩書を持っていたからだろう。チャンピオンという肩書は、大舞台で活躍しようとするときに格好の通行手形となる。仮に牛久というファイターの存在を知らない人に対しても、「おっ、チャンピオンなんだ」と納得させることができるのだ。

 とはいえ、斎藤との初対決前、多くのファンは「斎藤の勝利」を予想していた。それはそうだろう。当時の斎藤は朝倉未来をシーソーゲームの末に撃破し、スター街道をまっしぐらに駆け上っていたのだから。対照的に、その時点で牛久がどんな格闘家であるかを把握していた関係者がどれだけいたというのか。

 もちろん巷のネガティブな声は牛久の耳にも入っていた。だからこそ飛びヒザ蹴り一発で斎藤の右目上を大きくカットさせ、TKO勝ちを飾った直後のマイクアピールは奮っていた。

「どんな下馬評でも、自分を信じれば覆すことができます」

 カットでの決着だったこともあり、「牛久の勝利はフロック」という声もあったが、それは違う。「牛久=テイクダウン」というイメージを植え付け、斎藤の意識を下に向けさせたうえでの一撃だったのだ。『RIZIN.35』 で浜崎朱加を破り、RIZIN女子スーパーアトム級王者になった伊澤星花も指導するK-Clannの横田一則代表と練った戦略が、ズバリ的中した結果だった。

初防衛後、報道陣に逆質問「もう大丈夫ですよね?」

 朝倉を破った斎藤からTKO勝ちを収めたことで、格闘技界恒例の“大晦日のお祭り”からも声がかかるかと思いきや、そういう展開にはならなかった。RIZINからのオファーが来る前に、同じ12月にDEEPフェザー級王座の初防衛戦を行うことが決まっていたのだ。結局、大晦日のRIZINにおけるフェザー級の主役は、朝倉と斎藤だった。

 斎藤に一度勝っただけでは、牛久の人生が大きく変わることはなかった。RIZINフェザー級戦線は朝倉と斎藤、そしてクレベル・コイケを軸に展開すると思われていた。せっかく王者になったというのに、牛久は脇役扱いのままだった。

 牛久を見る世間の目が劇的に変化したのは、今回のリマッチで斎藤を返り討ちにしてからだろう。それでも、牛久は「まだ自分は必要とされていないのではないか」という疑念を抱いていた。

 試合後、RIZINの榊原信行CEOからチャンピオンベルトを腰に巻かれたときには、ストレートな気持ちを投げかけた。

「僕は敵ではないです」

 榊原CEOは笑顔とともに返した。

「敵だと思っていないよ」

ベルトを見事に防衛し、喜びを爆発させる牛久。ボディビルダーのような肉体から、ハードな鍛錬ぶりが窺える ©RIZIN FF Susumu Nagao

 その後、インタビュースペースに現れたときも牛久はまだ半信半疑だった。

「これで文句なく王者と胸を張って言える感じでしょうか?」という質問が飛ぶと、牛久は相槌を打ちつつ、こう答えた。

「もう大丈夫ですよね? 逆に(お聞きしたい)」

 このとき、牛久は初めて自分が王者として認められたと安堵したのではないか。初防衛戦について率直な感想を求められると、ようやく相好を崩した。

「この半年間、本当に自分を追い込んで頑張ってきたので、この勝利が何よりうれしい」

 大言壮語をよしとしない彼が唯一自慢するもの──それは尋常とは思えない練習量だ。週7回、1日2部練、3部練は当たり前。試合が決まれば、横田代表から見ても「これ以上やったら死ぬ」というレベルで追い込みをかける。

 そのせいだろうか。今回、初防衛戦に臨む牛久の顔つきには明らかな変化が見られた。お世辞を抜きにして、王者としての“艶”が出てきたのだ。チャンピオンになることで、さらに大きく化けるファイターがいるが、牛久はその典型かもしれない。

 さらにRIZINのチャンピオンベルトを持つことで、様々なプレッシャーがあったことを打ち明けた。

「逆にそのプレッシャーが自分を強くしてくれたと感じています。だからベルトには本当に感謝しています」

朝倉未来がさっそく「俺の方が強い」と宣戦布告も…

 前回は飛びヒザ蹴りが勝負のキーポイントとなったが、今回はハイキックの応酬が第1のポイントとなった。

 2R、斎藤が右ハイキックを放つと、牛久はこれを左腕でブロックした刹那、ワンツーを放ち、右のガードが下がっていた斎藤に左ハイを一閃。この一撃を受けた斎藤は尻もちをつくようにダウンを喫した。この日の牛久は、構え方をサウスポーからオーソドックスに変えるなど頻繁にスイッチしていたが、ハイを決めたときの構えはオーソドックスだった。もともと左右どちらでも構えることができるので、対戦相手によってスイッチ戦法は有効な手立てとなる。

斎藤の顔を見事に捉えた牛久の左ハイキック ©RIZIN FF Susumu Nagao

 第2の勝利のポイントは、3Rに斎藤がワンツーで攻め込んできたところをブロックし、さらにもう一度アタックしてきた相手に対して左フックをクリーンヒットさせた場面だろう。また、前回は使っていなかった関節蹴りを多用することで、牛久は斎藤の出鼻を挫くことに成功していた。観客の目に届きづらい、細かな場面でも工夫を怠っていなかった。

 リング上でインタビューを受けている最中、牛久はうれし涙を見せた。この姿を見た朝倉はTwitterを通じて「牛久、男が簡単に泣くなよ」と呼応した。これぞSNS時代の宣戦布告。朝倉は言葉を続けた。

「正直なところチャンピオンより俺の方が強いと思うね」

 未来のツイートについて記者から感想を求められると、牛久は「あっ、そうなんですか」と他人事のように呟いた。

「確かにそうかもしれない。僕にもいろいろ込み上げるものがあって、最近はちょっと涙腺が緩いかもしれない(笑)」

 SNSのスピード感も朝倉未来の甘噛みも、牛久にとっては柳に風。「王者として認めてもらった」と思えたことも大きいが、牛久は自分のスタンスやリズムを1ミリたりとも崩そうとはしなかった。“次”への期待より、現在を噛みしめていた。

 勝負が決まった直後の、斎藤とのやりとりがある。先に会見に臨んだ斎藤が「それは向こうに聞いて」と口を噤んだことで、牛久がカミングアウトした。

「泣かないで、泣かないで、チャンピオンなんだから、もっと胸を張って、と言ってくれました。優しい方だと思いました」

 今後は“泣きの牛久”として浸透するか。一夜明けて、王者は豊橋出身の“路上の伝説”の挑発に、生まれ育った地元の名前を出して反応した。

「足立区は泣くんですよ!」

 次戦はクレベル・コイケの挑戦を受ける可能性が高い。しかし、もし仮に朝倉と対峙したら、牛久は斎藤以上にファイターとして大化けするかもしれない。

 初防衛の日、泣き虫な王者はインタビュースペースで「もう大丈夫ですよね?」と報道陣に問いかけた。その場にいた全員が、同じ言葉を贈りたかったはずだ。

 もう大丈夫だよ。

文=布施鋼治

photograph by RIZIN FF Susumu Nagao