ふくらはぎ痛で離脱していたアーセナルの冨安健洋が、約3カ月ぶりにピッチに立った。

 出番が訪れたのは、4月23日に行われたマンチェスター・ユナイテッド戦の後半45+1分のことだった。日本代表DFが途中出場でタッチライン際に立つと、復帰を喜ぶサポーターから「Super Tomiyasu!」のチャントが沸き起こった。

 5-4-1の右SBとしてピッチに入り、冨安はすぐにサイドから攻撃に参加した。鋭い動きで縦に突破を図ろうとしたところで、ポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドがたまらずファウルでブロック。冨安が倒れ、C・ロナウドに警告が出されると、「Super Tomiyasu!」の応援歌が本拠地エミレーツ・スタジアムに再びこだました。

C・ロナウドが冨安を“削った”瞬間 ©Getty Images

攻撃参加時の身のこなしは離脱前そのもの

 試合は冨安投入時のままスコアが変わらず、アーセナルが3-1で貴重な勝利を挙げた。この結果、同日にブレントフォードに引き分けたトッテナムを交わし、来季チャンピオンズリーグ出場圏内の4位に浮上。試合後、23歳のサムライは笑顔でGKアーロン・ラムズデイル、MFマルティン・ウーデゴール、DFセドリク・ソアレスといったチームメートたちと抱擁を交わしていった。

 出場時間こそ短かったが、この試合で感じたのは冨安の動きの良さだった。

 攻撃参加時に見せた素早い身のこなしは、負傷離脱前の姿そのもの。90分を通して鋭い動きを維持できるかどうかはまだ不透明だが、英サッカーサイトのフットボール・ロンドンが「ここまで長く離脱すると、冨安のシャープネスに大きな疑問符がつく」と懸念していた中で、冨安は上々のプレーを見せたと言えよう。

 そして、6季ぶりの欧州CL出場を目指すアーセナルとしても、シーズン終盤の大事な時期で冨安が復帰したのは大きな押し上げとなる。冨安の代わりに右SBを務めていたセドリクは守備の対応に難が見えるだけに、ディフェンスの安定向上で日本代表DFは大きな力になるのは間違いない。

「まずは復帰おめでとう、と伝えたい」

 冨安の復帰を喜んでいたのはサポーターだけではない。この試合に駆けつけた元スウェーデン代表MFフレドリック・ユングベリもその1人だ。

 現役時代はアーセナルの主力として2003ー04シーズンの国内リーグ無敗優勝に貢献。その後はウェストハム、セルティック、清水エスパルスなどに所属したのち、引退後は指導者の道に進んだ。2016年からアーセナルの下部組織でコーチを務め、U-15やU-23チームを担当した。

清水時代のユングベリ ©Toshiya Kondo

 それから3年後の2019年にトップチームに昇格し、コーチとしてウナイ・エメリ前監督(現ビジャレアル監督)を支えた。同年11月にエメリ監督が解任されると、ミケル・アルテタ監督にバトンを渡すまで暫定監督を務めた。とにかく、アーセナル愛の深い人物だ。

 そんなレジェンドに話をうかがう機会に恵まれた。

 筆者が「トミが復帰しました」と質問をぶつけると、ユングベリは柔和な笑みを浮かべ「本当によかった。まずは復帰おめでとうと伝えたい」と語った。そして、マンチェスター・U戦の冨安について次のように言葉をつないだ。

「長期間離脱していたが、チームにとってシーズン終盤の大事な時期に復帰してくれたのは大きい。トミヤスが最初にボールに絡んだシーンを見たか? スピードに乗った攻撃参加に、C・ロナウドはファウルで止めざるをえず、警告を受けた。出番は短かったが、復帰直後とは思えないほど動きが鋭かった」

 暫定監督時代のスーツ姿ではなく、カジュアルな服に身を包んでいたユングベリの言葉は、冨安の加入効果に及んだ。

「アーセナルにとって素晴らしい補強になったと思う。ここまで、トミヤスに対する印象は非常に良い。高さがあって、フィジカルプレーにも強い。チームのボール保持時には確かなテクニックで力になっている。加入直後の試合では、冨安は右サイドバックながら(試合中に)中央にポジションを移し、(本来の)4バックから3バックの形になる難しい役割をこなしていた。ミケル(アルテタ監督)の戦術にもフィットしている」

最近の若い選手は、我々とは…私はまるで恐竜だ

 ユングベリとの会話で最も印象に残ったのは、古巣のアーセナルが復活の兆しを見せていることに、何よりも嬉しそうな表情を浮かべていたことだ。「良い試合だったし、良いパフォーマンスだった」と宿敵マンチェスター・Uを下したことに笑みをこぼしていた。

 実はユングベリはU-15、U-23監督時代、下部組織出身のブカヨ・サカを直接指導している。20歳になったサカがアーセナルの主力に成長し、マンチェスター・U戦でゴールを決めたのだから、喜びもひとしおだったのだろう。

 45歳のスウェーデン人は、英スポーツサイト・アスレティックのインタビューで、そのU-15監督時代を振り返っていた。「最近の若い選手は、我々の世代とはまったく違う考え方をする。私はまるで恐竜のようだった」と言う。指導では、技術的な側面はもちろん、人として精神的に成長させることにも重きを置いた。

2020年のユングベリ ©Getty Images

「私が母国スウェーデンでプロ選手になったのは16歳の時。でもキャリアをスタートした当初は、私が練習時間まで家でのんびりしているのを、父が許してくれなかった。練習開始は15時だったが、毎朝6時に父と家を出て、工事現場で働いていたんだ。13時に昼食を取り、バスで1時間かけて移動して、チーム練習に参加していた。あの時はとてもイライラしていたが、おかげでプロサッカー選手がいかに恵まれた環境にあるかを身をもって知ることができた。

 だから、アーセナルの若手にも2日間は工事現場で働かせたいと思っていた。朝6時に現場に入り、16時に仕事を終える生活をさせたかったんだ。サッカーだけでなく、生きていくことの厳しさを知ってもらうためにね。アーセナルユースの若手に体験させることは叶わなかったが、こうした考えは、私が下部組織に持ち込もうとしたことのひとつだ」

マンU戦にはアンリ、ベルカンプ、レーマンらも!

 マンチェスター・U戦に足を運んだクラブOBは、ユングベリだけではなかった。「インヴィンシブルズ(無敵の者たち)」と謳われた2003-04シーズンの無敗優勝時のメンバーで、ティエリー・アンリとデニス・ベルカンプ、ジウベルト・シウバ、イェンス・レーマンの姿もあった。

ベルカンプの語り継がれる「スーパートラップからのゴール」 ©Getty Images

 アーセナルでナンバー10を背負ったベルカンプにいたっては、試合前にサカとエミル・スミスロウのイングランド出身選手を集め、若い彼らにアドバイスを送っていた。

(左から)アンリ、サカ、スミスロウ、ベルカンプ ©Getty Images

 52歳になったベルカンプは「私は現役時代、イングランドの選手から多くのことを学んだ。彼らは“イングリッシュ・フットボール”の何たるものかを知っていたし、アーセナルでプレーすることの意義も教えてくれた」と説明し、「攻撃的にプレーし、情熱を持って戦う──。君たち、イングランド人なら理解していると思う。それらをチームに注ぎ込んでほしい」と2人に訴えた。

 10番を引き継いだスミスロウはレジェンドの言葉に聞き入り、サカは何度もうなずいた。その傍らで、アンリは父親のような表情で若い2人の顔を交互に見つめていた。

アーセナルのDNAは脈々と受け継がれている

 思い返せば、アーセナルが最後にリーグ優勝を果たしたのは今から18年前。そう、無敗優勝時の2003-04シーズンである。当時の本拠地は旧ハイバリー・スタジアム(※2006年の使用終了後、2010年に外観そのままに集合住宅へと生まれかわった)であり、リーグ優勝は遠い、遠い昔のことのように思える。

 ただ、下部組織の監督を務めたユングベリの経歴を見ても、アーセナルのDNAは脈々と受け継がれているように思う。実際、ファーストチームを率いるのは、現役時代にアーセン・ベンゲルの薫陶を受けたアルテタ監督だ。

アーセナル監督時代のベンゲル ©Takuya Sugiyama

 今季のアーセナルは20代前半の若手たちが躍動し、ベンゲル退任後の苦しい時代を知るサポーターたちも「CLに向かっている」のチャントで高揚感を盛り上げている。その横で、クラブOBのユングベリが教え子サカの活躍に目を細め、守備のキーマンである冨安の復帰を喜んでいた。

 今シーズンの残りは5試合。クラブレジェンドたちが熱い眼差しを向ける中、アーセナルはチャンピオンズリーグの舞台に復帰できるか。5月12日に控える5位トッテナムとの直接対決を含め、アーセナル、そして復帰直後の冨安にとっても負けられない試合が続く。

文=田嶋コウスケ

photograph by James Williamson/Getty Images