3月某日、酔った男性に絡まれていた女児を救出し、さらに4月にはIWGPタッグ王座も獲得するなど、一躍名を上げた新日本プロレスのグレート-O-カーン(以下、オーカーン)。警察から感謝状を受け取った帝国の支配者は、漫画・アニメ好きであることを包み隠さず公言する“オタクレスラー”でもある。インタビュー後編では、そんなオーカーンの謎めいたルーツと、代名詞となった必殺技「大空スバル式羊殺し」が生まれた経緯に迫った。(全2回の2回目/前編へ)

 じつは、オーカーンと同じように漫画やアニメをこよなく愛するレスラーが話題になったことがある。花咲徳栄高校卒業後、日本大学のレスリング部で名を馳せた岡倫之(おか・ともゆき)だ。「岡さんをご存知ですか?」と水を向けると、オーカーンは神妙な表情でこう口にした。

「うむ。なんか取材を受けるとよく出るんだよ、その名前が」

『僕は友達が少ない』の柏崎星奈のイラストが描かれたシャツや『けいおん!』のショートパンツを着用し、大量の漫画に囲まれて寮生活を過ごしていた岡は、ある動画で「徳栄の恥、日大の恥」と言われながらも、好きなものを貫くことの大切さを説いていた。

 好きなものを隠さずに、さらに強さも見せ続ける。そんな岡の姿は、現在のオーカーンと重なる部分があるのではないだろうか。

「そうじゃな。今では『アニメが好き』と言っても、もう一般的になっていて『ああ、そうなんだ』で終わることも増えたと思うのだよ。だが、時代を遡れば遡るほど、そうではなかったはずだ。調べたところによると、その岡ってやつは強かったんだろ?」

 当時の岡は、2012年のレスリング全日本選手権(フリースタイル120kg級)優勝をはじめ、アマチュア格闘技の世界で輝かしい戦績を残していた。

2012年のレスリング全日本選手権で優勝した岡倫之 ©AFLO

「強さでは、部活を、学校を代表する存在だったのに『ふざけている』と思われて、そいつは部長になれなかったらしい。『部長の格ではない』と。他にも、強かったけれど心が優しかった岡は、そういう趣味のせいで校内いじめのようなものを受けていたそうじゃ……。不遇の時代だな。昔よりマシになったとはいえ、今でもそういうことはあるのだろうな」

「大空スバル式羊殺し」が生まれた経緯とは?

 オーカーンは自分のことのように岡への共感を示しつつ、バーチャルYouTuberの名前を冠した必殺技「大空スバル式羊殺し」が生まれた経緯を明かした。

「余の大空スバル式羊殺し、あれはオリジナルで、由来もしっかりしているだろう? タイチの聖帝十字陵や天翔十字鳳(北斗の拳)、他にもザック・セイバーJr.はバンド名からだし、そういえばVトリガー(ストリートファイターV)とかいうのもあったそうじゃないか。他にも数え切れないほど、プロレス技には“元ネタ”がある。

 だが、余はちゃんと使用前に許可も貰っておるのだ。こういう細やかな気配りができるのは、余だけ、じゃろうな。『ホロぐら』でなにやら角巻わため姫(羊をモチーフにしたバーチャルYouTuber)が『ギブギブギブ』と言っているのを見てからの余の行動はまさに疾風怒濤よ。実際に試合でギブアップをとれるように改良を重ねてオリジナル技に昇華し、許可も取り、本人へのリスペクトを込めてそのままの名前をつけたのじゃ」

いまやオーカーンを象徴する技のひとつになった「大空スバル式羊殺し」 ©Essei Hara

 そしてオーカーンは、衝撃的な告白をした。

「でも本当はな、大空スバル式羊殺しはやりたくなかった」

 どういうことなのだろうか。

「よく見てみろ。余の試合でオタク的な要素があるのはあれだけだろう? 余には様々な一面があるのだ。リングの余、東スポの余、新日ちゃんぴおん。の余、Twitterの余……。その中で基盤になっているのが“リングの余”であり、リングには外のものをあまり持ち込みたくはないのじゃ。ではなぜやっているのか、というと、あれは真にオリジナルな技だからだ。もちろん大空スバル姫にもしっかりと筋を通している。それなのに、VTuberが由来というだけで『ふざけている』と言われる。一番しっかりした由来なのにも関わらず、だ!」

 振り上げられた拳が机を叩くかと思われたが、オーカーンはその手をゆっくりと元の位置に戻すと、静かにこう続けた。

「余は、そういうところもひっくり返してやりたい。アニメ好きとしてプロレス界を牛耳り、端っこに追いやられたやつ、不遇や冷遇を味わったやつでも、プロレス界の支配者になれるのだ、と。そういう思いでやっておるのだよ」

イロモノ扱いされても「続けるしかないんだよ」

 その「ひっくり返してやる」が、“あの一件”で現実のものとなった。武蔵小杉駅で酔った男性から女児を救ったことが地上波のニュースも含めて広く報じられると、巷ではオーカーンを称賛する声が続出。普段プロレスを見ない人たち、グレート-O-カーンという存在を知らなかった人たちはもちろん、それまでオーカーンのことをイロモノ扱いしてきたようなファンもこぞって掌を返したのだ。

「天変地異に天変地異が続いて負け続けた時もあったし、『プロレスは嫌いだ』と宣言したり、プロレスよりアニメの話ばかりしていたしな。世間に見る目がないやつが多いことは最初から気づいておった。だから余は、愚民と帝国民を分けておるのだ。見る目の無い愚民どもに掌を返させてやる。それをずっと楽しみにしておった」

 今回の一件がなくても、オーカーンには世間の見方をひっくり返す自信があった。

「昨年のG1からずっと言っておろう。『始める前は否定される。始めれば反感を持たれる。途中でやめれば馬鹿にされる。報われるには、報われるまで続けるしかない』と。だからな、続けるしかないんだよ。あの事件は、自分を貫いてきた中で、たまたまプロレスとは関係のないところで起こったこと。誇るべきことではなく、ただのきっかけに過ぎん。それよりも、両国でちゃんとチャンピオンになったことの方が、世間の目を変えさせるには相応しかったじゃろうが。あの事件があってもなくても、余がやることは何も変わらない。だから今の世間の“どこぞの記者”ばりの掌返しは、いずれにせよいつかは起こることだったのじゃ」

 好きなものを好きと言い続け、一切ブレなかった。世間にすり寄るのではなく、自分を貫き通してきた。結果、周りの見る目は変わった。

オーカーンいわく、今回の一件がなくとも

“帝国書記官のおしごと”を認める器の大きさがスゴい

 とはいえ、実際にそこまでやり続けるというのは決して簡単なことではない。イギリス時代から、あるいは「記憶を失う」以前から、オーカーンの姿勢は何も変わっていない。他のレスラーが歩まないオリジナルな道を歩み続けることができるのはなぜなのだろうか。

 今回の事件やタッグ王座の戴冠で一気に掌を返された印象が強いが、その前にも周囲の見る目を変えさせた好例があった。そのひとつが、“帝国書記官”こと東京スポーツの岡本祐介記者による記事だ。オーカーンが勝てば大絶賛、負ければとことん酷評する独特な試合レポートは、徐々にファンの心をつかんでいった。

「あれも、最初はバッシングが凄かった。乗っかってきて馬鹿にしてくるやつも、持ち上げられた時に『なんでこいつがそんなに褒められるんだ』と言うやつもいた。選手の間でも不評だった。でもな、余はニヤニヤしてそういうやつらを見ていたよ。センスのねぇやつらだ、小さなプライドに凝り固まっている、プロレスファン心の抜けねぇ愚レスラーどもだ、とな」

 いまや、帝国書記官によるオーカーンの記事は東スポの新たな名物となった。現在、プロレス関係で最も読まれているコンテンツかもしれない。

「つい最近、『あれをマネしたい』っていう記者が現れたんだよ。でもな、実際にああいう記事を書かせてくれる選手がいないらしい。当たり前だ。余のような器の大きさと先見の明があるものはおらんのだからな。ま、あれも、余が成功させてやった、と言っても過言ではないんじゃないか?」

 先日の事件の第一報を伝えたのも岡本記者だった。4月1日のことだ。

「余と東スポ、ただでさえ親和性が高いところにエイプリルフール。とにかくすべてがマッチしていたからな。被害者も加害者もいることではあるし、本来そこまで盛り上げるべきものではないのだが、どうせ世に出るのならばやってやろう、と」

世間の反応も「すべて余の掌の上じゃ」

 称賛されるだけでなく、なかなか事実だと信じられなかったり、あの事件で初めて存在を知った人たちが過去の記事を読んで戸惑ったりと様々な反応があったものの、オーカーンは高らかにこう言い放った。

「ふん、予想外の反応など一つもなかったわ。すべて余の掌の上じゃ」

自らの掌の上で踊る“愚民”の様子に上機嫌なオーカーン

 警察から感謝状を受け取ったオーカーンは、4月4日の後楽園ホール大会でそれを手に入場してきた。「リングに外のものを持ち込みたくはない」という主義と相反しているように思えるが、そこには“ヒール”としての狙いがあったようだ。

「うむ。本当は感謝状をリングに持ち込みたくはなかった。もう使うこともない。あそこに持ち込んだのは、『余はこれからも変わらない』という決意の表れだ。あんな反響があったら、普通はもう悪逆非道な姿なぞ見せられないだろう? しかし、だからこそ、余はあれを使って毘沙門を蹂躙してやろうと考えたのじゃ。『正義の味方は何をやってもいいんだ!』『感謝状を持った人間に何をするつもりなんだ!』とな。思い出すだけで笑えてくるわ」

 バッシングにも負けず、称賛にも流されず、掌返しにも動じない。ただひたすらに己の好きなものを愛し、それを堂々と表明しながら頂点への道を突き進むオーカーン。その器の大きさはあのドーキンス博士でも言い表すことが不可能であり、何もかもを見通す先見の明はノーベル経済学賞ものと言っても過言ではない気がする……と取材陣が感服しきっている前で、偉大なる支配者はあらためて宣言した。

「余は何も変わらん! 余が好きなオタク文化をより一般化していくし、酒池肉林を極める! ベルトも、東スポのプロレス大賞のMVPも、すべては肥やしに過ぎん! ただ、一度取った(昨年のプロレス大賞では技能賞を受賞)のに外されると、なんだか格が落ちる感じがするからな。まあ帝国書記官が東スポにいる以上、そのあたりも抜かりはない」

 そして最後のメッセージを残し、颯爽と去っていった。

「端っこに追いやられているやつ、不遇冷遇を味わっているやつは、余を見ろ。どれだけヒエラルキーで下になる条件が揃っていても、殴られてでも曲げない強い意志があればテッペンに立てるんだよ。実際に余の真似をするのは難しいことかもしれねぇが、その姿を見るだけで自信になるだろ? だから、余を見ておけ。困ってるやつくらい、助けてやるよ」<前編から続く>

文=原壮史

photograph by Masashi Hara