ロッテのドラフト1位・松川虎生捕手が活躍を続けている。プロ野球史上3人目となる「高卒新人捕手の開幕スタメン」を果たし、4月10日のオリックス戦では佐々木朗希投手とバッテリーを組み完全試合を達成。佐々木朗が先発した7試合は全てマスクを被り、ここまでの快投を支えている。そんなルーキー・松川の原点とは? 中学時代にプレーした大阪府貝塚市の「貝塚ヤング」を訪れると、そこには驚きの“怪物伝説”が眠っていた。(全2回の前編#1/後編#2へ)

 快晴のゴールデンウイーク真っただ中。阪神高速4号湾岸線「貝塚出口」付近は、「二色(にしき)の浜」へ潮干狩りに向かう家族連れで大渋滞していた。ファミリーカーの間を縫うようにして逆方向へ進み、大阪湾にせり出した人工島へと橋を渡る。静まりかえった工場地帯を抜けていくと突如、元気な子どもたちの声と心地良い球音が聞こえてきた。

 今年の「貝塚ヤング」の所属選手は36人。この日は2、3年生が試合で遠征していたため、1年生の男子と、3年生の女子選手がティーバッティングやノックなど練習に汗を流していた。右翼線は約90m。長方形をした土の「二色グラウンド」こそ松川虎生の原点だ。

©Haruka Sato

中学時代の恩師は“ヤクルト川端慎吾の父”

「キャッチャー一本でやらせてください」

 小学1年生から軟式野球を始め、5年生から所属した硬式の「泉佐野リトル」では投手兼内野手。6年生で球速は優に100kmを超え、ピッチャーとしても有望だった松川が「貝塚ヤング」に入るにあたり強くこだわったのがポジションだった。

「(捕手を)嫌がるもんはおっても、自分からしたいという子は少ないですよ。松川もちょっとは経験があったみたいですが、やらせてみたら抜群に上手かった。学年が上の捕手と比べても、力の差は歴然でしたね」

 懐かしそうにそう振り返るのは川端末吉監督だ。ヤクルト・川端慎吾内野手と、その妹で女子野球・九州ハニーズの友紀内野手の父。兄妹を揃ってプロ野球選手に育てる一方で、16年前に監督に就任した「貝塚ヤング」からも、多くの教え子を強豪高校に送り出してきた。

貝塚ヤングの川端末吉監督。ヤクルト・川端慎吾内野手と、その妹で女子野球・九州ハニーズの友紀内野手の父でもある ©Haruka Sato

 才能溢れる選手は沢山目にしてきた名伯楽ですら、松川の第一印象はあまりにも衝撃的だった。まず目に留まったのは、12歳で90kg近くあった体格以上に際立った天性の「柔らかさ」だったという。

「体が大きい子はなんぼでもいますから。体より技術です。バットスイング、グラブさばき、スローイング……。全てにおいて松川は体の使い方が柔らかかった。もちろん、肩もバットスイングも強かったんですが、一番惚れ込んだのは柔軟性でしたね」

中学生・松川のデビュー戦…“怪物伝説”が始まった

 チームに加わってわずか2週間というある日。1学年上の2年生がメーンの公式戦で、川端監督は松川をいきなり「4番・キャッチャー」で起用した。バッテリーを組んだ先発投手は1つ上の2年生エースだった。

「立ち上がりから1つもアウトが取れなくてね。2点取られてノーアウト二、三塁。そこで慌ててピッチャーを替えて小園を放らせたんですよ」

 後にともに市立和歌山高に進み、いずれもドラフト1位でプロ入りした小園健太投手(DeNA)との『黄金バッテリー』の伝説は、ここから始まった。急きょ組んだ1年生コンビはピンチを完璧に抑え、この試合は最後まで1点も許さなかった 。

「球速は飛びぬけていたわけではないけど、マウンドに立つと人が変わったみたいに堂々としていた。それがあの子らのスタート。どちらかというと松川に小園がついていく感じで成長していきましたね。二人はほんまに仲良かったですよ」

中学時代のチーム写真。前列でトロフィーを持つ松川と、盾を持つ小園健太 画像提供:川端末吉監督

 中学1年の春、“デビュー戦”に話は戻る。「4番」に座った松川はバットでも鮮烈な印象を残した。第1打席はいきなりライトフェンス直撃の二塁打。続く第2打席、強烈なスイングで捉えた打球はレフトの頭上を越え、フェンス上部を襲う大きな当たりだったのだが……。

「余裕で間に合うはずのセカンドでタッチアウト(笑)。ベンチに戻ってきた松川に、『ホームランと思ってゆっくり走ったやろ?』と聞いたらあいつ、『違います! 必死で走りました!』って。足の遅さに違う意味でみんなビックリしてもうて、あれは笑ったなあ」

 唯一の欠点は「鈍足」だったが、終盤の第3、4打席目は足の心配をする必要がなかった。入ったばかりの1年生はいきなり、2打席連続で「敬遠策」を取られたのだ。これもまた“怪物伝説”の序章となった。

 ちなみに、その後の3年間のトレーニングで松川はその「鈍足」も克服し、公式戦では盗塁も記録している。大きな体に似合わず意外にも「セーフティーバント」も得意だった。

「バントがめちゃくちゃ上手なんですよ。失敗したことは一度も見たことない。走者だけでなくバントした松川も必ず一塁でセーフになっていました。野手が投げられないようなところに、ほんまに上手く転がしますからね」

中学時代の松川 画像提供:川端末吉監督

「中学でも高校でも、あいつを悪く言う人はいなかった」

 川端監督はチームに入った松川と一番最初に2つの「約束」をした。1つは『プロ野球選手になる』こと。そして2つ目は『誰からも愛される選手になる』こと。

「ただプロになるだけじゃなく、周りの人やファンに愛される選手になってほしい。それは、(息子の)慎吾にもよう言ったから、お前にもそうなってほしいんや、と約束しました」

 それから3年間、監督と子どもたちが定期的に交わす「交換ノート」に松川は、毎回必ず大きな字でこの2つの誓いを書き込んでいた。

「絶対これお父さんが書いたやろ、って驚いたくらいの綺麗な字でね。ずっとその気持ちは揺るがなかったです。優しい子やし、中学でも高校でも、あいつを悪く言う人はいなかった。人徳ですよね。ほんまに約束通り、愛される選手になってくれましたよ」

ドラフト1位指名を受けた小園と松川。写真は2021年12月、貝塚ヤングの激励会に出席した際の様子 ©KYODO ©Hideki Sugiyama

 松川の素顔を熟知しているからだろう。佐々木朗希がボールの判定をめぐって白井一行球審から詰め寄られた場面。すかさず二人の間に割って入り、場を収めたシーンについても、冷静に受け止めていた。

「まあなんというか、松川らしいよね」

(後編へつづく)

文=佐藤春佳

photograph by Sueyoshi Kawabata