ロッテのドラフト1位・松川虎生捕手が中学時代にプレーした硬式野球チーム「貝塚ヤング」の探訪ルポ。後編は18歳らしからぬその強心臓の原点を探った。(全2回の後編#2/前編#1へ)

“球審詰め寄り騒動”の対応は「松川らしい」

 4月24日のオリックス戦では、思わぬ騒動に注目が集まった。バッテリーを組んだ佐々木朗希が、ボールの判定をめぐって白井一行球審から詰め寄られる一幕があったのだ。この時、すかさず二人の間に割って入り、場をおさめたのが松川虎生だった。18歳とは思えない冷静な対応には球界内外から驚きと称賛の声が上がったが、少年時代からよく知る「貝塚ヤング」の関係者は、一様に「松川らしい」と口をそろえた。

4月24日のオリックス戦。ボールの判定をめぐって白井一行球審から佐々木朗希が詰め寄られるシーン ©KYODO

「もちろんプロの世界でああいう振る舞いが出来ることには驚いているけどね。でも昔からあの子はあんな感じですよ」

 そううなずくのは川端末吉監督だ。指導する子どもたちが過ごす中学の3年間は、思春期の難しい時期と重なる。大抵が大なり小なり反抗期の兆候はあるものだが、松川に限ってはそういった感情を一切態度に出さなかったという。

 自身もキャッチャー出身で松川の中学2年時から指導していた船木秋雄コーチは、「そういえば、あいつが誰かとトラブルになっているのは一度も見たことがないね」と振り返る。

「打てなくて悔しがることはあっても、怒ったり泣いたり感情的になることはなかった。今思えば、あいつは同級生の中で一段上のレベルから物事を見ていたんじゃないかな。目標がもっと大きかったから。中学の時から覚悟があったんでしょうね」

貝塚ヤング・船木秋雄コーチ ©Haruka Sato

 リードや守備などキャッチャーの技術的なこともコーチが細かく教える必要はなく、いつも自分で楽しそうに研究していたという。

「道具もほんま大事にしていて、ミットを作るのも上手かった。タッチするときにボールが弾けないように自分で工夫して紐を張ったりね。頭がいいんですよ」

松川を変えた“中学2年時の大敗”

 中学2年夏の全国大会「ヤングリーグジュニア選手権」では、悪夢のような経験をした。小園健太とのバッテリーでのぞんだ1回戦で滅多打ちにあい、0−9と大敗。小園が味方のエラーが続くなかで我を失い、四球を出したり長打を浴びるなど大崩れした。捕手の松川も責任を感じ、この試合以降は「自分が攻守でチームを勝たせる」と公言。主将となってからはさらにリーダーシップを発揮するようになった。

 船木コーチは続ける。

「あの学年は18人いたんですが本当に仲が良かった。みんなが松川を認めて、頼りにしていた。指導者からしたら楽なんですよ。あいつに言えば、全部上手くいく。あんなしっかりした子はいないですよ」

 悪夢の大敗から1年。中学3年夏の「ヤングリーグ選手権」では、念願の全国制覇を果たした。決勝戦は1点ビハインドで迎えた最終回に、一死から3連打で同点。なおも満塁のチャンスに、松川がライトオーバーのサヨナラ打を放って劇的な勝利をつかみとった。まさに「攻守でチームを勝たせる」頼もしい主将の姿だった。

画像提供:川端末吉監督

生粋の人懐こさ…「監督、きょう何してるんですか?」

 一方で、無邪気で人懐こい一面もあった。「監督、きょう何してるんですか?」、「家に遊びにいってもいいですか!」……。川端監督は当時、松川からこんなLINEメッセージを受け取ったという。

「何回も連絡くれるから、いっぺん来いよって言ったら電車に乗ってひとりで遊びに来た。そんな子は初めてですよ(笑)。でもいざ来たら、全然しゃべらず野球の映像を見たり、飾ってある僕や(ヤクルト内野手の)慎吾、(女子野球選手の)友紀のトロフィーや道具を黙って見ているんです。お菓子を食べて帰っていきましたよ。僕にとってはもう一人の息子みたいなもん。ほんまにかわいい」

 身近にいる憧れの存在だった川端慎吾とは、松川の中学3年時に対面を果たしている。

中学時代の松川を見たヤクルト選手「もうプロのレベルやな」

 オフシーズンに毎年地元で行う野球教室に参加。慎吾と一緒に指導したヤクルトの右腕・原樹理の投球を受けたこともあった。原は「あのキャッチャー上手いですね!」と仰天し、慎吾も「バッティングもキャッチングも肩も、もうプロのレベルやな。二軍なら今すぐ通用するんちゃう」と驚いていたという。

 慎吾に憧れてプロ入りの夢を叶えた松川の背中を、今は多くの後輩たちが追いかけている。男子のみならず、3年生の4人の女子選手はいずれも女子硬式野球の強豪高に進みプレーを続ける予定。高校ではキャッチャー志望という宮永なずなさんは、「(松川は)凄い人です。完全試合なんてヤバイ!」と目を輝かせた。

「貝塚ヤング」の女子選手たち。(右から)「憧れは(阪神の)熊谷選手」という土居麻琴さん。「貝塚ヤングのいいところは一人ひとり丁寧に教えてくれるところ」と話す中野亜瑚さん。キャッチャー志望の宮永なずなさん。「エースとして(進学予定の)高校で初優勝を果たしたい」と夢を語る植林音羽さん ©Haruka Sato

 男子も新1年生には、本拠地の貝塚市や近隣の泉佐野市にとどまらず、大阪市内から小一時間かけて電車で通ってくる選手がいる。「(当時の)小園より球が速い子も入ってきた。この子らは松川、小園に憧れてるんやろうね」と川端監督。基本的に1年生から3年生まで全員同じ練習に参加できることがチームの特徴。自主性を重視するなかでも、夢に向かう凛とした姿勢は脈々と受け継がれている。

©Hideki Sugiyama

師匠のエール「やっぱり正捕手は松川だな、と言われるように」

 中学生にして大物の風格を漂わせていた松川だが、最後まで勝てない相手もいた。高校入学直前の3月。3年生が1、2年生相手に行う「卒団試合」を終えた後に、川端監督が自らマウンドに立ち、卒業生一人ひとりと対戦した。18人で、安打したのはたった2人。松川は空振り三振だった。

「悔しそうだったので、最後の思い出にもう一回チャンスをやるぞ、って。松川とはもう一度対戦して、また三振でした。弱点を知っているというのもあるし、コントロールには自信があるからね(笑)」

 今年69歳になる川端監督だが、かつて勤めていた大阪市消防局の軟式野球部では、エースとして何度も全国大会に出場。50歳を超えてもプレーを続け、今も毎年オフには慎吾の自主トレに付き合い、打撃投手として1日500球以上投げ込むスゴ腕なのだ。逞しくプロの道を歩き始めた松川に、師匠は愛情たっぷりのエールを送る。

「プロはそんなに甘い世界じゃないからね。4、5年後にチームの大黒柱になって、どんなピッチャーが投げてもやっぱり正捕手は松川だな、と言われるように頑張ってほしいです。バッティングに関してはもっと強引に行ってもいいんちゃう、とは感じていますよ。体にしみ込んでいるからつい状況に応じたバッティングをしちゃうんだけどね。お前にライト前ヒットを期待している人はあんまりいないよ、と言いたくなってしまう(笑)」

 強く優しく頼もしき18歳の原風景。刻み続けた「誰からも愛されるプロ野球選手になる」という夢の先には、まだまだ周囲を驚かせ続ける活躍が待っているはずだ。

画像提供:川端末吉監督

文=佐藤春佳

photograph by Hideki Sugiyama