佐々木朗希投手と白井一行球審との間に起きたシーンが物議をかもしている。審判の判定によって起きた問題について振り返りつつ、かつてパ・リーグで活躍した鉄平氏、荻野忠寛氏にアンパイアの苦悩などについて話を聞いた(全2回/#2も)

 騒動の余波は1週間経っても続いている。

 4月30日。オリックスと西武の一戦で両チームのスタメンと合わせて、審判員が発表される。「球審、白井」のアナウンスが京セラドームに響くと、観客はざわめき、拍手も起こった。白井一行審判員が球審を務めるのは、あの騒動以来、初めてだった。

「どちらもプロですし、人間だもの」

©Hideki Sugiyama

 4月24日、白井審判員はオリックス―ロッテ戦で球審を担当した。

 議論を巻き起こした場面は2回裏。ロッテの先発・佐々木朗希がオリックスの安達了一に投じた3球目がボールと判定された時だった。佐々木は判定に納得いかないような態度を示し、白井球審は厳しい表情でマウンドの佐々木に詰め寄った。

 後日、日本プロ野球選手会は「コミュニケーション不足が一因」との考えを示し、審判員の技量や試合中の対応などに関する質問状を提出すると明かしている。

 プロ野球OBや野球ファンの間では白井球審の行動に対する評価が二分し、議論が過熱している。一方、騒動を冷静に見ている野球関係者もいる。2009年に楽天で首位打者のタイトルを獲得し、昨シーズンまで楽天でコーチを務めていた鉄平氏も、その1人だ。

現役時代の鉄平 ©Sports Graphic Number

 一軍の試合に1000試合以上出場した経験から「特別、問題にすることはないと思います」と話す。そして、こう続けた。

「選手も審判さんもプライドを持ってプロとしてグラウンドに立っているからこそ、ぶつかり合いが起きます。決して珍しいシーンではなく、佐々木投手の注目度が高いので取り上げられたと感じています。

 もちろん、佐々木投手が試合中に繰り返し判定に不服そうな顔をしたり、問題の場面でマウンドを少し降りたりしたのは良くないですし、白井球審は佐々木投手に注意するタイミングがふさわしくなかったと思います。ただ、どちらもプロですし、人間だものという話です」

「毎日、毎日、割に合わないと切なそうに」

 鉄平氏は現役時代、審判と一定の距離を保っていた。挨拶は欠かさなかったが、話し込むことはなかった。八百長といった、あらぬ疑いをかけられないよう誤解を招く行動を避けていたためだ。それでも、審判の嘆きを耳にしたことがあった。

「毎日、毎日、割に合わないと切なそうに言葉を口にしていました」

 鉄平氏が記憶をたどる。楽天でレギュラーに定着した2007年頃、味方の攻撃を終えて外野の守備に就こうと、球審の近くを通った時だった。

「どんな流れで会話が始まったかは覚えていませんが、試合の判定について言葉を交わしました」

 割に合わない。球審から思わず漏れた一言を今でも覚えている。

「試合中、審判さんに対しては両チームのベンチから厳しい声が飛びます。お客さんからも時には罵声が浴びせられます。誰からも称賛されず、毎日罵られる仕事はつらすぎます」

※写真はイメージです ©Sports Graphic Number

少年野球の審判をやってみると判定を迷った

 現役を引退して7年。改めて審判の難しさを感じる出来事もあった。

 鉄平氏は野球をしている小学5年生の息子が所属するチームで時々、サポートとして試合の審判をすることがある。

「レベルは全然違いますが、少年野球のスピード感でもアウトとセーフの判定に迷ってしまいます。プロのスピード、緊張感の中で瞬時にアウトとセーフ、ストライクとボールをジャッジするのは大変だと思います」

 審判も人間。感情があり、個性もある。鉄平氏は現役時代、審判の判定に自らのパフォーマンスが影響されないよう心掛けた。球審の特徴を把握して打席に入る。

 ただ、球審のストライクゾーンを意識するのは、2ストライクと追い込まれてから。球審の特徴は、あくまで「補足」と考えていた。ストライクゾーンの感覚が自分と違っていても、不満を表には出さなかった。予想外の判定をされた際は、とっさにアッと声を漏らすだけだった。

「審判さんによってストライクゾーンの広さに違いは感じますし、その傾向がシーズン中に変わることもあります。人間がやっていることですから。選手はストライク、ボールの判定を変えられないので、柔軟に対応するしかないです。判定を含めて選手の責任だと思います。ストライクゾーンの判断が人によって違うのも含めて野球のおもしろみだと現役時代は思っていましたし、今も考えは同じです」

「何百試合もかけて」審判との良好な関係性を

 達観しているような鉄平氏の言葉。だが、その域に達するまでに「何百試合もかかりました」と振り返る。一軍での出場機会が増え、自分の打席を振り返ったり、他の選手の振る舞いを見たりするゆとりが生まれると、審判の判定に対して感情的になっても得はないと悟った。

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「審判さんとは、なるべく良好な関係でやっていこうというコンセプトでプレーしていました。正しくジャッジしようとしている中で、個々の特徴が選手と合うか合わないかというだけです。ごちゃごちゃ言っても判定は覆りません。にらみを利かせられるのは、よほどの大御所。自分には、その力がなかったので、なるべく審判さんを味方にしようというスタイルでした」

 このスタイルに到達する前、鉄平氏は一度だけ判定への不満を露わにした試合がある。

「気持ちはわかるけど、ああいう態度を取られると…」

  二軍でプレーしていた若手の頃、内野安打だと思って一塁を駆け抜けた時に、アウトとコールされた。納得できずカッとなり、一塁の塁審に少し詰め寄ったという。なだめられて処分を受けることはなかったが、試合後に塁審から声をかけられた。

「気持ちは分かるけど、ああいう態度を取られると大変なんだよと言われました。報告書を提出しないといけなくなるそうです。審判さんも事情があるんだと勉強になりましたし、申し訳ない気持ちになりました」

 鉄平氏は二度と判定に反論しなかった。そして、ストライクゾーンの違いも「野球のおもしろさの1つ」と捉えて打席に立った。人間味が失われたら、野球の魅力は半減する。だからこそ、佐々木朗希と白井球審の騒動を受け、「AI審判」導入の議論が再燃していることには異議を唱える。

「個人的には大反対、“大”が付く反対です。人間がやるからおもしろいのであって、判定を考えながら実行するのがプロの選手だと思います。1球のストライク、ボールの判定で投手が立ち直ったり、試合の展開が大きく変わったりするところも野球の魅力です。ストライクかボールかをビデオ判定していたら試合のテンポも悪くなります。AIになれば正確性、一貫性は上がるかもしれませんが、個人的には判定も野球のおもしろみと捉えたいです」

©Hideki Sugiyama

 1つの判定は時に、試合の勝敗を左右する重みを持つ。判定によって選手の評価や未来が変わる可能性もある。自分にとって不利に働くリスクがあったとしても、鉄平氏は野球に人間味を求めている。<つづく>

文=間淳

photograph by Kyodo News