藤井聡太五冠(竜王・王位・叡王・王将・棋聖=19)の2022年度初めての防衛戦は、タイトル戦に初挑戦する出口若武六段(27)との第7期叡王戦五番勝負。8回目のタイトル戦で、後輩棋士と初めて対戦。叡王戦第1局は4月28日に東京・千代田区「江戸総鎮守 神田明神」で行われ、藤井が先勝した。両者が4年前に対戦した新人王戦決勝三番勝負、出口六段の戦績などについて田丸昇九段に記してもらった。【棋士の肩書は当時】

 2018年10月、第49期新人王戦決勝三番勝負で藤井七段と出口三段が対戦した。

 藤井は前年のトーナメント開始時は四段だったが、竜王戦などでの活躍によって七段に昇段していて、新人王を獲得する最後の機会となった(新人王戦の出場資格は六段以下)。

 出口は澤田真吾六段、井出隼平四段、梶浦宏孝四段らの棋士や三段に5連勝し、奨励会員として5人目の決勝進出だった。公式戦で見事に活躍している藤井と、奨励会の三段リーグに12期も在籍している出口との勝負は、藤井の勝利が予想された。

 出口の師匠である井上慶太九段は当時、弟子についてこう語っている。

「彼は17歳で三段に昇段した有望株で、ツボにはまると強い。ただ取りこぼしもある。三段リーグはそろそろ突破してほしい。藤井さんとの勝負は、分が悪いのは当然。出口の将棋は軽快に動くタイプで、そんなペースに持ち込めば、チャンスありと期待しています」

新人王戦決勝後、出口は藤井に携帯番号を聞いていた

 新人王戦決勝三番勝負の対局は、いずれも熱戦が繰り広げられたが、藤井が2連勝して新人王を獲得した。

 藤井は「最後の新人王戦で、優勝という形で卒業できたのはとてもうれしい。これを機に、さらに活躍できるように頑張りたい」。一方の出口は「悔いが残る内容になりましたが、自分の足りないところが分かりました。こういう舞台にまた立てるように頑張りたい」と、敗戦の弁を語った。

新人王戦当時の藤井七段と出口三段 ©JIJI PRESS

 第2局の終了後、出口は後日に藤井との練習将棋を所望するためか、携帯電話の番号を聞いていた。

 それから半年後の2019年3月。出口は三段リーグで14勝4敗の成績(1位)を挙げ、四段に昇段して23歳で棋士になった。新人王戦第2局で用いた角換わりの戦型で、勝ち星を重ねたという。なお藤井との練習将棋が実現したかどうかは不明である。

 出口の名前の「若武(わかむ)」は、父親が好きな漢字の「若」と同じく母親の「夢」を合わせて、当初は「若夢」の予定だったが、画数占いで良くないことから変わったという。勝負師らしい名前である。

藤井五冠は「手ごわい挑戦者」と感じている

 出口は今期叡王戦の「五段戦」で、古森悠太五段、本田奎五段らに4連勝し、本戦トーナメント(16人)に進出した。そして、A級棋士の斎藤慎太郎八段、佐藤天彦九段らに3連勝した。挑戦者決定戦では服部慎一郎四段に勝ち、タイトル戦の挑戦権を初めて得るとともに六段に昇段した。服部との将棋は苦しい形勢がずっと続いたが、懸命に頑張り抜いて逆転勝ちを果たした。

 藤井五冠は4月28日に行われる叡王戦第1局の前日に記者会見で、「しばらく対局が空き(3月9日以来、中49日)、明日は本年度の初対局。その間、今までと同じように、研究に取り組んできました。ここまでいい内容で勝ち上がってこられた出口六段は、勢いに乗っている手ごわい挑戦者という印象です」と語った。

藤井五冠にとって初の「後輩相手のタイトル戦」

 藤井から見て、出口は7歳年上だが四段昇段が2年半遅いので、棋士として「後輩」に当たる。8回目のタイトル戦で、初めてのケースである。「今までと違って新鮮な感じで、気持ちを新たにして臨みたい」と語った。

藤井五冠 ©日本将棋連盟

 出口六段は同じ記者会見と別の日のコメントで、「4年前の新人王戦以来、もっと大きな舞台で番勝負できるのは、ひとつ成長できたと思います。藤井五冠は強いの一言に尽きます。序盤、中盤で何とか食らい付いていき、どちらが勝つのか分からないような白熱した将棋を指したい」と語った。

 叡王戦第1局の4月28日は、出口の27回目の誕生日。当日は、昨年4月に結婚した北村桂香女流初段も女流名人戦で対局する。「お互いに良い内容の将棋を指せるといいね」と話したという。

藤井五冠は以前、井上一門の棋士を苦手にしていた

 藤井五冠は以前、公式戦で井上九段一門の棋士を苦手にしていた。

 師匠の井上九段には、2018年3月に王将戦で敗れた(現時点の対戦成績は0勝1敗)。弟子の稲葉陽八段には、初対戦した2017年11月のNHK杯戦で敗れた(同4勝2敗)。同じく菅井竜也八段には、2017年8月の王将戦、2018年9月の棋王戦で連敗した(同5勝2敗)。

 藤井は出口六段に4勝1敗と勝ち越しているが、直近の対局だった2020年3月の棋王戦で敗れた。

 以上の戦績のように、出口は井上一門が放った藤井への「刺客」になりかねない存在である。

 叡王戦第1局の対局場は、前期の開幕局と同じ東京・千代田区「江戸総鎮守 神田明神」。前日には成功祈願の儀式が挙行された。対局者や関係者が参列し、祝詞の奏上や巫女の舞が行われた。両対局者は玉串を奉納し、対局の成功を祈願した。

 叡王戦第1局は「振り駒」の結果、藤井五冠の先手番となり、公式戦でよく用いている「相掛かり」の戦型を選択した。

 出口が飛車を中段で左右に転回する積極策を採ると、藤井も飛車を2筋から9筋に転換し、ダイナミックな戦いとなった。早くも勝負所を迎え、出口は65分と74分、藤井は58分と、両者は3手の間に連続長考した(※本局の持ち時間は各4時間)。

出口六段 ©日本将棋連盟

 出口は中盤で飛車を切る果断の一手を指し、取った桂で王手角取りをかけた。豪快な手順だった。しかし、実際は誤算に気づいたもので、長期戦にするための手段だったという。対する藤井は中盤で少し自信のない展開と思ったそうだが、次第に有利を広げていった。終盤で厳しく寄せて、出口を93手で下した。

「次はもう少し内容を良くしたい」

 藤井五冠は本年度、叡王戦に続いて、棋聖戦、王位戦、竜王戦、王将戦で防衛戦を迎える。その五冠防衛に向けて好発進した。

 出口六段は不本意な将棋となり、「次はもう少し内容を良くしたい」と語った。当日は夫人の北村女流初段も女流名人戦の対局で敗れ、出口の誕生日を夫婦の勝利で飾れなかった。

 叡王戦第2局は5月15日に、藤井の地元の愛知県名古屋市で行われる。

 なお叡王戦は、IT関連企業「ドワンゴ」が主催していた「電王戦」(コンピュータ将棋ソフトと棋士が対戦)を引き継ぎ、2015年に新設された。棋戦名は公募され、最終候補の中から「ニコニコ生放送」のユーザー投票で決まった。命名した方(30代・男性)は、「叡知を争う将棋の頂点にふさわしい」として発案したという。

 叡王戦は第3期からタイトル戦に昇格した。第6期からは洋菓子メーカー「不二家」が主催者となった。

 ちなみに、明治時代末期に横浜で洋菓子店を開いた不二家の創業者は、偶然にも藤井五冠と同姓で同じ愛知県生まれの藤井林右衛門だった。

文=田丸昇

photograph by 日本将棋連盟