プロ野球史上No.1投手を探る旅 第2回「田中将大」

 時代の異なる大投手たちの“シーズン最高成績”を比較することで、プロ野球史上No.1投手を探る旅。

 この条件で絶対に外せない選手が、2013年の楽天・田中将大だろう。同シーズン、田中は24勝無敗という神がかり的な成績を残し、数々の大記録を打ち立てた。開幕から24連勝、前年から数えれば28連勝。さらにポストシーズンの2勝を加えた30連勝は、いずれもギネス認定の世界記録である。

 加えて、5、6、7、8、9月と5カ月連続で月間MVPを受賞。5カ月連続、年間5度は、いずれも日本プロ野球新記録だ。それまでの記録は3カ月連続、年間3度だったことからも、もはや問答無用の大記録としか言いようがない。要は、MVP級の活躍を一年間途切れることなくやり通したということだ。

 田中は、クライマックスシリーズのファイナルステージ(対ロッテ)でも1勝1セーブでMVP。巨人との日本シリーズも1勝1敗1セーブと活躍して、楽天を球団史上初の日本一に導いた。

2013年、チームを日本一に導いた田中将大 ©Sports Graphic Number

 この年の楽天のシーズン成績は82勝59敗の貯金23だから、田中一人で作った貯金24がどれほど球団の初優勝に貢献したか一目瞭然である。

 この年の沢村賞の選考委員会は、わずか10分で田中を満場一致で選んで終了。MVPも、48年振りの満票受賞だった。

当時の田中=“世界最高の1人”と言える根拠

 記録ずくめの投球を繰り広げた2013年。そして、ニューヨーク・ヤンキースに移籍して、メジャーの選手間投票の先発投手部門1位でオールスターに選出された2014年前半までの間、田中は世界最高の投手の一人だった。

 それを証明するいくつかのデータを紹介しよう。

 2013年のオフに、田中はポスティングシステムによってヤンキースと7年総額1億5500万ドルの契約を結んだ。2006年オフの松坂大輔(西武)の6年総額5200万ドル(ボストン・レッドソックス)、2011年オフのダルビッシュ有(日本ハム)の6年総額6000万ドル(テキサス・レンジャース)をはるかに上回る日本人プロ野球選手史上最高の金額である。

2014年2月のヤンキース入団会見 ©Getty Images

 この金額はメジャーの投手全体で見ても史上5番目という超巨額契約であり、上にいるのはメジャーを代表する大投手ばかりだ。数年前から田中に注目していたというヤンキースは、田中を世界最高の投手の一人と評価したのである。

注目のメジャー初年…圧巻のスタートを切った

 まだメジャーで1球も投げていない田中は、果たしてこの巨額契約に見合う投手なのか。全米の野球ファンが注目するなか、田中はメジャーでも好調なスタートを切った。

 デビュー戦のトロント・ブルージェイズ戦では、7回を投げ、6安打、自責点2、奪三振8、与四死球0で勝利を飾り、そのまま勢いに乗って4月は3勝0敗。

メジャーデビューのブルージェイズ戦 ©Getty Images

 5月は さらに加速して、5勝1敗、1完封、月間防御率1.88と抜群の成績をあげ、勝利数リーグ1位、防御率2位、奪三振3位 で、5月のア・リーグ月間最優秀投手に選出された。

 5月末までに8勝したのは、メジャーリーグの新人タイ記録。ヤンキースの新人右腕投手が月間MVPに選ばれたのは史上初という歴史的快挙だった。

抜群の安定感も…7月上旬にヒジを故障

 結局、前半戦は18試合に先発して12勝4敗、防御率2.51、WHIP1.01という素晴らしい成績で、オールスターに選手間投票1位で選出を果たしたのである。

 特筆すべきはその安定感で、デビュー以来16試合連続クオリティ・スタート(先発して6回以上を投げ、自責点3以内に抑える)のメジャー記録に並んだ。田中は2013年に楽天で先発した全27試合でQSを記録しており、日米通算43試合連続QSとなった。

 残念ながら、7月上旬に右ひじを故障し、長期の戦線離脱を余儀なくされ、9月に復帰を果たしたものの2試合に登板して1勝1敗。最終の登板では、1回2/3で自責点5と打ち込まれて、田中の一年目は不完全燃焼に終わったが、故障前の成績はサイ・ヤング賞にも値する素晴らしいものだった。

ケガさえなければ“サイ・ヤング賞レベル”

 この年ア・リーグでサイ・ヤング賞を受賞したのはコーリー・クルーバー(クリーブランド・インディアンス)で、その成績と田中のシーズン成績を比較すると以下のようになる。

クルーバー
34試合、18勝9敗、勝率.667、投球回235.2回、奪三振269、与四球51、防御率2.44、WHIP1.09

田中
20試合、13勝5敗、勝率.722、投球回136.1回、奪三振141、与四球21、防御率2.77、WHIP1.06

2014年サイ・ヤング賞獲得のクルーバー ©Getty Images

 故障離脱前の田中が、この当時世界最高レベルの投手であったことは明白だろう。

 では、世界最高レベルの投手だった2013年の田中将大と、第1回でとりあげた“通算成績なら文句なしの日本プロ野球史上No.1投手”金田正一の最高の一年の成績を比較してみよう。両者ともその年25歳というのが面白い。(※太字はリーグ最高)

金田正一の全盛期と比較…もし二人が同年なら沢村賞は?

田中(2013年)
【登板28試合(先発27、救援1)、完投8、完封2、24勝0敗、勝率1.000、投球回212.0
奪三振183、与四球32(敬遠0)、防御率1.27WHIP0.94

金田(1958年)
【登板56試合(先発31、救援25)、完投22、完封1131勝14敗 勝率.689、投球回332.1
奪三振311 、与四球60(敬遠4)、防御率1.30WHIP0.83

400勝投手・金田正一 ©BUNGEISHUNJU

 二人ともこの年に沢村賞を受賞しているが、もしこの二人が同じシーズンにこの成績をあげたとしたら、どちらが沢村賞をとるだろうか。

 現在の沢村賞の選考基準は、25試合以上登板、完投10試合以上、15勝以上、勝率6割以上、200投球回以上、150奪三振以上、防御率2.50以下である。

 田中は完投数だけが基準を満たしておらず、金田はすべての基準をクリアしている。防御率はほぼ互角で、四球数は田中の方が少ないのに、WHIPでやや差がついているのは、田中の被打率が金田より高いためだ。田中は、212回投げて被安打168で、被打率0.79。対して金田は332.1回で216被安打、被打率0.65である。

 また、金田の奪三振率8.42に対して、田中は7.77と、奪三振率でも金田が上回っている。つまり、打者に安打を許さない、三振を奪うという、”打者圧倒度”では金田が上と言えるだろう。 

恐るべき「24勝0敗」も…金田に軍配を上げたい理由

 一方、田中の成績で特筆すべきは、何といってもギネス記録の24勝無敗、勝率10割だが、勝ち数、負け数は、打線の援護やチームの守備力、相手投手など、その投手の能力以外の要素も大きい。実際、2018年のサイ・ヤング賞では、打線の援護なく10勝9敗と勝ち星が上がらなかったジェイコム・デグロム(ニューヨーク・メッツ)を、160キロ超のストレートと150キロを超える高速スライダーで打者を圧倒した投球を評価して選んでいる。

 2013年の田中は、その年の3月に開催されたWBCに参加したこともあって、シーズン開幕時には調子が上がらず、開幕投手を則本昂大に譲り、チーム4戦目に初登板している。このため、ローテーション的に相手エースと投げ合うことがシーズンを通してほとんどなかった。

2013年WBCに出場した田中 ©Naoya Sanuki

 一方で、金田のシーズン11完封は、時代が違うとはいえ打者を寄せ付けなかった証左であり、日本記録として今も残る64回1/3連続無失点を達成したのもこの年である。

 その他、金田が所属していたのが“万年Bクラス”の国鉄で、この年の成績が58勝68敗4分(2013年の楽天は82勝59敗3分)だったことなども考慮して、1958年の金田の成績の方に軍配を上げたい。

 田中がサイ・ヤング賞クラスの投球を続けていた2014年7月に右ひじを痛めなかったら、どのようなシーズンを送っていたか。それを見られなかったのが残念だ。

 次回は、田中と同世代のもう一人の天才投手・ダルビッシュ有のベストシーズンである2011年の成績と金田を比較してみよう。

 実は、田中在籍時の楽天の投手コーチだった佐藤義則氏によれば、田中は2013年より2011年の方が球の力は上で、打者を圧倒していたとのこと。次回は、この二人の天才投手の激突にも触れてみたい。

文=太田俊明

photograph by Nanae Suzuki