佐々木朗希投手と白井一行球審との間に起きたシーンが物議をかもしている。審判の判定によって起きた問題について振り返りつつ、かつてパ・リーグで活躍した鉄平氏、荻野忠寛氏にアンパイアの苦悩などについて話を聞いた(全2回/#1も)

 4月24日の京セラドームでの佐々木朗希の登板で、佐々木に詰め寄った白井一行球審の一件は、未だに議論が続いている。野球関係者だけでなく、芸能界などにまで広がって「大事」になっている印象だ。

 筆者は現場で観戦した。2回裏のことだったが、現地で何が起こったか気が付いたファンは少なかったのではないか。筆者も直前にオリックスの杉本裕太郎が盗塁したことに気を取られていたほどだった。マウンド付近に球審が歩いていったのは見ていたが、ほぼ満員だった球場内もざわつくことはなかった。

昭和の時代、「審判がよくない」という論調だった

白井球審と井口監督 ©Hideki Sugiyama

 しかし数分後からSNSで声が上がり始め、30分後にはネット記事で「白井球審が詰め寄った」ことがニュースになっていた。その時点ですでに「白井球審のパフォーマンスだ」的な見方が大勢で「この大事な試合で、なぜこんなことをするのだ」的な論調になりつつあった。

「また審判叩きが始まるのか?」

 こんな嫌な気分がした。

 昭和の時代のプロ野球では、審判の判定に監督や選手がクレームをつけることが珍しくなかった。暴力をふるうことさえあったが、多くのファンは「審判がよくない」という論調だった。

 今も思い出すのは、1982年8月31日、横浜スタジアムでの阪神2コーチによる審判への暴行事件だろう。島野育夫、柴田猛の2コーチがファウル、フェアの判定を巡って鷲谷亘三塁塁審に暴力をふるったのだ。

82年に起きた暴行騒動 ©Sankei Shimbun

 さすがにこのときは安藤統男監督が謝罪した。セ・リーグの鈴木龍二会長は2コーチに「無期限出場停止」を科した。この処分を支持する人も多かったものの、一方で「審判の質が悪いからこうなるのだ」という論調も存在していた。

 たまたまこの試合の後に、塁審に打球が当たって方向が変わり、安打になるという試合があった。このとき「審判は石と同じだから、打球が当たってもプレーはそのまま続行される」というルールが紹介された。この後、関西では「審判が石と同じなんやったら、石ころ殴った阪神のコーチがなんで謹慎せなあかんねん」という話が冗談半分で流布したものだ。

“審判軽視”の流れを変えた97年の事件とは

 プロ野球(職業野球)の審判は、草創期から戦後しばらくまでは池田豊、井筒研一、二出川延明、横沢三郎、島秀之助など、大物野球人が務めていた。大学やプロで実績を残した元選手が多く、各球団の監督より年長者が多かったことから、審判を侮辱したり、からかったりすることは少なかった。

 しかし戦後、現役時代に実績のない元プロ選手が審判に転向するようになって、審判を軽く見る風潮が次第に大きくなっていったように感じる。

 野球界には「年功序列」と「実績主義」が根強い。

 監督や選手の中には、自分より年弱で、野球人としては大した実績を上げていない人物が審判として試合を仕切ることを「片腹痛い」と感じている人がいたのだろう。さらに、野球ファンの一部もこれに同調した。

 こうした風潮に少し変化が見えたのは、1997年に起こった「マイク・ディミュロ事件」だった。

 マイク・ディミュロはMLBからNPBに技術交流の目的で派遣されたマイナークラスの審判。6月、岐阜・長良川球場での中日−横浜戦で、中日の大豊泰昭が球審ディミュロのストライクの判定に抗議したところ、ディミュロはボール気味の次の投球を「ストライク」と宣した。

 ジャッジの権限が球審にあると強調するために、懲罰的にストライク判定をしたのだが――これに怒った中日の星野仙一監督、コーチ陣がディミュロを取りかこんだ。

 大きなショックを受けたディミュロは、翌日辞表を出して帰ってしまった。

97年に怒った「デュミュロ事件」 ©Kyodo News

米メディアにも大きく取り上げられ国際問題に

 今ではこうした懲罰的なストライク判定はMLBでも認められていないが、この時期はMLBでもしばしば見られたようだ。

 事件はメディアで大きく取り上げられた。アメリカメディアも「審判が恐喝された」と大きく取り上げた。ちょっとした国際問題になったのだ。

 この時期、野茂英雄がMLBに挑戦して大活躍し、アメリカの野球に日本のファンが注目し始めていただけに、前述した行為は「恥ずかしい」「マナー違反」だと批判されるようになった。

 そもそも野球のルールでは「ストライク、ボール」の判定に選手、監督、コーチは抗議できない。そのルールを無視したふるまいには、弁解の余地はなかった。

審判がプレーボールしない限り、試合は始まらない

©Sports Graphic Number

 スポーツマンシップの考え方では「フェアプレー」とは「ルールを正確に理解し、守り、尊重し、審判に敬意を払い、相手チームにも敬意を払う」ことだと規定されている。

 審判は「Master of Game」であり「プレー!」と審判が手を上げない限り、試合は始まらない。そしてすべてのプレーは審判の管理の下で行われる。

「でも、審判だってミスをするじゃないか」

 そう主張する人もいるかもしれないが、審判に「無謬性」は求められていない。選手同様、審判も時にはミスをする。しかし不完全な人間がやっているスポーツでは「それも競技のうち」ということになる。

 目に余るようなミス、度重なるミスがあった場合は、試合とは別に選手、チームと審判団の話し合いがもたれることはあってもよいが、競技中は審判に絶対の権限がある。

 最近はMLBの影響で、一軍の試合ではビデオ判定が行われるようになったが、これは「審判のジャッジが信頼できないから導入された」わけではない。ビデオ機器の進化で、細かなプレーがより精細にわかるようになったことで、疑念を残さないために“限定的に”導入されたものだ。それでも最終的なジャッジは審判が行う。

 最近はAI技術が進化し、MLBでは「AI審判」の導入も検討されている。今回の白井球審の一件で「NPBでもAI審判の導入を」との声が上がるかと思いきや、そうではなかった。むしろ審判の権限、立場を尊重すべきという声もあった。潮目が変わったのかもしれない。

ダルビッシュ、荻野忠寛が審判をフォローする投稿

 筆者が注目したのは野球選手、元選手から「審判の仕事の凄さ、大事さ」を訴える声が上がったことだ。以下、2人の投手のSNSでの発信を抜粋する。

ダルビッシュ有「簡単に言うと、審判はみなさんが思っている何万倍も難しいです。(中略)審判は褒められはしないけど、批判はされる。それが当たり前とされるのが審判なんですよね」

日本ハム時代のダルビッシュ有 ©Hideki Sugiyama

荻野忠寛「プロ野球の審判の技術は本当にすごい。特にストライク・ボールの判定はボール半個分以下まで見極められる。プロ野球選手が選ばれた人なら審判も選ばれた人。誰にでもできる仕事ではない」

ロッテ時代の荻野忠寛 ©Hideki Sugiyama

荻野さんが力説する「プロ野球審判の技術の高さ」

 この投稿をした、元ロッテ守護神の荻野忠寛さんに改めて話を聞いた。

「プロ野球の審判の技術は本当に高いです。 例えばストライク・ボールの判定。感情や雰囲気に流されず自分のゾーンを崩しません。アマではボール1個分くらい外れていてもキャッチャーがいい音を鳴らして捕ればストライクになることがありますが、プロの審判はそれがほとんどありません。自分のゾーンが確立されています。

 それはキャンプの時からチームに帯同し、何千球、何万球と見てきているからだと思います。今回のようにランナーが盗塁した時や、キャッチャーがランナーを気にして立ち上がりながら捕球した時など、アマチュアの審判ならストライク・ボールが今までのゾーンと変わってしまいます。 でも、プロ野球の審判は正確な判定を下すことができます。

 今回もあの1球だけ切り取ればストライクだろうと思う人も多いかもしれませんが、試合を通じて低目のボールには厳しかった。プロ野球の審判のレベルはアマチュア野球の審判には存在しないレベルだと思います。

 プロ野球の審判を『下手だから辞めろ』というのは、プロ野球選手に『大谷翔平選手より野球が下手なんだから辞めろ』と言っているようなものではないでしょうか。もちろん人間なので能力に差はあるでしょうが、技術の高さでは代わりがいない存在だと思っています」

 荻野さんは今回のジャッジについて、こう考えている。

佐々木朗希投手は世界一を目指せる選手だからこそ

現在の荻野忠寛さん ©Kou Hiroo

「スポーツマンシップでは『自制を保つ』ことも求められますが、今回はそれが足りなかったのではないでしょうか? ルールブックには『ストライク・ボールの判定に投手は異議を唱えることはできない。異議を唱えるために本塁に向かってスタートすれば、警告が発せられる』という主旨のことが書かれています。だから主審はルールに則って注意したとも取れます。

 ただし『自制を保つ』という点では、投手も審判も少し足りなかったように思います。お互いに態度、表情、言動をコントロールすることができなかった。

 人間だから感情があるのは当然ですが、感情と行動を切り分けるのが大切です。おそらく佐々木朗希選手には『異議を唱える』という意思はなく、そのためにホーム方向に歩いたわけではないと思います。しかし行動としてはそう見えました。これに対応して、審判も感情と行動を切り分けられずに感情のまま行動してしまったのではないかと思います。

 2試合続けて1人のランナーも出さないという前例がない投球の直後だったので、投手も審判もいつも以上の緊張感があったと思います。そんな中で自制を保つということは想像以上に難しいことです。お互いのプロ意識、この試合に掛ける思いが今回の一件に繋がってしまったのではないかと思います。

©Hideki Sugiyama

 最も大事なことは『次につなげる』ということでしょう。

 佐々木朗希選手は世界一を目指せる選手です。ロッテのOBとしてはプレーだけでなくスポーツマンシップでも世界一となり、誰もが認め、憧れる選手となってほしいと願っています。

 同時に、野球は審判がいなければ成り立ちません。良いゲームとはプレーヤー、審判、ファン、試合に携わるすべての人で作っていくものです。だからプレーヤーも審判もファンも良いゲームを作っていく仲間であることを改めて確認すべきでしょう」
<つづく>

文=広尾晃

photograph by Hideki Sugiyama