愛知県大府市、静かなスタジオに古典バレエの名作『ライモンダ』の音色が流れる。鏡に映る自分の姿を見つめながら何度も振付を確認する。玉のような汗がほほを伝う、梶川陽菜18歳。踊りたい、もっと。いつかプロのバレリーナとしてボリショイに戻る日を信じて。

©︎Akito Iwamoto

危ないから帰ってきて。これは戦争なのよ。

 2月24日、ロシアの名門ボリショイバレエ学校留学中にその一報は入った。スマートフォンの画面に映し出された『ロシア軍がウクライナ侵攻』の意味をすぐには理解できなかった。窓の外には昨日と変わらない日常の景色、もうすぐバレエのレッスンが始まる。講師のアントニチェバにウクライナ侵攻のことを聞いても「大した事ではないわ」の一言で片づけられた。

 本当は何が起きてるの。宿舎に置かれたテレビからは陽気な歌謡曲しか流れてこない。ロシア国内のニュース番組から真実を得ることはできなかった。スマートフォンに流れてくるニュースから伝わるウクライナの戦禍、日に日にその色は濃くなっていく。実家のある愛知で母・久実子さんは眠れない日々を過ごしていた。

「危ないから帰ってきて、お願い、陽菜」
「えっ、お母さん。こっちは何ともないよ。帰らなきゃダメなのかな」
「あなたの気持ちもわかる。でもね、これは戦争なのよ」
「うん、でも……」

5歳で始めたバレエ「本場で踊れる」

 5歳から始めたバレエが陽菜の全てだった。小学校が終わればいつもスタジオへ走って向かった。家でテレビを見るときも常にストレッチをしながら。最近ハマっている韓国のアイドルも注目するのはその表情や指先の使い方。「表現が上手だなって」と目を輝かせる。

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 やがてバレエで全国大会1位に。2年前、しなやかな演技がボリショイバレエ学校の目にとまり留学の誘いを受けた。

 バレエの本場で踊れる——そう思うと心が躍った。高校2年の夏、友達に別れを告げると「陽菜なら絶対大丈夫だよ」と背中を押してくれた。ロシア語を猛特訓、もちろん踊りにも全力を注いだ。

 2020年冬にモスクワへ。幼いころから憧れたボリショイ劇場で観た『ライモンダ』が今も目に焼き付いている。1年目は研修生としてバレエの基礎を叩き込まれた。研修生を経て留学生へ、夢への扉は開いた。

 昨年12月、留学1年生としてボリショイへ。毎日10時間のレッスンは研修生の比じゃなかった。

 鬼コーチのアントニチェバに「それじゃ全然ダメ! もっと足を開いて! こうよ!」と手取り足取り何度も怒られた。

 それでも、毎日が楽しかった。世界中から集まったハイレベルなバレリーナたちとの暮らしは刺激的だった。寮のおじさんがつくる真っ赤なボルシチが大好きだった。週に一度の休みには友達と市場へ行き、見たことのないような食材や景色を見るのが楽しかった。

 コロナ禍により帰国できず、年末はロシアで年越し、街を彩るクリスマスのイルミネーションは見たことがない美しさだった。大みそかは寮母さんや友達とともにカウントダウン、ともに夢を追いかける仲間と温かいロシアの人々に囲まれて過ごす幸せな時間だった。しかし……。

 本当は今もロシアで踊っているはずだった——思い出すと胸が痛い。

ボリショイバレエ学校にて(本人提供)

「花火の音」が急に怖くなった

 レッスンを終えて一息つく娘への電話は、モスクワとの6時間の時差からいつも深夜3時頃。全日空、日本航空がロシア便の運航を取りやめた。このままでは帰国できなくなる。在ロシア大使館からも"帰国の是非を検討"とメールが届いた。久実子さんはロシアとの就航便を残していた大韓航空に望みをかけ、キャンセル待ちに期待を込めて画面を更新し続けた。

「あった! この飛行機で明日帰ってきなさい」

 帰国を約束し、電話を切った。状況は刻一刻と変わっていく。ただ窓の外の景色は何も変わってはいなかった。

 バンッ、バーンッ。帰国前夜、街中に打ち上げられた花火の音にこれまで感じなかった恐怖を憶えた。

「えっ、爆弾かな、ミサイルかなって。ロシアでは週末とかに花火が上がることはそんなに珍しいことじゃなかったけど、戦争のことを考えると急にその音がこわくなった」

 3月4日、スーツケースに入れられるだけの荷物をまとめて宿舎を出た。寮母のニコラエフナにお別れを告げると「これは戦争じゃないわ。帰らなくていいじゃない。何でそうなっちゃうのかしら」と言い、どこかへ消えてしまった。アントニチェバは「すぐに戻ってくるのよ。それまでレッスンをさぼっちゃだめよ」と笑った。「はい、落ち着いたら戻ります」と元気に答えた。

 そのつもりだった。持って帰れない荷物は寮の一室にまとめた。段ボールの中にはお気に入りのワンピースが今も入っている。

「きっとすぐにボリショイに帰れると思って……。でも、こんなことになるなんて。もう取りに戻れないのかな」

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 空港に着くと、大韓航空のカウンター前には長い列、並ぶ人々からは不安と焦りを伝わってくる。無事に離陸した機内でようやく安堵感に包まれた。

 ソウル経由で帰国。日本のテレビで映し出されたウクライナの姿に目を疑った。優しかったロシアの人々が銃を持って戦っている。信じられなかった。それでもロシアのバレエを学びたいと、今はともに帰国した仲間たちとオンラインレッスンを続けている。相変わらずアントニチェバはよく怒る。でもその声は画面越しだと伝わらない。

「もっと腕を上げてと言われても、そのニュアンスがわからない」

 限界を感じている。

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「平和じゃないと踊れないんだ」

 帰国後は大府市内のバレエスタジオ コンチェルトでレッスンを続ける日々。練習生の少ない午前中にスタジオを開けてもらい、じっくりと動きを確かめる。7月末に国内で開かれるコンクールに向けて選んだ演目は大好きな『ライモンダ』。映像を海外のバレエアカデミーに送り、留学の誘いを待つ。

 ロシアからの帰国後、思うようになったことがある。

「平和じゃないと踊れないんだ。これまで楽しくバレエを続けてきたけど、楽しいと思えたのは当たり前のように平和があったからなんだって」

 戦争が終わり、いつか平和が訪れたらロシアへ向かいたい。その時は留学生ではなく、プロのバレリーナとしてボリショイのステージで踊りたい。

©︎Akito Iwamoto

文=イワモトアキト

photograph by Akito Iwamoto