大谷晋二郎が試合中の負傷で救急搬送されてから、1カ月がすぎた。

 4月10日、大谷は所属するZERO1の『押忍PREMIUM』両国国技館大会のメインイベントに登場。杉浦貴(プロレスリング・ノア)の世界ヘビー級王座に挑戦したが、コーナーマットへのジャーマン・スープレックスを受けた直後に倒れたまま動けなくなってしまう。試合はレフェリーストップ。大会終了後、病院に搬送された。

 診断は頚髄損傷。13日には今後の悪化を予防するための手術を受け、次のステップとなる治療のため転院したことが団体から発表された。首から下が動かない状態だが会話はできているとも伝えられた。ただコロナ禍でもあり面会できる人数、時間は限られているという。

事故から1カ月、「大谷晋二郎エイド」の現在

 28日には、都内ホテルで大谷への応援募金に関する発表があった。募金を受け付ける口座は兄の裕一郎氏と妹の葉月さん名義。妻の江梨子さんと3人で管理し、海外からのクレジットカードでの募金も可能となっている。またツイッターのハッシュタグ「#頑張れ大谷晋二郎」「#何度でも立ち上がれ大谷晋二郎」をつけたツイートは、本人に届けられるそうだ。

 この発表の翌日、29日にはワールド女子プロレス・ディアナの後楽園ホール大会が開催された。大谷が出場予定だったものだ。代打として参戦したのは同じZERO1の盟友・田中将斗。アジャコングと組んで井上京子&西村修と対戦し勝利すると、田中は会場での募金活動にも参加している。大谷が現場監督を務めるガンバレ☆プロレスでは募金活動のほか大谷のポートレートが販売され、その売上も寄付に回される。他にも支援・募金活動に協力したいという団体からの連絡が多く届いており、現在、実施されている。

 ZERO1は『押忍PREMIUM』大田区総合体育館大会を6月4日に開催すると発表。「大谷晋二郎エイド」としての大会で、大谷ゆかりの団体、選手が参戦。すでに新日本プロレスから同期の永田裕志、大谷が教育係を務めた真壁刀義、頚髄の負傷による長期欠場から復帰した経験のある本間朋晃が出場することが決まっている。

「リング復帰といったことよりも、まず元気になってほしい、笑顔になってほしい。そのための大会でもあります」

 そう語ったのは運営会社ダイコーZERO1の神尊仁代表取締役だ。

主治医から「記者会見」にストップがかかった理由

 28日の記者発表は、当初は応援募金に加え、大谷の怪我の状況についても質疑応答をする「記者会見」の予定だった。だが前日に主治医から関係者に“ストップ”がかかる。

「状態をお伝えできる状況にない。発言はしないでいただきたい」

 伝えることができるのは「改善に向け治療中である」ということだけ。主治医からペーパーを預かって関係者が読み上げることもできるが「そういう問題ではない。素人が説明できるような簡単なことではない」と釘を刺されたそうだ。

 主治医としては「それで正しく伝わるとは限らない」という考えだという。一度は伝えられた「会話ができる」という点についても、この記者発表の時点では否定も肯定もできないことになった。

 病院側に某スポーツ紙を騙った取材依頼が来ており、迷惑しているとも。そうしたことから「詮索や憶測での記事はやめてほしい」となった。つまり“興味本位で根掘り葉掘り”あるいは“限られた情報から憶測が一人歩き”という状態になるのを避けるため、情報提供自体を取りやめたということだ。「説明できない」ことを説明する質疑応答はあったが、いわゆる会見とは違うということで「記者発表」とされた。

大谷の兄が涙ながらに語ったこと

 この記者発表では、応援募金に関して大谷の兄である裕一郎氏からのコメントも。

「プロレスラーである限り、このようなことが起きることは本人も家族も心のどこかに覚悟はしていたはずです。しかし本当に起きてしまうと、これほど辛いものなのかと……」

 用意したメモを読み上げながら、言葉に詰まり、涙する裕一郎氏。仕事とはいえ、見るのが辛い姿だった。裕一郎氏は気丈にコメントを続ける。

「プロレスへの愛情が並々ならない大谷晋二郎は、決して何十回も防衛する最強チャンピオンではありません。

 しかし、何度倒されても歯を食いしばって立ち上がる姿を見せ続け、諦めない心を我々に伝えてきてくれました。

 今もあの試合中と同じ顔をして歯を食いしばって闘っています。

 諦めたら負け、諦めずに何度でも立ち上がれば負けることはない!

 そう言い続けてきました。

 だからこれから人生で一番長い闘いに負けないために、これから何年かかろうが諦めずに闘わせてやりたい!

 そのための皆様からの温かい支援だと思っています」

誹謗中傷も受けた対戦相手・杉浦への思い

 試合直後、SNSで杉浦を批判する声があり、中には誹謗中傷にあたるようなものも見られたという。それに答える形でもあったのだろう。

「そして、杉浦選手へ

 晋二郎のこと……ご心配いただくとともに心を痛めていらっしゃるとお察しします。しかし大谷晋二郎は逆に杉浦選手に申し訳ない! と思っているはずです。

 プロレスとは、互いに信頼しあい全力でぶつかり合う姿で感動を与えるものだと思います。

 だから杉浦選手は晋二郎を信頼して全力でぶつかった……当然のことです。

 “こら大谷! 何年でも何十年でも待っててやるから立ち上がってこい!”と伝え続けて頂けることが本人にとって何よりの励みになります。

 晋二郎の名誉のためにも今後の変わらぬ杉浦選手のご活躍を親族一同願っております」

ライオネス飛鳥「プロレスを見直すべき時に来ている」

 あまりにも重い言葉だった。

 記者発表に登壇したジャガー横田は、裕一郎氏の「プロレスとは、互いに信頼しあい全力でぶつかり合う姿で感動を与えるものだと思います」という言葉を引いて「プロレスは信頼関係で成り立っています。技をかけたほうが悪い、かけられたほうが悪いということではないと思っています」と語っている。

 一方でジャガーとともにコメントしたライオネス飛鳥は「プロレスを見直すべき時に来ていると思います。今回のようなことは起きてはならない。アクシデントはつきものですが、そのアクシデントをゼロに近づけるのがプロ。ファンが求める過激さを提供するのではなく、自分たちのプロレスを楽しんでもらうという方向に持っていくべきではないでしょうか」と語っている。

 ただ、飛鳥もやみくもに「今のプロレス」を批判したいわけではないだろう。飛鳥自身、80年代にクラッシュ・ギャルズで空手の打撃などを使い、それまでとは違うスタイルの女子プロレスを作り上げた。凶器の使用が認められるハードコアマッチを得意とした時代もある。

「引退した身ですが」

 コメント中、飛鳥は何度かそう言った。現役時代にあれが危ない、これがダメと言われて辟易した経験もあるのではないか。プロレスを「見直す」作業は、あくまで今の選手が考えて取り組むべきこと。そんなスタンスが感じられた。

これからのプロレスは「何をどう見直すべきか」

 では何をどう見直すべきなのか。「今のプロレスの技は危険すぎる」という声も聞くが、では「いつ」のプロレスに戻ればいいのか。どの技を禁止にしたらプロレスは危険ではなくなるのか。あるいは、どの程度の危険さなら許容できるのか。その基準は全団体、全レスラーで一律なのか。

 筆者は試合をリングサイドで撮影し、複数の選手に取材した上で、今回の大谷の負傷は、いくつかの不幸な偶然が重なった結果としての事故だと考えている。ただそれも筆者の意見であって絶対ではない。必要なのは団体、業界による検証だ。

 ZERO1の神尊代表取締役によると、映像での検証を行うつもりでいるそうだ。「長く業界にいるとアバウトになりがちなので、第三者的な方にも入っていただきたい」とも。「なぜ起きたか」に関して、今後はこの検証の結果を待ち、それをベースに話を進めるのが適切ではないか。

大谷「プロレスを宜しくお願い致します」

 そして今月13日、ZERO1を通じて大谷本人のコメントが発表された。首から下が麻痺した状態の大谷が看護師に言葉を伝え、代筆してもらったものだという。以下がその全文である。

「プロレスを大好きでいてくださる熱いプロレスファンの皆様、そしてプロレス業界関係者の皆様、この度は僕の怪我で大変なご迷惑とご心配をお掛けして本当に申し訳ありません。

 また、皆様から温かい気持ちを頂いている事に感謝します。

 今僕は、一日でも早く皆様の前へ戻れるように、毎日治療やリハビリに励んでいます。

 僕は必ず皆様の前に帰ります。

 今後ともZERO1を、そしてプロレスを宜しくお願い致します。 

 令和4年5月13日 大谷晋二郎」

安易な“悪者探し”にすがらない胆力が必要

 田中将斗をはじめ、ZERO1の選手たちは試合を続けている。新世代の中心である北村彰基は大谷のTシャツで入場。大谷の負傷から4日後、大日本プロレスに参戦した永尾颯樹は、敗れたものの「ZERO1はいま頑張らなきゃいけない。絶対に諦めない」と言葉に力を込めた。大谷に関わったことのある人間は、誰もがそれぞれの場所で自分にできることを考え、ベストを尽くそうとしている。

 人気プロレスラーが大怪我を負った。それを知った人間の心は当然、落ち着かない。大谷が負傷した原因を急いで探し、何か「これが悪い」と決めて批判すれば、ひとまずは安心できる。胸がザワつかなくなる。けれど、ことはそう簡単ではない。時間をかけた検証が必要だし、業界改善の必要があっても、それが普及するまでに時間はかかるだろう。

 大谷の怪我との闘いも、まさに“長期戦”だ。大谷の回復を願いながら、安易な“悪者探し”にすがらない胆力を持ちたい。我々はそれができるだけの力を、大谷の試合から受け取ってきたはずだ。

文=橋本宗洋

photograph by Norihiro Hashimoto